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黒崎政男×島田裕巳のオーディオ哲学宗教談義 Season2「存在とはメンテナンスである」<第3回>

公開日 2019/01/25 19:26 季刊analog編集部
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私にはモーツァルトが分からない

島田 なんて言ったらいいか分からないのだけれど、今おかけになった音楽、何の関心も持てないんだよね。

黒崎 うん? そっかー。だよねぇ。関心があれば、もう聴いてるはずだものねぇ……。

島田 今まで聴かせてもらったマーラーや「火の鳥」はまだ分かるんだけど。この系統の音楽になっちゃうと、僕には何か、聴く意味が分からない。ある時から、僕にはモーツァルトってだめだなぁ、って思ったんです。聴いても面白みが分からない。

黒崎 モーツァルトに関して言えば、私も昔から聴いていたわけじゃないけれど、ここのところ、すごく楽しくなったんです。シンフォニーなど、カール・ベーム指揮、ベルリン・フィルのものとか、耳にタコができる、もう嫌だ〜って思っていたのが、最近聴くと、あぁ! 生きていて良かった、というくらい感動する。

島田 過去に聴いた経験の蓄積があるからかな。

宗教学者・島田裕巳氏(左)と哲学者・黒崎政男氏(右)

黒崎 それもある。でも冒頭でいい! と思わないと始まらないわけだからね。そういう意味じゃモーツァルトのこういう音楽をお好きな方、いらっしゃいますか?

(たくさん手が上がる)

黒崎 ほらぁ。

島田 いっぱいいるのは知っています。モーツァルトはねぇ、アマデウスの映画の影響ではないと思うけれども。あなたが80年代以降のジャズに対して感じることともしかして似ているかもしれない。

黒崎 えぇ〜。一緒にするの?

一同 (笑)

島田 なんか、無意味なんですよね。

黒崎 昔からでしょう? 島田さんはクラシック系をほとんど聴いていないというのが不思議なんですよ。それでいて、すごく立派なリンのEXAKT AKUDORIKで音楽、聴いているわけでしょう?

島田 安いモーツァルトのCDセットを買ってリッピングしたことがあるんです。でも途中で嫌になって全部デリートしてしまったんですよ。モーツァルトを聴く意味が分からなくて。

黒崎 世の中には2種類ある。モーツァルトを聴く人と聴かない人。

上原ひろみのジャズピアノを聴く

島田 ではここで、最近聴いていいと思った音源をかけましょう。ジャズピアニストのHIROMI(上原ひろみ)と、ハープ奏者のエドマール・カスタネーダという人のライヴです。HIROMIは若くて才能があると言われるピアニストで人気もある。ですが、嫌いだったんです。まったく評価できない、と。

黒崎 それが好きへ変わったという話をするわけね。

島田 評価が変わったんです。最近の『ライヴ・イン・モントリオール』。

〜上原ひろみ、エドマール・カスタネーダ『ライヴ・イン・モントリオール』TIDAL Flac 192kHz/24bitより「月と太陽」を聴く〜
システム:TIDAL、LINN KLIMAX DSM、OCTAVE V80SE+SUPER BLACKBOX、PIEGA Master Line Source 2


上原ひろみ、エドマール・カスタネーダ『ライヴ・イン・モントリオール』 TIDALより
島田 今までテクニックだけのようで好きじゃなかったんです。でもこれを聴いてみて、音楽性があるなと。HIROMIという人の評価が変わったんです。昔から上手いんだけど、音が並んでいるだけで、ジャズって言えない感じだったのが、この人(カスタネーダ)とやることによって良くなっていると思いました。だいたいこういう風に演奏するハープ奏者なんていないでしょう。このハープの音も録音として素晴らしいと思うんですけれど。これがジャズか、って言うと、黒崎さんがイメージしているジャズとは違うのでしょうね。

黒崎 さっき島田さんが赤裸々に、モーツァルト全然分かんない、って言ったのに対して、ジャズの意味が分からない人がいたりして、面白いですよね。昔ってこんなこと恥ずかしくて言わなかったけど、今は全然恥ずかしくない。


哲学者・黒崎政男氏
島田 言えなかったの?

