DVDよりもさらに高品位な映像と音響を提供するBlu-ray Disc、HD DVDの登場で、AV機器に求められるスペックは日増しに高度化している。映像の受け手であるテレビは、ハイビジョン映像を余すことなく表示するフルHD対応機が出そろってきている。
一方で“音”のHD化を実現するアンプの対応機器についても、いよいよ今年からHDMI ver.1.3端子を搭載し、次世代サラウンドフォーマットであるドルビーTrueHDやDTS-HD Master Audioのデコードに対応するアンプが登場してきた。パイオニアからも次世代サラウンドフォーマット対応のAVアンプ「VSA-AX1AH」が発売された。今回はその実力を詳しく探るため、本機の開発者であるパイオニア(株)ホームエンタテインメントビジネスグループ AV技術統括部 AVコンポ設計部 設計2課 主事の佐野健一氏にインタビューを行った。
━━まずはドルビーTrueHD、DTS-HDのフォーマットについて概要を教えてください。
佐野氏:次世代サラウンドの最高位フォーマットであるドルビーTrueHDとDTS-HD Master Audioは、どちらも可逆性の圧縮フォーマットで原音をロスレス(損失無し)で再生できるのが特徴です。DVDで採用されていたドルビーデジタルやDTS方式は、圧縮されたまま音声を再生していたので、原音と比べると音の情報は削られていました。原音をCDに例えるならドルビーデジタルやDTS方式は、MP3のような圧縮音声として再生していたのです。
しかし次世代サラウンドフォーマットは、BD、HD DVDの大容量記録の恩恵を受け、音楽データの高密度記録が可能になりました。これにより音場内の密度が大幅に高まったので、録音時の空気感までも再現する、極めてリッチなサウンドが再現できるようになっています。映画ならリアリティのある効果音の再現や俳優の息づかいまでを伝え、音楽ならオーケストラの一つ一つの楽器がイメージできるような解像感の高いサウンドを再現しています。
━━VSA-AX1AHはこのどちらのフォーマットにも1台で対応するわけですね。
佐野氏:そうです。アナログデバイセス社の最新ドルビーTrueHD/DTS-HD Master AudioデコーダーICを搭載することで実現しました。BD、HD DVDとも発売される作品ごとに、どのサラウンドフォーマットを採用するか異なってきます。当社としてはやはり1台でフォーマットに含まれる全ての再生方式に対応すべきと考え開発しました。今後発売される様々なBD、HD DVDソフトのサラウンド音声が楽しめるようになっていますので、個人的には今後10年は使えるアンプと自負しています。
サラウンドフォーマット | ディスクの 種類 | 要件 | 圧縮の種類 | チャンネル数 | サンプリング 周波数 |
ドルビー TrueHD | BD | オプション | ロスレス (可逆圧縮) | 最大7.1ch (192kHz時は5.1ch) | 最大192kHz |
HD DVD | 必須(2ch) | 最大7.1ch (192kHz時は2ch) |
ドルビーデジタル プラス | BD | オプション | | 最大7.1ch | 48kHz |
HD DVD | 必須 |
DTS-HD Master Audio | BD | オプション | ロスレス (可逆圧縮) | 最大7.1ch (192kHz時は5.1ch) | 最大192kHz |
HD DVD | 最大7.1ch (192kHz時は2ch) |
DTS-HD High Resolution Audio | BD | オプション | ロッシー (非可逆圧縮) | 最大7.1ch | 最大96kHz |
HD DVD |
━━開発時には両フォーマットで収録されたタイトルが発売されていない状況だったので、開発用の素材には苦労をされたのではないでしょうか。
佐野氏:それはもう、ご想像の通りです。ドルビー、DTSの両社から素材の提供を受けるわけですが、開発時にそれを再生できるプレーヤーはありませんでした。そのため、素材についてはパソコンでの再生用データを受け取り、それをアンプの側で再生可能な信号に変換する基盤を独自に作成してテストを繰り返しました。開発中はアメリカのドルビー本社、DTS本社に足を運び、ミーティングを行う等の苦労は多かったものの、おかげさまで次世代オーディオ完全対応のAVアンプが完成しました。
