デジタルならではのハイレゾへのアプローチ
『STEINS;GATE』などを手がけるゲームミュージッククリエイター・阿保 剛ハイレゾ作品集の魅力を本人に聞いた
−−リリースの第一弾は『STEINS;GATE』のサウンドトラックでした。“科学アドベンチャー”シリーズの中でも非常に人気の高いタイトルですが、本作の音楽においては、どのような点に特徴がありますか?
阿保 音色としては、未知のものに挑んでいく、架空だけど否定もできないといった、SF的な要素を取り入れています。あとは環境音を増やして、溜めのシーンや感情的なシーンを差別化して、と色々やっていますが、結局は最初にシナリオをいただいた段階で「これは面白い!」となって、その勢いですね(笑) 世界観が初めから出来ていたので、曲を作る上では楽しくて仕方ないという感じでした。
まずは「『STEINS;GATE』と言えばこれ、という曲があるといいですね」と、プロデューサーに振られて、メインテーマとなる『GATE OF STEINER』を作ったんです。そこから多数の派生曲を作って、色々なところに散りばめていっています。
『STEINS;GATE』の音楽は、元々PCで出るゲームという話があったので、44.1kHzで作っていたんです。PCゲームだと音楽は44.1kHzになりますし、CDにする時も楽ですから。けれど途中から、XBOXで出るということで、48kHzに切り替えました。だからオリジナルの音源は、44.1kHzと48kHzが混在しています。bit数はピアノだけ24bit、あとは16bitです。これはピアノの余韻が最後まで聴こえるように、という意図ですね。
−−次にリリースされたのは、『STEINS;GATE』の各キャラクターにスポットを当てたストーリーが展開される外伝的な作品『STEINS;GATE 線形拘束のフェノグラム』のサウンドトラックですが、こちらの音楽については如何でしょうか?
阿保 無印の『STEINS;GATE』と同じ世界観になりますので、もしどちらかのタイトルでもう一方の音楽が流れたとしても違和感が無いように考えて作っています。こちらは最初から完全に48kHzで作っていました。bit数に関しては、16bitが6割、24bitが4割くらいです。これらのタイトルを96kHz/24bitにハイレゾ化した際には、音色が変わってしまうくらいの変化がありました。特に物理モデル音源に関しては、大きな違いが出ましたので、CDのサウンドトラックと聴き比べると面白いかもしれません。
−−続いては『ROBOTICS;NOTES オリジナルサウンドトラック+6』ですね。科学アドベンチャーシリーズの第3弾となる作品が、ハイレゾのリリースでも第3弾となったわけですが、同じシリーズでも音楽的には違いが大きいように感じます。
阿保 『ROBOTICS;NOTES』に関しては、『STEINS;GATE』以上に現実と非現実を切り離して考えました。カラーとモノクロ、2つの音楽を作るようなイメージで、シーンによって使い分けています。舞台となる種子島の描写や、学生生活らしいシーンなどには、音色にも変なものを使わずに、ピアノやギター、ストリングスのように現実の楽器の音で構成しています。その一方で、ダークなシーンには科学アドベンチャーシリーズらしい架空の音を作って曲に取り入れています。『ROBOTICS;NOTES』はメインテーマが熱血の曲なので、そんなには派生させていないですね。2〜3曲くらい、フレーズを引用して作ったくらいです。
ハイレゾ化にあたっては、とにかく曲が重たくてミックスに苦労した記憶があります。シリアス的な重さではなくて、トラック数が多いんですね。シーケンサーでスタート、としてもいつまで経っても始まらない(笑) 途中まで行っても処理落ちしてしまったりしていました。これは音数が多いということにもなりますので、ハイレゾ化したものをスペクトラムアナライザで見ると、上から下までビッシリと、意図しない音の成分まで入ってしまっていました。それをカットするために、また音色作りから行っています。
−−では科学アドベンチャーシリーズを離れて、『メモリーズオフ』シリーズのピアノコンピレーション・アルバムとも言える『High-Resolution Soundtracks Memories off 〜Piano images』についてお聞かせください。
阿保 メモリーズオフのシリーズの中から、ピアノの映える曲をピックアップしてまとめたアルバムになります。元々はReasonという自分が使っているソフトが出た当時のシンプルなピアノの音色で作っていたんですが、その後に良いピアノの音色を会社に買ってもらえたんです(笑) 一部は、そのピアノにすり替えたバージョンで作ってみました。
