前回まで、オーディオの名門ブランドについて、私なりの思い出と感想を語ってきました。引き続き、現代のブランドを…と行きたいところですが、数も多く、テーマを絞って紹介する必要があります。そこで、今回から数回にわたり、少し趣向を変え「イギリスのブランド」というテーマでお話ししたいと思います。
まず、レコードとオーディオを歴史的に見ると、イギリスという国は大変重要な役割を担ってきた国だと思います。蓄音機はトマス・エジソンによってアメリカで発明され、エミール・ベルリナーとの競争、切磋琢磨も手伝って、その商品化が成立したわけですが、クラシック音楽に関しては、アメリカよりイギリスに拠点を置いて制作活動が活発だったようです。その理由は、イギリス、特にロンドンが世界の音楽市場の中心地であった、ということに尽きるでしょう。
ロンドンは、世界で初めて大衆にチケットを売って音楽会が盛んになった国でもあり、多くの音楽家の憧れの地でもありました。大作曲家のヘンデルやハイドンは、イギリスに行くことが夢で、ヘンデルは帰化するまでになりました。ハイドンはイギリスでのコンサートを成功させたことで、ヨーロッパの音楽家に、さらに夢を与えたわけです。ベートーヴェンにとってもイギリスに行くことは、夢であったようですが、果たせずに終わりました。
それほどに、音楽マーケットとしてロンドンは栄え、イギリスは世界一の国なのです。大音楽家や大作曲家がいない、とよく言われます。確かにドイツから帰化したヘンデルのほかには、当時の有名な大作曲家としてはヘンリー・パーセルくらいなのかもしれません。しかし、それでもロンドンという所は巨大な音楽マーケットであったこと、そして今もそうであることは事実なのです。そういう背景をバックボーンとして見ると、レコードとか蓄音器はイギリスが中心であったことは頷けます。時代が下り、オーディオと呼ばれるようになりますが、個人的にも思うのは、やはり「今でも、オーディオの中心はイギリス」ということです。私がよくお話しするタンノイなどはその中心に位置する長い歴史と伝統を誇るブランドです。しかし、その後に出てきた英国ブランドにも、多くの注目すべき存在があります。今回からその中で、私が注目しているブランドを拾ってご紹介しましょう。
比較的新しいブランドながら、今や世界でも有数の勢いのあるブランドがB&Wでしょう。高級機から普及機までラインアップを充実させ、内容・数量ともにハイエンド・スピーカーブランドではまさにトップクラスです。
B&Wはもともとオーディオ販売店をやっていたジョン・バウワーズさんが、スピーカー作りに熱心で、自ら立ち上げたブランドです。ヨーロッパには、販売店がオーディオ製品を作り、ブランドとして確立したケースが多いのです。B&Wは、当然、最初は小さなメーカーでしたが、現時のように世界で注目されるようになったのには、一つの大きなきっかけがあったといえるでしょう。大電気メーカーに、オランダのフィリップスという会社がありますが、その傘下のソフトメーカーに、クラシックの名門レーベルである、デッカ、グラモフォン、フィリップスなどがありました。ある時から、この3社のレコードの制作クレジットに「録音モニターはB&Wのスピーカーを使用した」という表記が入るようになりました。これはB&Wのスピーカーシステムの信頼を絶大なものにすることに役立ったと言えるでしょう。
前記の3レーベルともに素晴らしいレーベルで、特に60年代、70年代のクラシック録音界では注目すべき大レーベルです。なかでも、その端緒となった、フィリップス・レーベルに関して、私には個人的な思い出があります。この制作のモニタースピーカーとしてB&Wのクレジットが入ったタイミングには思い当たる出来事があるのです…。逸話としても面白いので、次回にお話ししましょう。
以下、第29回に続く
(菅野沖彦・談 / 聞き手・ピュアオーディオ本部・岩出和美)
(撮影・奥富信吾)