ドルビーTrueHD、DTS-HDについての概要を把握できたところで、実際のサウンドを試聴してみることにした。テストに使ったのは、ドルビーTrueHDのフォーマットで96KHz/24bitのステレオ&5chトラックを収録するBlu-ray Discタイトル『レジェンド・オブ・ジャズ〜ライヴ・アット・ブルーノート東京』。再生にはパイオニアのBDプレーヤー「BDP-LX70」を使い、LPCMに変換したのちHDMI接続によりAVアンプへ出力した。ドルビーTrueHD、DTS-HD Master Audioのビットストリーム出力による聴き比べは、5.0chで記録されたDVDオーディオのタイトル『Bamboo Born 竹竹』のマスターサウンドをリファレンスの素材として使い、パソコンに保存されたドルビーTrueHD、DTS-HD Master Audioそれぞれの方式のファイルをテスト用のボードからAVアンプで受けられる信号に変換し、再生を行った。
試聴した感想についてだが、そのサウンドにかなりの衝撃を受けた。もちろんフロントにS-1EX、リアにS-2EX、センターはS-7EX、加えてサブウーファーにはS-W1EXという高音質スピーカーを組み合わせた環境の質が高いためでもあるだろうが、リスナーを包みこむサウンドは、まさにブルーノート東京の最上席で鑑賞しているような、またはそれ以上の高品位な環境で聴いているような錯覚に陥らせる。言い古された言葉だが、ヴォーカルの息づかいはクリアなピアノの高音部など、どれをとっても非の打ち所がない。解像感、表現力ともにずば抜けており、まさに未体験のサウンドだった。正直に言うならば、一度ここまでのサウンドを聴いてしまうと、もう以前の環境に後戻りできないような寂しさすら感じさせられてしまったほどの実力だ。
『Bamboo Born 竹竹』ではドルビーTrueHD、DTS-HD Master Audioの違いを比較した。テストから受けた印象としては、この両方式の再生音にかなりの違いがあることを感じた。どちらもロスレスなので原音に忠実なはずなのだが、再生されるサウンドにはそれぞれの個性があった。比較したのは太鼓の音が印象的な7曲目『NORTHERN LIGHTS(北方からの光)』だ。
ドルビーTrueHDでの再生では、太鼓が打たれた後に空気が振動する微妙な音の揺らぎが感じられた。空気感重視の再現力という印象だ。一方のDTS-HD Master Audioは解像感が高く、太鼓を打ったときの音の立ち上がりがとてもシャープでアタックの表現が冴えている。静寂とのダイナミックな差が凛とした空気感を醸し出してしていた。今回は短い時間内でのテストだったが、いずれのフォーマットも優れた原音の再現力を余すことなく発揮できていたと感じた。
━━VSA-AX1AHの再生能力には脱帽しました。これはドルビーTrueHDやDTS-HD Master Audioの実力なのでしょうか、あるいはアンプの実力なのでしょうか。
佐野氏:AVアンプにはたくさんの回路が搭載されています。近年、HDMI等、信号の高速化に伴い、ノイズを発生させる回路が増えていますので、回路設計自体を見直さない限り、AVアンプとしてこれだけピュアなサウンドを、そのままのクオリティで再生することはできなかったと思います。ドルビーTrueHDやDTS-HD Master Audioがもつ音のポテンシャルが高い分だけ、アンプとしての基本性能をさらに高い次元に持っていかなければならなかったのです。
当社のアンプは元々、究極の原音再生のためにエネルギーロスとノイズの相互干渉を防ぐ「アドバンスドダイレクトエナジーデザイン」や、ノイズの相互干渉を構造面から防ぐ「ダイレクトコンストラクション」を採用し、徹底したノイズ対策を行ってきました。さらにこのモデルからは、信号の基準となるグランドレイアウトを見直し、グランドの相互干渉による音質劣化を排除する「クリーングランド」思想を製品に盛り込みました。
我々はフルHDのハイビジョン映像を初めて目の当たりにした時に受けた衝撃を、今度は“音”で受ける事になりそうだ。マルチチャンネルアンプはいわずもがな、ホームシアターの音を司る要の存在である。より良い製品を手に入れることももちろんだが、将来のフォーマットの進化にも備えた、末永く使える機器を選びたいものだ。VSA-AX1AHは次世代のサラウンドフォーマットにいち早く対応しており、現時点で購入しても今後長く使える安心感がある。試聴を終えた筆者も、今後マルチチャンネルアンプを選ぶなら真っ先に検討したい製品だと感じている。