録音からマスタリングまで一連の収録作業を取材
【岩井喬の制作現場レポ】デビューアルバム『アマネウタ』SACD化への想いをSuaraさんにきく
■キーパーソンにきくSACD『アマネウタ』の制作秘話
Suaraさんインタビューの翌日、急遽「星座(アコースティックバージョン)」の収録が決まり、午前中からスタジオ入りして、その模様を取材させていただいた。エンジニアの橋本さんが、別のセッションにて、往年の名リボンマイク「RCA 77DX」で一発録りしたものを、下川プロデューサーが大変気に入り、「ぜひこの一発録りの雰囲気を『アマネウタ』にも入れたい!」と閃き、その日のうちにミュージシャンも含めてブッキングを行ったという。
『夜のバーのようなイメージで』ということで、ピアノの演奏だけでSuaraさんが歌うというシンプルな構成。ピアノを演奏するのは、『歌始め』のライブでバンドマスターを務めていた、キーボードの安部潤さんだ。ピアノにはコンデンサーマイクの「ノイマンKM84」や「U87」がセットされ、Suaraさんには「77DX」と「ノイマンU47(Tube)」が用意された。
「スタジオ・サウンド・ダリ」はチーフエンジニアを勤める橋本さんがワイヤリングまでこだわって構築したスタジオで、究極ともいえるアナログレコーディング環境が備わっている。また、数々のヴィンテージ機材を有しており、今回用意されたマイクの信号は、著名なマイクアンプ「ニーヴ1073」のモジュールがいくつも並ぶ“オールド・ニーヴ”「BCM10」コンソールを通し、「ProTools」に192kHz/24bitで録音され、その録音された音がメインコンソールの「ニーヴ V1」でミックスされ、最終的にマスターレコーダーである「タスカムDV-RA1000」へDSD録音されてまとめられることになる。
「今回の作品は『Pure』と同軸上の“プロジェクト・Pure”の一環」(下川プロデューサー)
練習を収録している最中から、鮮度の良い音に聞き惚れてしまったが、今回のリミックスも含め、『アマネウタ』のSACD化に至る経緯を下川プロデューサーに伺うと、
「3点ポイントがあるんです。まず、ユーザー人気のあるアルバムであるということ、そしてSuaraらしい楽曲が揃っているアルバムであるということ、最後にセカンド以降はSACDでリリースしているが、『アマネウタ』だけSACDになっていないということが主な理由です。セカンドの『夢路』以降でSuaraを知ったユーザーに対して、SACDというより良い音質でアピールできるという側面もありますしね。オーディオ的な観点では、当時48kHz/24bitで収録された素材を、現在の技術、アナログの英知である橋本さんの技を使ってリミックスを行って、どれだけのものを出せるのかチャレンジしてみたかったんです」(下川プロデューサー)とのこと。
スタジオ収録そのままのサウンドをパッケージにした名盤、SACD『Pure〜AQUAPLUS LEGEND OF ACOUSTICS〜』と同じ布陣で挑んでいる今回のリミックス・プロジェクト。これまでも、下川プロデューサーは『Pure』とSuaraさんのアルバムにおけるSACDサウンド作りの違いを述べていたが、今回の『アマネウタ』は、その中間にあるような気がした。
「『Pure』ではオーディオ的に突き詰めたものでしたが、『アマネウタ』はそうではない。アルバムタイトルを背負った新曲「天音唄」は、Suaraらしい曲である事を最重要項目にして制作しました。しかし橋本さんにお願いしてSACDとして制作しているので、私としては『Pure』と同軸上の“プロジェクト・Pure”の一環であると考えています。そうした思いから、今回の「星座(アコースティックバージョン)」一発録りを収録しようと思い立ったのです。」(下川プロデューサー)
今回、リミックスということで、元々のマルチ・トラック素材の音を活かしながら、ミックスバランスや音質を変化させてステレオにまとめる、という作業を橋本さんが担っているわけであるが、そのサウンドにおけるテーマはどういうポイントがあるのだろうか。まず下川プロデューサーにその点を伺う。