黒崎 言えなかったんじゃない? かつてはヒエラルキーがあって、高級とか大衆とか、序列があってさ。ハイカルチャーのクラシック音楽に関して、モーツァルトは全然分かりません、って堂々ということはあんまりなかったかも。

それが、90年代からガラガラポンして、サブカルの方を上げて、ハイカルチャーを引き落とすという、民主主義的というかポストモダンな風潮になって行きましたよね。ハイカルチャーをいい、って言うのは、むしろ自分を持ってないみたいになっていった。

そして、今はみんなフラットになってしまって、価値の上下の軸は消えて。なんでも素直に言えるようになったから良いと思いますけど。

聴く音楽を変化させるオーディオの力

島田 黒崎さんの中で、クラシックの中で、これはだめ、というものはあるの?
黒崎 かつては、ストラヴィンスキーやブルックナーとか、壮大で編成が大きいもの、なにか外面的に感じられる音楽は軽蔑していました。やっぱり本質は、楽器が少ないほうがよく、ソロが一番精神性が高い。

島田 そこでもヒエラルキー。

黒崎 そうですね。ただ、私の2年前からのLPレコード再開において、かつて興味のなかったものが、好きになってきたのは、自分でもびっくりした。驚きでした。おぉ〜ほれほれ、こんな音が! 単純に面白い、という。大雑把に言えば、精神性で聴いていたのから感覚が喜ぶ、という聴き方に変わったわけ。大編成の音楽が実に喜びに感じられるようになった。

島田 いろんな音を聴くことができるようになったから。

黒崎 そうそう。実にいい音色、いい響きが味わえるようになった。感覚の快楽のほうににグッと引き寄せられているんです。こういう現代のオーディオシステムにすることによって。

そこで、感覚の快楽、というか、音の愉悦、という実例を聴いてみましょう。イギリスの作曲家、ベンジャミン・ブリテンの作った『シンプル・シンフォニー』。ブリテンの自作自演です。イングリッシュ・チェンバー・オーケストラを指揮しています。この曲の第二楽章は、ピチカート主体の楽章。聴いていると気持ちよくて仕方がない。こういう面白さに私は引き寄せられるように変わったわけ。K.ウィルキンソンという録音技師による収録で空間性の捉え方がうまい。私は最近ウィルキンソンの録音したものをよく聴くようになりました。

〜ブリテン(指揮)、イングリッシュ チェンバー オーケストラ『ブリテン:シンプル・シンフォニー』LPより第2楽章を聴く〜
システム:LINN KLIMAX LP12(+URIKAU)、LINN KLIMAX DSM、OCTAVE V80SE+SUPER BLACKBOX、PIEGA Master Line Source 2

ブリテン(指揮)、イングリッシュ チェンバー オーケストラ『ブリテン:シンプル・シンフォニー』LP

黒崎 69年。この演奏をした会場(スネイプ・モルティングス・コンサートホール)は実に音響がいい。火事で焼失したのでしたっけ?

リンジャパンスタッフ(古川)  はい。消失したものの、その翌年1970年には再建されて、ブリテンらが創設したオールドバラ音楽祭のホームグラウンドです。ビールの醸造所に板張りのステージが設けられ設えられ、ホールの音響特性と演奏に関心が持たれる最良のサンプルになっているのではと思います。

ブリテンのLPを嬉しそうに掲げる黒崎氏
黒崎 こういう音楽を、身体的喜びで聴くようになった。体が嬉しい。聴いて楽しい。

オーディオ装置を良くなると、なんかもう、快楽というか。それを初期盤で聴けばさらに鮮烈さ、リアルさ、会場のきちっとした空間性が捉えられているレコードであればあるほど、楽しくてしょうがない。かつてクラシックを聴いていた時と比べて、大きな編成のものを聴くようになったし、変わりましたね。前は恥ずかしかったわけ。ストラヴィンスキーなんて、軽率な、とか。

島田 そんなにいい音で聴いていなかったわけ?

黒崎 うーん、まあ大編成のものは、塊になってしまって。

島田 だってさ、このブリテンも、ラジカセとかそんなレベルで聴いたら面白くもなんともないですよね。


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