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黒崎政男×島田裕巳のオーディオ哲学宗教談義 Season2「存在とはメンテナンスである」<第3回>
情報がデジタル化されることの恩恵
黒崎 情報がデジタル化されたことによりますよね。
島田 今、物書きという商売にとってデジタル化の恩恵は大きいわけです。うちにいながらいろんな情報にアクセスすることができる。国立国会図書館は古い本をデジタル化してアーカイブしている。全部公開されているわけではないですが、結構役に立つ。その場に赴いて探すのって大変。
黒崎 テキストデータもネットでも取れる。情報がデジタル化されるだけでなくて、物がデジタルの流通に乗る。例えば自分の本……、島田さんは本が売れているから本屋さんに並んでいるけれど、自分の本なんか出して3カ月もしたら本屋から消えるわけですよ。何にもない人間のように思うじゃないですか。ところがAmazonができてからは、いつ見ても、いつまでたっても、黒崎政男って検索すると処女作から全部、著書が並ぶわけです。そうして並んでいるのを見ると、あ、俺、こういうの書いてきたんだっけって、いつでも確かめられるわけです。つまりね、デジタルの情報によって、今まではゴミの中に埋もれてしまったものがビックアップされてくる。
島田 そうですね。
黒崎 あらゆる情報がアクセス可能になった。例えば、イスラエルの個人からLPを、500円とか600円のものをピッとe-bayで買うと、1週間後には日本の私の家に届く。こんなことはこれまで、人類史上あり得なかったわけですよね。
島田 そういう実用面の他に、さっき言ったように、「引っかかってくる」ということが重要で、そういうものはもう一度落ち着いて聴こうとするわけ。そういう音楽生活は今の環境によってはじめてできる。昔は情報をどこから得てくるのか、ということからして難しかった。
黒崎 かつてなら、ベスト10とかテレビで見て、あぁ、これが流行っているとか見られた分野の情報が、今ではインターネットによって入手できるようになった。そもそも最先端とかヒットチャートとかいうのは、今でも生き生きとしているわけ?
島田 あるよ。
黒崎 最先端が?
島田 最先端というか、どうやって進んできているかが重要であって。例えば歌舞伎なら、過去の名優と言われている人達の演技を堪能するというのもあるけれど、僕としてはそれだけでは物足りないわけ。若い才能が出てきていることを確認しないと、もう歌舞伎は要らないっていうか。
黒崎 確かに古典というのも、今のエネルギーが入ることで古典なのであって、博物館にあっただけでは廃れるわけです。やっぱり、新しい血が入ることで発展しなければならない。
島田 今の世の中は、どんどん先に進んで、すぐ次の関心に移る。
黒崎 私は逆に、音楽に関して言えば、古いほどいい、古い演奏がいい、骨董趣味だから……。
島田 骨董原理主義。
黒崎 だから、ジャズでもピークと思える時代があって、それ以降はあまり意味がないし、もしかしたらジャズはかつてのレコードで聴くことがベスト。あ、話ばっかりだったので、レコードをかけましょうか。ジャズの。
島田 はっはっはっは。じゃあ、ジャズから行きましょう。
『コルトレーン&ハートマン』、40年も同じレコードを聴き続ける
黒崎 前回からの流れで、私の思う「これぞジャズ」というものと、島田さんの「これぞジャズ」を聴こう、ということになったわけですよね。
さて、またファーストプレス自慢になりますけれども、これはセカンドプレスなんです、本当は。
島田 それに関しても、言いたいことがあるんですけれども。聴いてからにする?
黒崎 じゃあ、ちょっと喋りすぎましたから、先に聴きましょう。これはジョン・コルトレーンと男性ヴォーカルのジョニー・ハートマンの名盤です。ジョニー・ハートマンの声がいつまでも出てこないので、これってコルトレーンのソロだったかなと思った頃、歌い出します。
〜ジョン・コルトレーン、ジョニー・ハートマン『ジョン・コルトレーン&ジョニー・ハートマン』LPより「マイ・ワン・アンド・オンリー・ラヴ」を聴く〜
システム:LINN KLIMAX LP12(+URIKAU)、LINN KLIMAX SYSTEM HUB、LINN KLIMAX EXAKT 350
島田 何年のアルバムですか?
黒崎 1963年だと思います。コルトレーンの『至上の愛』の直前くらい。いろんな噂があるけれど『至上の愛』で神に〜、みたいになって行った時に、リードの調子が悪くてスロウしか吹けなくて、これと『バラード』を入れたという話になっているんですけどね。まあ先端的演奏だけでなく、レコード会社の売り上げを考えて分かりやすい企画物レコードを出した、ということであるかもしれない。
ともかく、人生60年もやっていると、この作品ひとつにしても40年の付き合いになるわけです。それを聴くというのは、その時その時自分が感じたこととその時代背景も一緒になっています。そうするとその年その年で自分の感じ方も変わってきている。変わらないコルトレーンの演奏を通して、自分の変化を見る感じ。
島田 初めの頃はオリジナル盤なんて考えなくて、純粋な心で聴いていたでしょう? それが今じゃ、不純になった。
昨日ニュースを見ていたらね。レコード、アナログ盤が復活しているので、レーザー加工を駆使した、ハイレゾレコードが開発されているそうです。プレスの仕方を変えることによって、今までと違う領域に入ることができて……。
黒崎 その話の先を言うと、ファーストプレスを一生懸命買っているけど、もっといいのが出るから無駄になるよ、って?
島田 いや。このプレスの仕方をすると、ファーストプレスだろうと、何千枚やっても変わらないっていうことかなと思ったんです。そうなってくると、これから何千年も経ったら、黒崎さんの趣味自体が、成り立たない。
黒崎 そんなことないよ。新しいものはそうなっても、古いのはすでに存在しているもの。それにオリジナル盤を求めるのはいい音で聴きたい、っていう純粋さの表れなんだけどなあ(笑)。
とにかく、私なんかは60年代までのジャズは、非常に個人的なことかもしれないけど、若い時に一生懸命聴いて、インターバルがあって、装置が変わったり、何かのきっかけで聴き、そしてまたしばらく経って聴く。人生のいろんなステージで「マイ・ワン・アンド・オンリー・ラヴ」が流れるわけ。そうすると、その時その時の自分の変化や自分を見ることにつながるなぁと。
島田 もうちょっと、分かりやすく。感覚的には分かるけど。具体的にはどう違うの? 若い時と。
黒崎 その聴いていた時代の自分が、若さで焦燥感に満ちていたり、楽しかったり。その頃のことが浮かぶじゃないですか。で、また少し経って後、80年代ジャズ喫茶で聴いた時の光景が浮んだり、このファーストプレスを聴いたり……。「自分は何か」という道しるべみたいなもの。音楽を聴くということは、「私にとっての意味」こそが中心だと思う。