デジタル化がすすみ、操作の簡便さや本体の小ささがもてはやされた風潮のあった軽薄短小文化の1980年代に、CD(Compact Disc)は生まれました。
CDはLPに比べ小さく、便利になったという大きな利点もありましたが、反面失われたものもありました。それは存在感が希薄になったこと、特にグラフィック面が弱くなったことです。ジャケットに描かれた絵や写真を鑑賞するには、CDのパッケージは小さすぎるように私には感じられます。ライナーノーツなども、掲載できる面積が小さくなったため、文字が小さくなり、容量が減るわけです。つまりCDは、耳だけでなく「眼でも楽しむ」という部分では、それまでのLPに対して大きなデメリットを背負って生まれてきたと言えるでしょう。
CDを再生するハードウェアを見てみましょう。これもまた大きなメリットとデメリットを併せ持っています。
メリットとしてまず挙げられるのは、夢のようなコンパクトなメカになったこと、そして電子コントロールでフルオートマチックな操作性が実現でき、何でも簡単にできるようになったということでしょう。しかしそれは、言い換えればセットすれば、後は何もやることがない……ただリモコンを押せばよい、ということになりませんか。これがメリットとデメリットの裏腹さを持つと私は思うのです。
アナログレコード時代はそうはいきませんでした。音を出すためにはいくつかの操作をしなければいけませんでした。しかも、その操作の仕方によって音がいろいろ変わったものです。コンパクトディスクも、操作によって変わることはありますが、その度合いはアナログディスクと比べようもないくらい遙かに小さいものです。手軽に、常にほぼ一定のクオリティを実現できるというCDの美点がデメリットになる理由。それは、特にこの項のテーマである「ピュアオーディオ」には顕著に現れます。なぜなら、ピュアオーディオというものは「趣味性の高いもの」だからです。「趣味」にとって、何もやることがないというのは大変な弱点です。それは、工夫する楽しみや感情移入が減ってしまうからです。CDは多大なメリットを持っているとは思いますが、眼で楽しんだり、工夫して楽しんだりする「趣味性」は薄れてしまったと感じています。
さて、パッケージメディアについて語るうえで、CDの次に大きな存在なのは「パソコン」そして「インターネット」です。最初は簡単なテキスト打ち込みがせいぜいといったものでしたが、画像やグラフィックが扱えるようになり、世界中に広がるウェブからの情報収集や、データのやりとりもできるようになりました。やりとりできるデータの容量も、その速度も飛躍的に上がってきています。そしてコンピューターは、徐々に感性の領域にまで踏み込んで来ています。
現在では、パソコンで音楽を作ったり聴いたりすることができるようになりました。音楽配信サイトができ、CDと同等、あるいはそれを超えるハイビット・ハイサンプリングのPCMの大容量信号送受が可能になっているのは、皆さんご存知でしょう。
しかしパソコンで音楽製作をする・音楽を聴く・インターネット音楽配信を利用する、という使い方が広まってきた頃から、パッケージメディアの危機が現実となって来たのではないでしょうか。次回はこのことについてお話します。
以下、第35回に続く
(菅野沖彦・談 / 聞き手・ピュアオーディオ本部・岩出和美)
(撮影・奥富信吾)