「今回はSACDという大きな器を意識して、ダイナミクスをつけて欲しいという大きなテーマもありますが、楽曲ごとでは、新たなサウンドイメージを橋本さんにお伝えしてリミックスをしていただきました。「トモシビ」であれば、良い音がするコバコ(小さなスタジオ)を持っているFM局のスタジオで生ライブしているような雰囲気にして欲しいとお話しました。そのため元々あったコーラスはカットしてもらっていますし、「星座」も今までのものとは違うイメージにしたいというところもあり、ライブで聞くような迫力感、ロック感、独特な重さと粗さがあるミックスを、とお願いしました。曲の中でも私の頭の中のビジュアルイメージを言葉で橋本さんに伝えながら、作業に当たってもらいましたね。楽器に当たるスポットライトの照度感、みたいな例えですけどね。いずれにせよ、既にCDで『アマネウタ』を持っている方にも、こんなに違うんだという驚き、面白さも感じてもらうために取り組んだテーマです。」(下川プロデューサー)
SACDだからこそできる「空気感の表現」を追求
続いて、実際の作業に当たっていたエンジニアの橋本さんにも今回のセッションについて伺ってみた。
「今回、プロデューサーからの要望として、CDの44.1kHz/16bitというクオリティのものを、SACDという大きな器で聞いたらどうなるか。SACDだからこそできる空気感を表現したいというものでした。音を詰めるより、一つ一つの楽器を分離させて空間に浮かばせてあげるような方向にしています。特にローエンドが気持ちよくなるように、元々のドラム打ち込み音をリアルなサウンドのものに差し替えたり、ということもやっています。質感や奥行きを出すためにキックドラムやタム、スネアなど、必要に応じて入れ直してますが、空間系を司るリヴァーブなども色々と試していますね。前回と同じものにならないよう、ただSACDだから音が良いね、みたいなことにならないようにしています。」
橋本さんがニーヴのコンソールにこだわるのは太く安定したナチュラルなサウンドが得られ、空気感を上手に伝えてくれるからだという。SACDはスタジオで鳴っているそのままの音のバランスでパッケージになるので(一般的なCDでは圧縮された時のことを先読みしてのミックスをしなくてはならない)、ミックス作業も楽であるそうだ。
そして数日後、ミックスダウンが終了したDSD素材からSACDにするためのマスタリング作業が行われた。最後にマスタリングを手がける、「ソニー・ミュージックスタジオ」のエンジニアさんにお話を伺う機会を頂いたが、この方は『Pure』以降の「フィックスレコード」SACD作品のマスタリングを手がけていらっしゃる。作業が行われた「ソニー・ミュージックスタジオ」のマスタリングルームに足を踏み入れると、オーディオファンには馴染みのある「B&W 801D」の姿が目に飛び込んでくる。「フィックスレコード」作品のマスタリングについて伺ってみた。
「フィックスレコードさんの作品では、基本的にナチュラルな傾向でまとめてほしいというお話を頂きますが、ミックスの音を聞けばそうした点を意識しているのが判りますので、自然な方向性にまとめていますね。私はクラシックなどの録音も手がけていますが、活き活きとした音楽を伝えること、人間のエネルギー感をきちんと伝えたいですね。パッと音を聞いたときに、伝えたいものを感じ取って、その要素をうまく残すことが出来ればと思っています。そういう捉え方でであれば、ジャンルを問わず音に向かうことが出来ます。」
CDとSACDのマスタリングの違いについて、そして使用機器についても興味が沸くところである。
「SACDはCDに比べて、はるかに情報量が多い点が最大のメリットでしょうね。スペック的、聴感的に言っても超高域までしっかりと音が伸びているので、リアルな空気感、奥行き感がしっかり残ります。CDの場合は歌や伝えたいものに的を絞って、インパクト重視にまとめていきます。仕事の上でモニターは大事ですね。マスタリングにおいて、自分の作業時は801Dしか使いません。このモデルになってからクラシックやジャズはもとより、ポップスもきちんと鳴ってくれるようになりましたね。ウーファーがタイトに動いてくれます。」
マスタリング作業は流れるように過ぎてゆき、1曲1曲、あっという間に仕上がっていった。こうして録音からマスタリングまでを追跡してきたが、幾多のプロが丹精込めて作り上げた過程を知ったのと知らないのとではリスニング後の感想も全く違うものになってくるであろう。新生SACD『アマネウタ』の発売まであと少し。期待してパッケージが手元に来る日を待ちたいと思う。
