SOUND CREATE LOUNGEの話題のイベント「オーディオ哲学宗教談義」
【対談】オーディオは本当に進歩したのか<第3回> 哲学者・黒崎政男氏と宗教学者・島田裕巳氏が語る
本当にハイレゾがいいのか
黒崎 それでは次に、LPとハイレゾ、また、ヴィンテージスピーカーと最新のデジタル再生の聴き比べをやってみたいと思います。
エラ・フィッツジェラルドとルイ・アームストロングのアルバム『エラ・アンド・ルイ』を聴いてみましょう。1956年のモノラル録音です。このハイレゾ音源を、ヴィンテージのVITAVOX(アンプはOCTAVE V110SE)と、リンのEXAKTスピーカー最新テクノロジーで聴いてみたいと思います。再生の方は、リンのDS。
では、まずはVITAVOXのCN-191という伝統的なスピーカーから。曲は、「アラバマに星落ちて」。
〜エラ・フィッツェラルド、ルイ・アームストロング「アラバマに星落ちて」を試聴〜
(96kHz/24bit)〜VITAVOX CN-191
黒崎 さぁ、いかがでしたか。ハイレゾをヴィンテージスピーカーで聴いていただきました。
CN-191という、タンノイの影に隠れた……タンノイは五味康祐さんのおかげで日本で有名になりましたが、バイタも銘機だと思います。
上が2インチのホーン。下が38cmのウーファー。大まかにはハーツフィールドと同じ構成ですね。私が使っているアルテックのA5も同じような構成で、昨日聴いたら、音色と深みが素晴らしくてね。あ、自分の自慢しちゃってすみません。
島田 まだ解脱(げだつ)してないですね(笑)。
黒崎 あ、はい(笑)。では、同じハイレゾ音源を、リンの最先端システムで聴いてみましょう。
〜同「アラバマに星落ちて」を試聴〜
96kHz/24bit リン KLIMAX EXAKT350
島田 歌っている場所が変わった気がするね。バイタボックスは50 年代のニューヨークで歌っている気がするけど、リンは80年代の東京というか。エラとルイがいい服を着て歌っているように想像できる。
黒崎 エラの声が滑らかになって、優しく感じる。
島田 そうだね。「アラバマ」の言い方も少し変わったね。
黒崎 バイタボックスだと包み込まれるいい音という感じ。リンのEXAKTだと二人の息づか、「惚れたよ」みたいな意思疎通を交わしながら歌っている、二人の呼吸が感じられる。バイタボックスは凄い音が飛んでくる感じがする。皆さんいかがだったでしょうか。
〜VITAVOXが良いと思った人、KLIMAXEXAKT350が良いと思った人の順で挙手してもらう〜
黒崎 面白いですね。3対2といったところでしょうか。
島田 音楽としてはVITAVOXの方が合っていると思う。
黒崎 つまり時代を表現しているということですね。では、今度はLPレコードで同じ演奏を聴きましょう。リンのアナログプレーヤーLP12で。スピーカーはまずはリン、そのあとVITAVOXでかけましょう。
〜「アラバマに星落ちて」レコード(33回転)を試聴〜
LP12+KLIMAX EXAKT350、その後LP12+VITAVOX CN-191(OCTAVE V110SE)
(黒崎氏、挙手をうながす)〜VITAVOX、リンで半々〜
島田 分かれましたね。
黒崎 ひとまず私の感想を述べます。バイタボックスはバックのピアノの音がよく聴こえた。力強さや艶はバイタがあったかなという感じがしました。声の微妙なきめ細やかさはリンEXAKTのほうにあった。皆さん、感想ありますでしょうか。
会場の男性A 僕は最初にハイレゾでかけたVITAVOXがすごく良かった。テンポ感、音楽が流れている時間の感覚が僕にとって一番近かったですね。
会場の男性B ハイレゾはマスターテープの音がそのまま入っている気がしますね。頭のソロの部分で、バルブの動きみたいなところ。息切れが聴こえてくる気がする。レコードでは聴こえない。ハイレゾは聴こえました。VITAVOXでもリンでも。
サウンドクリエイトスタッフ 脱線するかもしれませんが、ひとつ提案があります。今レコードとハイレゾを聴き比べていただいたんですけれども、ハイレゾ化の仕方、デジタルのリマスターによっては、オリジナルとは印象の異なるものになるので、CDクオリティのものも聴いていただきたいと思います。
黒崎 それは面白いですね。ではハイレゾ音源(96kHz/24bit)を少し聴いてから、CDリッピング(44.1kHz/16bit)を聴くということにしましょう。では、どちらのスピーカーで?
