前回まで、オーディオとブランドの関係について述べてきました。最後の例えはクオードでした。偉大なコンデンサースピーカーのブランドが、ダイレクトラジエーター型のスピーカーを作ったことに関してです。商品ジャンルやクラスの違った製品を扱う時は、ブランドを慎重に扱うべきだということです。私は、個人的にクオードの製品を使ったことはありません。ではなぜ取上げたかというと、それは、客観的に優れた製品だと思いますし、特にコンデンサースピーカーを長年作り続けてきた尊敬できる姿勢のメーカーでありブランドだと思うからです。
さて、私のオーディオブランドに対しての、いまの気持ちを最後にまとめてみましょう。いま一般的には、一流ブランドは一流会社のものであり、一流会社とは資本と規模の大きなメーカーで、金融機関の信用、つまりファイナンスの安定性と利益率や株の市場価格だけで、その優劣が語られるのが普通です。ところが、我々が愛するオーディオに関して言えば、これらとは違う、重要な要素があります。それは、技術と独創性、夢とセンスを持つ熱心なエンジニアが、寝食も忘れて、待ちこがれるファンのために、こつこつと製品を作る、というような人材の面です。企業としては小規模かつ利益も大きくはないという少量生産のメーカーが、常に世界のオーディオマーケットには数多く存在します。そして、次にブランドの重要な条件となるのが時間ですね。ブランドには地道な継続が重要だと言うことです。継続は力なりといいますが、こういう製品は、企業としては小さく弱い存在であっても一流ブランドと言って良いと思います。その辺のことをもう少し補足してみましょう。
オーディオが大ブームとなった1960年代後半から、80年代初頭まで、一流といわれる大電機メーカーの多くが、オーディオ業界に参入しました。それらの企業は、当時は、オーディオの一流ブランドと呼ぶのに相応しい仕事をしたのです。東芝=オーレックス、日立=Lo-D、松下=テクニクス、シャープ=オプトニカ、サンヨー=オットーという具合に独自のオーディオブランドを掲げていました。それらのメーカーは、今も電機メーカーとしては実績を上げ、ますます発展してるようですが、オーディオブランドとしては、今や死に態に等しい存在です。これはオーディオの特殊性の実例と言っていいでしょう。逆に、企業としてはブームが去った後、破綻したり、破綻の危険を常に抱えながらなんとか生き残っているような企業の方が、いまだに良い製品を作ってブランドを維持している例が珍しくないといってもよいでしょう。
例えば、日本最古のオーディオブランドであるラックスは何度も危機を迎えながら、現在もラックスマンとして小規模ながら高級機を作っていますから、オーディオの一流ブランドとして継続していると言えるでしょう。しかし、サンスイは、現在も企業とブランドは残っていますが、その存在は無に等しいと言えるでしょう。このあたりが、オーディオのブランドの特殊性や複雑さを表す事例ですね。
音響メーカーから出発し、前述の一流大電機メーカーの仲間入りができるほどに成長したオーディオの御三家、サンスイ、トリオ(現ケンウッド)、パイオニア。そして日本ビクター、日本コロムビア、ヤマハ、ソニーなどですね。これらのブランドはそれぞれ企業が大きく成長したため、ハイエンドオーディオのブランドとしては難しい立場になるという側面もありましたが、パイオニアは、いまでもオーディオブランドですし、ケンウッドは高級機こそないけれど、普及〜中級クラスのオーディオを中心にブランドを維持しています。そして、最近、日本ビクターとの提携で、新たな曲面を迎えたのは周知のことですね。そして、オンキヨーやヤマハも最近オーディオ機器に積極的な姿勢を見せていますが、残念ながらブランクがオーディオブランドとしてのイメージにキズをつけたことは否定できません...。
日本ビクターと日本コロムビア(現、デノン)は、音響機器とレコードの日本最古の2大ブランドであり、堂々たるオーディオの一流ブランドといえます。両社が一貫して本格的なオーディオコンポーネントを作り続けてきたことは注目に値します。そして毛色の変わったところではソニーがあります。いまや世界のソニーといわれる大企業ですが。常に、技術的にオーディオの世界を牽引してきましたし、現在まで、コンスタントに本格的なオーディオコンポーネントを作り続けてきました。しかも規模こそ縮小しましたが、いまでもピュアオーディオのコンポーネントを作っているのです。この辺りが、大手電気メーカーと基本的に異なり、大メーカーであるけれど、オーディオメーカーとしてのブランドへのこだわりを保っていると言えるでしょう。
ことほど左様に、オーディオブランドというのは、その発端と推移は、様々な形を取るものなのです。一人、あるいは数名で、自らの理想を追求し続け、地道に製品作りに励んでいるメーカーによる一流ブランドが、オーディオにおいてはあり得るのです。
以下、第19回に続く
(菅野沖彦・談 / 聞き手・ピュアオーディオ本部・岩出和美)
(撮影・奥富信吾)