「ミンヨン 倍音の法則」スタッフインタビュー − 宇宙に身を投げ出すような映画製作の現場
監督の父上のお話
はらだ 二度目の会議のとき、佐々木さんは、戦時中に自分のお父さんが亡くなったという話をされたんです。その時、その話を映画の中にいれましょうと秀さんが話されて、僕もやはり、この話は映画の核となる話になるし、岩波ホールの作品としても大きな意味のある内容になってくるなあなんて思いながら、ぜひという話になってきました。ですから、原爆の話、長崎の話、プラス佐々木さんの父親をめぐる実際の戦争体験の話が加わったわけですね。
吉田 佐々木さんの幼時体験の話は今までにも「七色村」とか「パラダイス オヴ パラダイス」などにはでてきているんですね。
ー 吉田さんは佐々木さんのお話を聞かれて、カメラマンとして、こう撮りたいと思っていらしたのですか?
吉田 こう撮りたいというのは…僕は大体、計算しないんですけれど、面白い状況を作ってくれれば、それに対応できます。佐々木さんのお話は映像的だと感じることはありました。
必然的に手持ちカメラ撮影になる
ー 吉田さんの使われた撮影機材についてお教えください。
吉田 今回のカメラは、主に、山上さんが手配してくださったパナソニックP2です。P2カードにデジタル記録するのですが、フィルムの味がでるんです。僕はNHKでは普通、SONYHDカム750を使っていますが、佐々木さんの今までの作品は16ミリフィルム撮影で「八月の叫び」は35ミリフィルムでした。今回もデジタルからフィルム変換する予定もありましたが、結果的にはフィルム上映ではなくデジタル上映です。追加撮影部分ではSONYの民生用HDVカメラも使いました。
ー 手持ちで撮影されたり、吉田さんがカメラを持って走って撮影されている躍動的なシーンもありました。
吉田 P2は8Kgですけれど、他のカメラマンでも、このカメラを手持ちで走って撮ることはやります。ただ佐々木さんの作品の場合、佐々木さんは現場では、出ている人が緊張しないように、カメラに対して、よ〜い、スタートという指示はされないし、カットわりの指示もないんです。佐々木さんは撮影現場で撮影の仕方の細かいことはおっしゃらないんですが、主人公や出ている人と一緒にいてほしいと言われるんですね。出演している人の感性を尊重し、出演者は自由に動くところがあるので、カメラは彼らの動きについていくために必然的に手持ちになるんです。 撮影の時に手持ちのため、突然、僕がひらめいたように動くので、音声の仲田(良平)さんは、音を採らなければならないのと、道ゆく人や物からカメラをのぞいている僕を守らなければならないのと、両方で大変でした。
ー 実際に撮影を始められる時はどうされるのですか?
吉田 撮影は僕がカメラを回して「はい、どうぞ」とか「まわったよ」というのがきっかけです。佐々木さんは出ている人たちがプロの俳優のように演じることを嫌って、その人たちがなるべく自然に振る舞うためにテスト本番、一回性を重んじます。僕は下手なので失敗してしばしばもう一回お願いしますとなります。終わると「ヒデさん、ハッピー?満足?」と聞かれるんです。どう撮るかよりも何が撮れたかが大事で、こだわるのは出演者がどんな表情をしているかです。
今回の映画で一番気が入っていたのはミンヨンさんがガード下で微笑んだり怒ったりさまざまな表情をするシーンです。佐々木さんは何度もダメ出しをしました。佐々木さんとミンヨンさんがどんな話し合いをしたのかわかりませんが、ミンヨンさんは本当に涙を流しました。普段は優しい佐々木さんが怖かったですよ。
「四季・ユートピアノ」にも中尾さんが涙を流す表情がありますが、佐々木さんは中尾さんに何を話されたかはわからないんですが、撮影前に何か話されていました。そのような肝心なところは徹底しておられるんだけれど、それ以外は佐々木さんはなるべく出演者とカメラだけにして、他のスタッフは隠れて、出演者の負担のならないようにする、そういう撮影現場です。ですから絵作りに関連する苦労はまったくありません。
現場では僕はカメラマンであると同時に、佐々木さんの作った状況で何がおもしろいのかを知る一番最初の観客は自分だという気持ちで撮影しています。