第18回：山下洋輔さんが語る「ピットイン」の伝説と出会い＜前編＞

いきなりジョージ川口バンドへ
音大時にはクラシックを勉強した

佐藤：　新宿にも進駐軍は来ていましたね。

山下：　そうですか。それでかな。新宿に「スリー・スター」というキャバレーがありましてね。日曜日ごとに進駐軍の連中がジャム・セッションをするんです。ある日、出ていた黒人バンドに図々しく入って演奏していたら、演奏後、ポンポンと後ろから肩を叩かれた。振り向いたらベースのオマスズ（鈴木勲）さんがいた。いまトラを探しているから、これからおれについてこいって（笑）。

佐藤：　オマスズさんの新人を発掘する能力は有名です。

山下：　連れて行かれたのがジョージ川口さんのバンド。

佐藤：　わあ、いきなりメジャーに行っちゃったわけですか。

山下：　ジョージ川口バンドは、佐藤允彦さんが大学に行くためにやめていて、ピアニストが日替わりでした。何度か呼ばれているうちに「正式に入りたければ来てもいいぞ」という意味の事を言われたことがあって、それがものすごく自信になった。ジョージさんが後年、「洋輔や日野はオレが育てた」と公言されていますが、あんまり育てられた記憶はないんだけど……。

佐藤：　ワハハハハ。

山下：　ただその一瞬があるので言われても仕方がない（笑）。もう音大入りを決めていたので行けなかったのですが……その後、国立音大に入って、クラシックの環境に囲まれた生活をしました。これはヴァイオリンをやっていたこともあって刺激的でしたね。譜面を初見でバーッと弾けちゃう奴がごろごろいる。この人たちと同じ土俵に立ったら絶対に勝てない。だったら自分は自分にしかできない音楽をやろうとその当時から思っていました。

高校時代から音楽の道に進めたらいいと考えていて
渡辺貞夫バンドに加入しピットインの舞台に初登場！

渡辺貞夫バンドでピットインに登場
エルヴィン・ジョーンズも本気に

佐藤：　渡辺貞夫さんのバンドに加入したのは在学中ですよね。

山下：　1966年です。「ピットイン」に出るようになったのはそこからです。

佐藤：　貞夫さんはアメリカから帰国してすぐ、日本中のミュージシャンをチェックしてました。

山下：　ジャズマンはステージでは三つ揃いを着なければいけないと思っていた時代に、Gパンにスニーカーのニューヨーク・スタイルで現れた。ステージで楽器ケースを開けて、そのまま飛び入りで吹くという最高に自由ないでたちでした。

佐藤：　そういえば本誌27号で森山威男さんに出てもらったとき、山下洋輔トリオ加入前のエピソードを聞きました。貞夫バンドの山下さんに感激したあまり、国立音大で練習している山下さんのところに押しかけて、ドラムを叩かせてもらったそうです。なんでも山下さんは「だめだこりゃ」と途中で演奏を止めて、みんなでどこかへ行っちゃったとか。

山下：　（爆笑）。森山もまたずいぶん話を面白くするなあ（笑）。そんな記憶はまったくないけどね。森山が国立音大によく現れたのは、ぼくが目当てではなくていまの奥さんがいたからですよ。打楽器の天才でね。

佐藤：　あれれ、その話はなかった（笑）。となるとある意味、奥さんが女神だったかもしれません。山下さんと接近できたわけですからね。ところで、その年66年の暮れに「ピットイン」にとって大きな出来事がありました。エルヴィン・ジョーンズが日本にしばらく滞在して、山下さんをはじめ多くの日本のミュージシャンとセッションを重ねたことです。

山下：　こちらはまだ若くて、ただただ胸を借りる状態でした。あの人のドラムのすごいパワーと音楽性と自由さには本当に感激した。あの経験は人生の貴重なものの一つです。

佐藤：　エルヴィンは山下さんをすごく気に入ってました。

山下：　その後、会うたびにぐわっと抱きしめられましたね。85年に新宿厚生年金会館の「ピットイン20周年コンサート」で共演したとき、その頃のぼくはフリージャズで世界を渡り歩いた経験をしているので、思いっきり自分の音楽をエルヴィンにぶつけました。そしたら仲間のミュージシャンが「エルヴィンの顔付きが変わってたぞ」と言って褒めてくれました（笑）。