ウエストミンスター・レーベルは私にとって、とても大事な存在でしたね。その演奏のみならず、録音も素晴らしいものでした。ところが当時のことですから録音の詳細は記載されておらず、どんなエンジニアが、どのような思い入れで録音していたかわかりません。ただしそのレーベルのレコードを作っていたのは、ドクター・クルト・リストというアメリカ人でした。何のドクターだか分かりませんが、その人なのです。
彼は、ウィーンにたくさんの良い音楽家がいて、しかも、大戦の終わった後その人達の仕事がないのを見かねて、彼らを集めてプロデュースし、レコードを作っていたわけです。とにかく相当な数のレコードをリリースしていましたね。ですからいま思えば、演奏家、演目、録音を含め、ウエストミンスターの音は、ドクター・クルト・リストの好みであるといえるでしょう。
その頃でしょうか。ビクター、コロムビア、ポリドールといったメジャーなレーベルに対して、ウエストミンスターのようなマイナーレーベルの、個性的な存在というものを意識したのは。それが私のレコード観を一生支配しており、言ってみれば原点となったわけです。とにかく良い演奏、良い演奏家をたくさん掘り起こしたわけです。たとえばこの人は掘り起こしたわけではありませんがピエール・モントゥー。この大指揮者にベートーベンの交響曲第9番を振らせたわけですから、一概にマイナーというわけでもありませんね。ウィーンを中心にした室内楽では、本当に素晴らしい録音がありましたが、こうしたメジャーと言っていい交響曲のプログラムまで手がけたわけです。
そのウエストミンスター・レーベルですが、その後新譜が出るなど大きな動きはありませんでしたが、レーベルはいまも続いています。決してメジャーレーベルのように大きな存在ではありませんが、先ほどのように私の録音の原点でありますし、音楽再生の楽しさの基準となった点で忘れられないレーベルです。
クラシック音楽の世界は、前述のように録音エンジニアのクレジットを含め、録音詳細が明らかにされることは、あまりありませんでした。それは、そのころクラシックは大変アカデミックな世界であって、録音制作は個人の仕事ではなくレーベルの仕事、会社の仕事という常識が強かったわけです。その反面、ジャズ制作の分野においては、個人が評価されることが多かったのでした。ジャズはパーソナルな部分が多く、比較的初期から誰がプロデュースし録音したのか、それがいつどこで録音されたということが大事だという認識があったのです。その面ではジャズの方が先に進んでいたわけです。
私は高校の頃からジャズのレコードを聴くようになり、それ以来録音制作に至るまで興味を持って関わり続けて来ました。その中で口幅ったい言い方をすれば、ジャズの録音、もしくはジャズのレコードに関して、音というものや録音の重要性について日本のリスナーの方に認識させたのは私だという自負を持っています。私がその問題を提起する前は、音楽的な観点からはたくさんの先達が紹介や評論をしていましたが、音や録音という視点とジャズの音楽性を結びつけて、今でこそよく知られたロイ・デュナンとかルディ・ヴァン・ゲルダーという人達の名前を出して紹介したのは私が初めてでしょう。
以下、第51回に続く
(菅野沖彦・談 / 聞き手・ピュアオーディオ本部・岩出和美)
(撮影・奥富信吾)