開発者に聞く連続企画 後編
レコードの「生々しさ」をデジタルで再現、ソニーDMP-Z1「バイナルプロセッサー」を深く知る
USB-DACモードに切り替えるとディスプレイにサンプリング周波数とレベルメーターが表示される。MacのAudirvana Plusで再生したスティーリー・ダン《バビロンシスターズ》(FLAC 96kHz/24bit)は音が塊にならず、これまで聴いたことがないレベルのセパレーションの高さを実感。バスドラムとベースは実在感が高く量感も強めだが、アタックと切れが俊敏なのでテンポがもたつくことがない。コーラスは左右に広がるだけでなく斜め前方に響きが抜け、高さを感じさせる処理が行われていることをあらためて気付かせてくれた。
DMP-Z1の再生音には、プレーヤーとUSB-DACに共通して重要なアドバンテージが存在する。それは聴き慣れたヘッドホンから思いがけず新しい発見を引き出すということ。今回は長期間使い続けてきたK812からこれまで未体験のサウンドが出ていることに気付かされたし、ソニーの試聴室でソニー製ヘッドホンを組み合わせて試聴したときにも同様な印象を受けた。ヘッドホンに本来そなわるポテンシャルを漏らさず忠実に引き出すという意味で、基準機としての役割も期待できそうだ。
■微小なノイズや共振成分を発生させることで音質を向上「バイナルプロセッサー」
ここからはバイナルプロセッサーに焦点を合わせてその内容と音質を紹介する。
バイナルプロセッサー機能が生まれた背景をたどると、CDが登場した1980年代前半に行き着く。当時はダイナミックレンジの大きさなどCDがレコードに比べて圧倒的な優位にあると評価された。だが、デジタルオーディオ機器を手がけたエンジニアのなかには、レコードにも良い部分があり、そのなかにはデジタルオーディオとは別の魅力があると感じていた人物がいた。
それがセパレート型CDプレーヤーのCDP-R1を開発したエンジニアの金井隆氏である。金井氏はその当時から「レコードでなければ聴けない音」の再現を目指して研究を重ね、最近になってその理由を解明したという。その経緯と技術的な背景はソニーのホームページに掲載されている。
前述の記事はレコード再生特有の現象として3つの要素を紹介している。
1、トーンアームの共振
2、サーフェイスノイズ
3、レコード盤の共振
共振やノイズは有害な要素としてとらえるのが普通だが、再生システム全体としてとらえると有益な部分もあるという。具体的にはウーファー、スコーカー、トゥイーターなどスピーカーユニットに微小な振動を引き起こし、音楽信号を入力したときの反応を良くする効果があるという。トーンアームの共振など低い音域はウーファー、サーフェイスノイズやスクラッチノイズは中高域のユニットにそれぞれ影響を与え、ヘッドホンの振動板にも同様な効果をもたらすとされる。
静止している振動板を動かす瞬間には大きな力が必要だが、共振の影響で微小振動している振動板はわずかな力で動き始める。これは弦楽器の弓と弦の間の関係にも見られる現象で、演奏家は圧力と弓の速さでその物理現象を微妙にコントロールしているのだ。
スピーカーやヘッドホンの振動板でも完全な静止状態に比べて初動感度が上がり、小さな信号への反応が改善する効果も期待できる。具体的な効果としては、音の立ち上がりが速くなり、空間情報など微小信号の再現性が高まることが考えられる。
バイナルプロセッサーがDSPで生成するノイズや共振成分はそれ自体を聴き取れるほどレベルではなく、再生時に耳障りなノイズを発生することはないのだが、微小レベルではあっても音質への効果は期待できるという。