当時一般家庭用として大変よく売れたステレオに「モジュラーステレオ」というものがありました。比較的小型のセパレート型ステレオシステムで、トライアンプとレコードプレーヤー、そしてスピーカーシステムが一式になったものです。「暮しの手帖」のレコードの記事が続くうちに、読者から「どんなステレオシステムを選んだらよいか?」是非、記事で取り上げてほしいという要望が強くなりました。そして、それに応えた記事で、トップに選ばれたのが、オンキヨーのモジュラーステレオでした。それでにわかに同ブランドが注目されたのです。
私にとってオンキヨーは、自作時代にスピーカーでなじみがありました。もちろん元々がスピーカーの会社です。創業者の五代さんは、松下電器でスピーカーの工場長をされており、その技術を持って独立されたと聞いています。町工場から事業を興し、オンキヨーというブランドをおこしたのです。オンキヨーの「ノンプレスコーン」というキャッチフレーズで、スピーカーユニットをいろいろ作っており、私も利用させてもらいました。ところが、テレビ時代が到来して、一時、完全にテレビの製造に転向していました。時流に乗り会社は大きくなりましたが、やがて、大メーカーとの競争に破れ、撤退を余儀なくされました。先ほどのモジュラーステレオを発売する2、3年前に、「オンキヨーはオーディオ専門メーカーに徹します」という発表をしたことを鮮明に記憶しています。
その頃オーディオは、御三家を含め先行メーカーが活躍しており、オンキヨーのオーディオにおけるイメージは、そう高いものではありませんでした。それが、あの『暮しの手帖』でモジュラーステレオのナンバー1になったということは、大きな出来事でした。これについては、後々よくオンキヨーの人からお礼を言われることがありましたが、私が担当した記事ではありません。製品選択でのアドバイスはしましたが、テストは、洗濯機や冷蔵庫と同じように、編集部員が、実際に買って、使って、聴いて、記事を作ったわけです。
私はそのころすでに、朝日ソノラマを辞め、フリーで記事を書くようになっており、オーディオメーカー各社ともつきあいが始まりました。記事を書いたり作ったりする上で、公正な立場を貫くことを心がけていました。しかし、一個人としては、公正な立場とは別の次元に“自分の好きな音”というものが厳然とあります。「私個人が本当にいいと思う機械」というものはハッキリあるわけです。これと、平等に商品批評をすることとは別問題なのです。私は、この商品批評の基本精神というものについて「暮しの手帖」の花森安治さんからたたき込まれたような気がしますね。
公正な商品評価においては、えこひいきがあってはならないのは当然です。しかし、テストする人間の好き嫌いというものは当然ある。むしろ、商品に精通した、好き嫌いがはっきり言える人間が、テストをすべきだという考え方もあります。商品批評の根底にある大きな矛盾と軋轢の中での毅然とした心構えは、花森さんから教えられたものです。それは、後年、私自身が評論をする上での、姿勢の基本ともなりましたね。
花森さんは個人的にもオーディオマニアで、製品にも大変興味のある方でした。「暮しの手帖」をご存じの、古い方であれば分かるでしょうが、オーディオの記事も結構多かったと思います。フィリップスの開発したカセットとテープを特集したのは「暮らしの手帖」でした。これがきっかけとなり三越デパートが大量にこれを輸入し販売したことは、今は思い出深い、伝説のような話ですね。
以下、第24回に続く
(菅野沖彦・談 / 聞き手・ピュアオーディオ本部・岩出和美)
(撮影・奥富信吾)