Suaraさんインタビューの翌日、急遽「星座(アコースティックバージョン)」の収録が決まり、午前中からスタジオ入りして、その模様を取材させていただいた。エンジニアの橋本さんが、別のセッションにて、往年の名リボンマイク「RCA 77DX」で一発録りしたものを、下川プロデューサーが大変気に入り、「ぜひこの一発録りの雰囲気を『アマネウタ』にも入れたい!」と閃き、その日のうちにミュージシャンも含めてブッキングを行ったという。
『夜のバーのようなイメージで』ということで、ピアノの演奏だけでSuaraさんが歌うというシンプルな構成。ピアノを演奏するのは、『歌始め』のライブでバンドマスターを務めていた、キーボードの安部潤さんだ。ピアノにはコンデンサーマイクの「ノイマンKM84」や「U87」がセットされ、Suaraさんには「77DX」と「ノイマンU47(Tube)」が用意された。
「スタジオ・サウンド・ダリ」はチーフエンジニアを勤める橋本さんがワイヤリングまでこだわって構築したスタジオで、究極ともいえるアナログレコーディング環境が備わっている。また、数々のヴィンテージ機材を有しており、今回用意されたマイクの信号は、著名なマイクアンプ「ニーヴ1073」のモジュールがいくつも並ぶ“オールド・ニーヴ”「BCM10」コンソールを通し、「ProTools」に192kHz/24bitで録音され、その録音された音がメインコンソールの「ニーヴ V1」でミックスされ、最終的にマスターレコーダーである「タスカムDV-RA1000」へDSD録音されてまとめられることになる。
「今回の作品は『Pure』と同軸上の“プロジェクト・Pure”の一環」(下川プロデューサー)
練習を収録している最中から、鮮度の良い音に聞き惚れてしまったが、今回のリミックスも含め、『アマネウタ』のSACD化に至る経緯を下川プロデューサーに伺うと、
「3点ポイントがあるんです。まず、ユーザー人気のあるアルバムであるということ、そしてSuaraらしい楽曲が揃っているアルバムであるということ、最後にセカンド以降はSACDでリリースしているが、『アマネウタ』だけSACDになっていないということが主な理由です。セカンドの『夢路』以降でSuaraを知ったユーザーに対して、SACDというより良い音質でアピールできるという側面もありますしね。オーディオ的な観点では、当時48kHz/24bitで収録された素材を、現在の技術、アナログの英知である橋本さんの技を使ってリミックスを行って、どれだけのものを出せるのかチャレンジしてみたかったんです」(下川プロデューサー)とのこと。
スタジオ収録そのままのサウンドをパッケージにした名盤、SACD『Pure〜AQUAPLUS LEGEND OF ACOUSTICS〜』と同じ布陣で挑んでいる今回のリミックス・プロジェクト。これまでも、下川プロデューサーは『Pure』とSuaraさんのアルバムにおけるSACDサウンド作りの違いを述べていたが、今回の『アマネウタ』は、その中間にあるような気がした。
「『Pure』ではオーディオ的に突き詰めたものでしたが、『アマネウタ』はそうではない。アルバムタイトルを背負った新曲「天音唄」は、Suaraらしい曲である事を最重要項目にして制作しました。しかし橋本さんにお願いしてSACDとして制作しているので、私としては『Pure』と同軸上の“プロジェクト・Pure”の一環であると考えています。そうした思いから、今回の「星座(アコースティックバージョン)」一発録りを収録しようと思い立ったのです。」(下川プロデューサー)
今回、リミックスということで、元々のマルチ・トラック素材の音を活かしながら、ミックスバランスや音質を変化させてステレオにまとめる、という作業を橋本さんが担っているわけであるが、そのサウンドにおけるテーマはどういうポイントがあるのだろうか。まず下川プロデューサーにその点を伺う。