曲名はその時々で少し異なりますが、作品の最後で必ず流れる『Memories Off』という曲を、全部入れています。作品ごとに音色が異なりますので、それを聴き比べるというのも楽しんでいただけると思います。ただ、Xbox 360やPlayStation3といったWAVEで音楽を作ることができた高品位なゲームハードへの移植があったタイトルですと、音源としてハイレゾ化できたのですが、3作目となる『想い出にかわる君〜Memories Off〜』はゲームハードの移植の関係で、内蔵音源で鳴らすものしか存在していないためハイレゾ化はできませんでした。
これはハイレゾ用に、本当にガッツリと音色を変えてリミックスしましたね。他のアルバムと同じようにハイレゾにしたものと、ハイレゾ化してさらにプラスアルファでピアノの音を調整したものが混在しています。ハイレゾ化の効果としては、リバーブで大きく感じられると思います。それによって、空間の広がりが生まれています。
音色が変わっているだけに、昔に近づけるというより、新しくなった音色に合わせて音符を足したり引いたりもしています。CDとは別物となった、グレードアップ、アレンジ版と捉えていただいて良いと思います。昔を懐かしみながらも、時が流れた今のメモリーズオフの音楽を楽しんでもらえたら嬉しいです。
−−続いてはInfinityシリーズの中でもとりわけ評価の高い『Ever17』のBGMをまとめた『High-Resolution Soundtracks Ever17 - the out of infinity - 』がリリースされました。その人気から様々なハードで展開された作品ですが、今回のハイレゾ化にあたってはどれが基準となっているのでしょうか?
阿保 『Ever17』はXbox360版にリメイクする際に、音楽を全て作り直しています。これも高品位ハードに合わせた形にするためでしたが、そのおかげで今回はハイレゾにしやすかったです。つまりベースとなったのはXbox360版の音楽で、そのサウンドトラックとしてはゲームの初回限定版に同封されたものしか出ていません。それ以前のハードでリリースされたバージョンのサウンドトラックはCD化していますが、それとXbox360版の音楽は大分違いますね。ただ、アレンジを作る際に全く違うものにしてしまうと、演出効果としても、元の曲を知っている方からしても違和感が生じてしまいますので、音色にあえて制限を持たせて、内蔵音源に近づけるようにして作りました。
Xbox360のWAVE音源の段階でかなりハイレゾに近いもので作っていたので、ハイレゾ化にあたってはバランス調整がメインの作業となりました。ハイレゾ化すると、やはり意図しない音色が入ってきてしまったりしたのですが、それがどの音色か、というのは大体分かっていました。『ROBOTICS;NOTES』のハイレゾ化で散々やられたので(笑) 『ROBOTICS;NOTES』と同じ音色を使っていたところがあったので、予めチェックしていたら、やっぱり変になってしまったので調整をする、という流れでした。
階層が海中に伸びている海洋テーマパークに閉じ込められるという作品で、1階は明るく呑気、2階は困ってきた、3階はもう駄目かもしれない、4階は絶望感、といった風にシリアスになっていくので、それに連れてリバーブも深めになっています。これは、聴いた時に閉塞感が出るように、という狙いですね。サウンドトラックの曲順も内容に合わせていますので、段々と息苦しくなる感じを味わっていただけたら、と思います。
−−2月26日にリリースとなった『High Resolution Soundtracks 12RIVEN - the Ψcliminal of integral - 』で、いよいよハイレゾ化も第6弾となりました。本作については如何でしょうか?
阿保 これまでのハイレゾ化の流れで言うと『ROBOTICS;NOTES』のミックスに近いですね。味つけをせず、ハイレゾ化によって崩れたバランスを調整して元の音に近づけるかたちです。今考えると古いなと感じてしまうような恥ずかしいフレーズなんかもありますね(笑) ただ、それで完成している世界なので、変えることはしていません。
『12RIVEN』はその世界自体がよく分からないという渾沌とした世界と現実世界が平行する物語なので、それぞれのルートで曲の作り方を変えています。これも『ROBOTICS;NOTES』と似ていますね。サウンドトラックの曲順としては、物語のネタバレにならないように構成しています。前半に現実的な音色の音楽を、後半に架空の音色の音楽をまとめています。
−−ここまでお話しを聞いた中で、音色の調整といったところが度々登場しましたが、これはいわゆる生録などの方向性とは異なる、デジタルならではのアプローチと思います。続いては、ぜひその辺りについてお聞かせください。