「リスニングルームの空気が、フィンランドの透明な空気にかわるシベリウス」
− ユッカ=ペッカ・サラステ指揮/トロント交響楽団「レンミンカイネン組曲」(フィンランディアWPCS10664)
星の数ほどのCDの中から選ぶにあたり、前回お話しした条件に加え、「私がいま聴いているもの」という視点で6枚選びました。「いま」ということは、録音も比較的新しいのものということでもあります。私はオーディオが好きですから、演奏の良し悪しはもちろんですが、録音として技術的に優れていないものはあまり聴きたくありません。ですからそのCDが聴くに値するものかどうか判断するときは、演奏内容だけではなく録音制作のレベルを常に意識してしまいますね。
まず選んだのが、シベリウスの作品。私が愛してやまない作品が多い作曲家です。その中でも私がいまよく聴いているのがこの「レンミンカイネン組曲」です。シベリウスはピアノ曲、歌曲など多彩な曲を書いていますが、私はやはり交響曲や交響詩の作曲家だと思っています。この作品もその一つです。
「レンミンカイネン組曲」は彼の生まれ育ったフィンランドに伝わる民族叙事詩「カレワラ」を基にしたもので、レンミンカイネンという英雄が主人公の物語による交響詩です。今回選んだものは、ユッカ=ペッカ・サラステというフィンランドの指揮者が、カナダのトロント交響楽団と録音したものです。シベリウスは北欧のオーケストラと演奏したものに良いものが多いのですが、フィンランドとカナダは丁度緯度が同じくらいだと言えなくもないせいか、不思議と絶妙な取り合わせになっています。演奏内容、録音状態ともに素晴らしい私の愛聴盤です。今回のような機会には、まず挙げるのがこの1枚です。
シベリウスの交響曲は、鳴らすとリスニングルームの空気が透明で冷たい、静寂の彼方が見通せるようなあのフィンランドの空気のように変ってしまう……そんな持ち味があります。この空気感を再現していなければ良い演奏だとは思えません。妙に湿度や熱が感じられる演奏は、シベリウスではないと私は思います。
このCDはそういった「シベリウスらしさ」のある、清澄な空気を醸し出す見事な演奏を実現しているのです。
そして、このCDの録音を聴くと、オーディオはなんて素晴らしいのだろうと、つくづく実感させられます。というのは、この編成の大きなオーケストラのアンサンブルから、個々の楽器のパートの動きまでもが明晰に、自分の部屋の眼前に、手に取るように展開するからです。実際のその演奏会に、勝るとも劣らない音楽的体験を、CDをかける度に味わえるのです。
余談ですが、北欧のオーケストラが良いと言いながら、実際には北欧のオケでシベリウスを聴いたことがありませんでした。ですから昨年アイスランド・フィルが来日して4夜でシベリウス交響曲全曲演奏会を実施するということで、早速予約をして楽しみにしていました。ところが、例の経済危機が起こり、オーケストラの来日自体がキャンセルになってしまいました……これはもうCDで楽しむしかないかと、改めて思った次第です。
以下、第43回に続く
(菅野沖彦・談 / 聞き手・ピュアオーディオ本部・岩出和美)
(撮影・奥富信吾)