レコードのライナーノーツに、B&Wのモニタースピーカーの名前がクレジットされた件です。そのタイミングに縁があるとお話ししました。フィリップスレーベルに、2人の名制作家がいました。プロデューサーのウイルヘルム・ヘルベックさんと、バランスエンジニアのオノ・スコルツェさんです。二人はフィリップスレーベルで多くの仕事をこなし、数々の名録音を残したコンビです。
この二人が日本に来た時に、私の自宅に遊びに来たことがあります。その時に自分たちのレコードを私の装置で聴きたいということで、何枚かを聴いてもらいました。
彼らが自分たちが制作したCDを私の部屋で聴いて驚いたようです。それは、彼らがレコードに入って流つもりのバランスと違う音が聞こえたからです。彼らは大きなショックを受けたようでした。マーラーの交響曲だったと思うのですが、そのグランカッサの音を聴いて、顔を見合わせ、何事か二人でボソボソと話し合っていました。
実は、この件に関しては仕掛け人がいました。現在は真空管アンプの制作などで高名な新忠篤さんです。当時、新さんは、フィリップスレコードの国内発売元のフォノグラムの制作部長として勤めておられました。当時、フィリップスレコードはクオードのコンデンサー型スピーカーをモニターとしており、新さんも個人的にクオードを大変愛しておられましたが、録音モニターとして最低域の大振幅の限界を感じておられたのだと思います。というのも、クオードは大変素晴らしい音のコンデンサースピーカーですが、ご存知の方も多いと思いますが、音楽を美化して聴かせがちです。エレクトロスタティック・スピーカーの平面振動板は、低音の大振幅には向いていません。録音というものはありとあらゆる音楽の音が入ってくるので、モニター・スピーカーは音楽的に美しいだけでは済まない物理的条件があることを新さんは知っておられたのだと思います。そこで、この名製作家2人に私の再生システムを聴かせて、そのことを客観的に伝えようとしたのだと私は思います。1980年代のことでした。
その後、ヘルヴェック/スコルツェのコンビが小澤/ボストン響でマーラーの交響曲第六番をライヴ収録する時機に合わせ、是非、アメリカでそれを聴いて欲しいという要望があり、私はボストンでの収録に立ち会いましたが、その時はフィリップスのモニター・スピーカーはクオードのコンデンサー型ではなく、B&Wの801がモニターとして使われていました。この頃からブックレットにもB&Wの名前がクレジットされるようになりました。私の自宅で聴いた音が直接の原因かどうかは定かではありません。私がそう思っているだけかもしれませんが、一つのエピソードとして紹介した次第です。
B&Wのスピーカーシステムは当初ラックスが輸入しており、私は最初の頃から注目していましたが、売れ行きは今一で、長い間、鳴かず飛ばずの時代が続いていました。しかし、この大変洗練された優れたスピーカー「801シリーズ」の誕生とフィリップスのモニターに採用された時期、そしてその後、グラモフォンやデッカといった同系列のレーベルでもモニターに採用され、ブランドネームがCDにクレジットされるようになったということに、絶妙なタイミングの一致があったように感じています。モニター・スピーカー名がCDにクレジットされたことは80年代のエポックメイキングな出来事だ思います。
これを機に、B&Wはスピーカーメーカーとしてのブランドの存在感を確立し、以後は急速な成長を遂げました。もはや以前のようなマイナーなメーカーではなくなり、瞬く間に、多くの名門ブランドを追い抜いてメジャーな存在になったのは90年代のことです。
素晴らしい実力と大きな規模を持つ企業に成長したB&Wですが、その規模の拡大故に、今後の動向を期待したいと思います。というのは、これはオーディオメーカー全般の問題ですが、メーカーというのはある規模を超えると舵取りが難しくなるものです。これは80年代、90年代の国産大メーカーの実例をみればおわかりでしょう。大電気メーカーが撤退し、そのころ規模が大きくなっていた専業メーカーにとっても大変な受難の時代となりました。
産業としてみれば、企業が大きくなるということは、ブランドが確立されたと言えることになるしょう。ところが「ピュアオーディオ」のマーケットというものは、そう単純には生きません。元々、趣味性が強いので小規模メーカー向きなマーケットなのです。したがって、企業の発展と規模の問題に矛盾が生じやすいのです。今やB&Wはスピーカー業界を引っ張る立場にあるのですから、是非この矛盾に負けないバランスを実現していって欲しいと思います。
幸い昨年発表されたアニバーサリー・モデル「Signature Diamond」を見ると、さすがに専業メーカーの製品らしいと思われる説得力を感じる製品です。B&Wは、いつもアニバーサリーモデルに超弩級フラグシップ機を持ってきません。内容的にはその時点の最先端、最高のものを盛り込みますが、いつもトップエンド機ではないのです。普通のメーカーは規模的にも価格的にも最高価格の最高級品をアニバーサリーモデルとして用意するわけですが、この点B&Wはまさにオーディオファンの心を知る、専業メーカーとしての見識を持つブランドと言っていいでのではないでしょうか。
以下、第30回に続く
(菅野沖彦・談 / 聞き手・ピュアオーディオ本部・岩出和美)
(撮影・奥富信吾)