「今回はSACDという大きな器を意識して、ダイナミクスをつけて欲しいという大きなテーマもありますが、楽曲ごとでは、新たなサウンドイメージを橋本さんにお伝えしてリミックスをしていただきました。「トモシビ」であれば、良い音がするコバコ(小さなスタジオ)を持っているFM局のスタジオで生ライブしているような雰囲気にして欲しいとお話しました。そのため元々あったコーラスはカットしてもらっていますし、「星座」も今までのものとは違うイメージにしたいというところもあり、ライブで聞くような迫力感、ロック感、独特な重さと粗さがあるミックスを、とお願いしました。曲の中でも私の頭の中のビジュアルイメージを言葉で橋本さんに伝えながら、作業に当たってもらいましたね。楽器に当たるスポットライトの照度感、みたいな例えですけどね。いずれにせよ、既にCDで『アマネウタ』を持っている方にも、こんなに違うんだという驚き、面白さも感じてもらうために取り組んだテーマです。」(下川プロデューサー)
SACDだからこそできる「空気感の表現」を追求
続いて、実際の作業に当たっていたエンジニアの橋本さんにも今回のセッションについて伺ってみた。
「今回、プロデューサーからの要望として、CDの44.1kHz/16bitというクオリティのものを、SACDという大きな器で聞いたらどうなるか。SACDだからこそできる空気感を表現したいというものでした。音を詰めるより、一つ一つの楽器を分離させて空間に浮かばせてあげるような方向にしています。特にローエンドが気持ちよくなるように、元々のドラム打ち込み音をリアルなサウンドのものに差し替えたり、ということもやっています。質感や奥行きを出すためにキックドラムやタム、スネアなど、必要に応じて入れ直してますが、空間系を司るリヴァーブなども色々と試していますね。前回と同じものにならないよう、ただSACDだから音が良いね、みたいなことにならないようにしています。」
橋本さんがニーヴのコンソールにこだわるのは太く安定したナチュラルなサウンドが得られ、空気感を上手に伝えてくれるからだという。SACDはスタジオで鳴っているそのままの音のバランスでパッケージになるので(一般的なCDでは圧縮された時のことを先読みしてのミックスをしなくてはならない)、ミックス作業も楽であるそうだ。
そして数日後、ミックスダウンが終了したDSD素材からSACDにするためのマスタリング作業が行われた。最後にマスタリングを手がける、「ソニー・ミュージックスタジオ」のエンジニアさんにお話を伺う機会を頂いたが、この方は『Pure』以降の「フィックスレコード」SACD作品のマスタリングを手がけていらっしゃる。作業が行われた「ソニー・ミュージックスタジオ」のマスタリングルームに足を踏み入れると、オーディオファンには馴染みのある「B&W 801D」の姿が目に飛び込んでくる。「フィックスレコード」作品のマスタリングについて伺ってみた。
「フィックスレコードさんの作品では、基本的にナチュラルな傾向でまとめてほしいというお話を頂きますが、ミックスの音を聞けばそうした点を意識しているのが判りますので、自然な方向性にまとめていますね。私はクラシックなどの録音も手がけていますが、活き活きとした音楽を伝えること、人間のエネルギー感をきちんと伝えたいですね。パッと音を聞いたときに、伝えたいものを感じ取って、その要素をうまく残すことが出来ればと思っています。そういう捉え方でであれば、ジャンルを問わず音に向かうことが出来ます。」
CDとSACDのマスタリングの違いについて、そして使用機器についても興味が沸くところである。
「SACDはCDに比べて、はるかに情報量が多い点が最大のメリットでしょうね。スペック的、聴感的に言っても超高域までしっかりと音が伸びているので、リアルな空気感、奥行き感がしっかり残ります。CDの場合は歌や伝えたいものに的を絞って、インパクト重視にまとめていきます。仕事の上でモニターは大事ですね。マスタリングにおいて、自分の作業時は801Dしか使いません。このモデルになってからクラシックやジャズはもとより、ポップスもきちんと鳴ってくれるようになりましたね。ウーファーがタイトに動いてくれます。」
マスタリング作業は流れるように過ぎてゆき、1曲1曲、あっという間に仕上がっていった。こうして録音からマスタリングまでを追跡してきたが、幾多のプロが丹精込めて作り上げた過程を知ったのと知らないのとではリスニング後の感想も全く違うものになってくるであろう。新生SACD『アマネウタ』の発売まであと少し。期待してパッケージが手元に来る日を待ちたいと思う。
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