当連載記事は今回から季刊・アナログ誌とPhile-webの共同企画となります。内容は紙媒体ではアナログ誌に、WEBでは本コーナーに同じ内容のものが掲載される予定です。お楽しみ下さい。
今回からのテーマは「オーディオの楽しみ」。若い人のオーディオ離れが進んでいると言われています。携帯電話やポータブルオーディオ、ヘッドホンで音楽を聴く人は増える一方、コンポやピュアオーディオ機器を揃えて音楽を楽しむ人は少なくなってきているのが現状です。音楽を聴く時間自体の減少、溢れる多数の娯楽、質の良くない音源の増加…そういった状況を踏まえ、改めて菅野氏にもう一度「オーディオの愉しみと喜びとはなにか」を語って頂きます。(編集部)
「オーディオを趣味にできない時代」
最近、オーディオ文化というものは、ある意味変貌したと思っています。我々が半世紀にわたって楽しんできたオーディオは、その在り方からして、もはやないに等しくなっています。オーディオマニアというのは、高いセパレートアンプに、スピーカーを組み合わせて使っていればよいというわけにはいきません。オーディオマニアというのは自分の部屋に音の殿堂を構築するために、自分で計画を立て、自分の頭と手を使って、自作をしたりパーツを組み合わせたり、主体的に音を作り上げていくものなのです。ただちょっといいオーディオ機器を買って、音楽を聴くだけではオーディオマニアと呼ぶにはあたらない。ただそれさえもしないというのが風潮ですね。
不安になることがあります。プリメインアンプの中高級品、価格で言えば、4、50万のものですね。それをやっと買った青年の話です。その青年は恥ずかしいというのです。何も恥ずかしいものを買ったのではないし、努力して買ったのだからいいじゃないと言うと、それを友人に見られて、オタクと思われたことが恥ずかしいというのです。よく聞くと、そう思った友人の方は特別に情熱を傾けるものが何もないというのです。情熱を燃やしてオーディオしている人がオタクと言われる時代なのですね。
極端な例を挙げてみましょう。男の子だったら、子供の頃からみんな興味を持ってきたブーブ、つまり自動車があります。最近は興味を持つ子が少ないと言いますね。そして若者のクルマの趣味も地に落ちました。趣味ではなく、逃避的なもの多いですね。
オーディオという素晴らしい、独特のセンスと技術を必要とする趣味は、私としてはもう消えつつあると思っています。これは大変残念なことです。いつの日かまたその趣味が復興するとは思っていますが、それがいつになるやら非常に心許ないわけです。
オーディオの背景には、音楽芸術という素晴らしい人類の宝物があります。その芸術を記録し、さらにその記録を様々な姿で再生できるオーディオは、音楽の鑑賞芸術の分野の中でも、独特な分野といえます。面白いなんてものではなく、非常に貴重な文化なのです。それが、興味がなくなったとか、見られて恥ずかしいとか、言うものではないでしょう。努力してプリメインを買ったのだから、尊敬されて然るべきなのです。
この「プリメインを見られた……」という話は、ある講演会で参加者から直に聞いた話です。これは一部なのか、ひょっとしたら全体なのか、世の中の趣味の在り方はそうなってきているのではないでしょうか。自動車の件もその時間いたわけです。もうクルマは趣味じゃないと。
いいものに関心を持って、そのものの良さ、ものの美しさ、ものの尊さをアプリシエイトする、鑑賞すると言う部分が、なくなってしまったのではないでしょうか。こうして話していて、寂しくなるのは、私の意見を読んでくれるメディアのことです。すでに読んでくれている人は、前述のことはよく分かっておられる。本当に読んで欲しいのは、オーディオの楽しみを知らない方達なのです。その意味で、このPhile-webの欄が私にとって貴重なのです。 WEBの来訪者で、あまりオーディオのことを知らない方が、「そうか、オーディオは面白そうだ」と思って頂ければこれは素晴らしいことだと思います。
以下、第53回に続く
(菅野沖彦・談 / 聞き手・ピュアオーディオ本部・岩出和美)
(撮影・奥富信吾)