島田 リンのEXAKTで。比較するならリンがいい。
〜同「アラバマに星落ちて」96kHz/24bit、CDクオリティ44.1kHz/16bitを続けて試聴〜
KLIMAX EXAKT 350
黒崎 CDクオリティはちょっときつく聴こえると思いました。あと息づかい、終わった時の口の、ため息の感じが消えてしまう。ハイレゾの方はそこが保存されていると思います。
島田 そこが要るかどうか。
黒崎 あぁ。
一同(笑)
島田 変わるわけですよ。これは実体験ですが、スピーカーベースを入れたり、ウーファーを追加したり、LP12をグレードアップしたりすると、その度ごとに、CDリッピング、ハイレゾ、ストリーミング、LPのなかで、どれが一番いい音がするか、音の順位が変わるんですよね。
それで、一時期CDリッピングを聴かなかったことがありましたが、最近になって良くなって聴けるなという感じになってきている。黒崎さんはアナログ(LP)を一度やめちゃったでしょ? 僕もそういう経験があります。でもある時ふと、装置が変わっているのでかけてみると、あれっと思う。やっぱりアナログレコードでしか聴けない音があるなとか。変わっちゃうわけですよね、煩悩が。
黒崎 灼熱地獄が終わったら、無間地獄に入るという感じ(笑)。確かに、全てにおいて最高の人間というのがあり得ないように。もう、個性のレベルになってくる。
島田 アナログ、アナログって昔のもののように言われるけど、LP12にせよ、他のプレーヤーにせよ、進化していて最新の技術が使われているわけですよね。決して昔のものじゃない。だから昔はこういう音では聴けなかったっていうのはその通りですし、アナログ、デジタルというのも単純に比較できませんよね。
黒崎 失われるものもあるんだよね! エントリーモデルのLP12でかけて、とんでもなく良い音したLPレコードが、どんどんグレードアップしていくと途中で「あれ?」となって、代わりにブルックナーの超分厚い編成が一番気持ちよく聴けるという現象もある。だけど、編成の少ないものはなんか以前のエントリーモデルの方が力感があったなと思ったり。いろんな差があるから、必ずしもどれが正しいというものではないけれど。さて96kHzと44.1kHzとの比較の話ですが、僕はやっぱりハイレゾで聴きたい感じがするけど。ハイレゾとCDリッピングどちらがいいと思いましたか。
〜挙手してもらう。半々くらい〜
黒崎 う〜ん。どちらにも半分は味方がいる。
島田 こういうシチュエーションは今、現代で生まれる状況じゃないですか。だって今までハイレゾはなかったわけだから。メディアが進化していくことによって、どれがいいのか、どんどん分からなくなってしまう。究極の音、というのが分からなくなってしまう。
黒崎 人間で考えると、A子さん、B子さん、C子さんに順番をつけろと言われてるようなもので、普通はつかないわけじゃないですか。あ、変なところに話が入っちゃった(笑)。
島田 アナログレコードでもオリジナル盤がいいとかいろいろあるし、キリがない。
黒崎 例えばSPレコードだと絶対オリジナル盤がいいんですよ。どんなことあっても、誰が聴いてもオリジナル。それくらいはっきりしているんですけど。LPに関してはまた違う気がします。LPの初期盤がお好きな方いらっしゃいますか?
会場の男性C プレスに関しては初期盤がいいですね。
会場の男性D 僕はLP12を2007年に買った時からオリジナル盤にこだわらなくなりました。どんなレコードをかけても大丈夫だから。なんだかリンの宣伝をしているみたいですけど、このプレーヤー(LP12)はなんなんだろうと思っちゃいましたね。本当にすごいです。
黒崎 LP12というのは、1972年からやっていますからね。70〜80年とオーディオ全盛期に使っていた人がいて、そして、CD時代、デジタルファイル時代になってもまだ現役で存在しているわけですからね。
例えばですが、巡礼する時に、今はバスでできるけど、あえて徒歩で巡礼するという、できなくて仕方なくやるのと、あえてそうやることの差ということがありますよね。80年代はオーディオでいい音で聴くのが非常に難しかったから、一生懸命お金をかけてやっといい音がたまに聴けた。そういう体験があった。その後CDができ、iPodができ簡単にまずまずの音で鳴らせるような状況になった。バスで行けるような感じになったんですよ、気楽に。だけどやっぱり、あえて徒歩で行く楽しさが……。
島田 苦しさでしょ(笑)。