世界で評価される高音質の舞台裏
ハーフスピード・マスタリングを支える重要人物 ― マイルス・ショーウェル氏(アビー・ロード・スタジオ)インタビュー
そもそも、ショーウェル氏がハーフスピード・マスタリングを行う経緯は、どのようなきっかけからだったのだろうか。
「1970年代後半から1980年前半にかけて、モービル・フィデリティが非常に高品質なレコードをシリーズとしてリリースし始めました。すでにリリースされている名盤のライセンスを取得して、ハーフスピード・マスタリングを行ってカッティングしていたんです。ちなみにモービル・フィデリティには伝説的なエンジニアであるスタン・リッカーがいて、その彼がハーフスピード・マスタリングに関する文献のほとんどを執筆しています。
当時は日本のJVCが非常に硬くて低ノイズなヴィニールを開発していて、モービル・フィデリティはすべてのタイトルをJVCでプレスしていました。今日に至るまでも、初期のモービル・フィデリティのレコードは最高の音を聴かせてくれると思っています。ちなみに、彼らの最も知られている作品のひとつとして、ピンク・フロイドの『Dark Side Of The Moon』がありますが、これはアラン・パーキンスというアビー・ロード・スタジオのエンジニアがレコーディングしたロック史に残る名盤です。
当時、私の父がレコードショップを経営していたので、この『Dark Side Of The Moon』も含むモービル・フィデリティの作品を多く注文していたんです。私はいつも父の店から聴こえるその音が好きでした。
その後、マスタリングの仕事に就いた私は、当然のことながらハーフスピード・マスタリングをやってみたいと思いました。ただし、全ての機器を半分の速度で、かつ正しく機能させることは非常に難しいことで、当時は誰も助けてくれなかったですね。ようやく、この話に乗ってくれる変わり者のエンジニアに出会えたのが、いまから16年前のことでした。
そのとき、私はスタン・リッカーに連絡したんです。“ハーフスピード・マスタリングをやりますよ”と。彼は他の誰かがハーフスピード・マスタリングを行うことに非常に驚いて、その後はさまざまな手助けをしてくれました。スタンほどの人物が私を助けてくれるのは、特権だったと思います。悲しいことに彼は3年前に亡くなりましたが、私にとって素晴らしい友達でもある彼が遺したハーフスピード・マスタリングを引き継いで、これからも良い仕事を続けて行きたいと思っています」
ハーフスピード・マスタリングを行うためには、システム的な困難も多くつきまとったそうだ。例えば、レコードに録音させるために採用されるEQカーブ。レコードからのノイズを減らしつつ演奏時間を伸ばすために使われるEQカーブだが、もしカッティングの際に半分の速度で動かそうとした場合、その周波数が大きく異なることになるそうだ。ショーウェル氏のハーススピード・マスタリングへの挑戦は、まず切り換え可能なRIAAフィルターを開発するところからスタートしたとのことで、このRIAAフィルターは現在もなお、改良を続けているという。