「アシュケナージとロイヤル・ストックホルムのシベリウスに聴く、オーディオの醍醐味」
− ウラディミール・アシュケナージ指揮/ストックホルム・フィル
「シベリウス「交響曲第4番/第5番/フィンランディア」」(エクストン・OVCL-00282)
シベリウスの楽曲には、清澄な空気を醸し出す世界があります。演奏も妙に湿度や熱が感じられる演奏ではシベリウスの本質が聞こえてきません。前回は、シベリウスの演奏の好例として、サラステ指揮・トロント響のCDについて取り上げました。
私の好きなシベリウスからもう一枚、交響曲をご紹介しましょう。シベリウスの交響曲全集には数多くの名演がありますが、ここで紹介するのはウラディーミル・アシュケナージがロイヤル・ストックホルム・フィルハーモニーを振った全集の中からの一枚。交響曲4番と5番、巻末としてもう一つ、有名な交響詩「フィンランディア」が入ったものです。
ちなみにシベリウスの曲のなかでは有名なタイトルのひとつである「フィンランディア」ですが、私はこの曲はシベリウスの持つ音楽的な素晴らしさが表れた曲とは思えません。前に申し上げた、広々とした透明な、彼方を感じさせる魅力に乏しいと考えています。
このCDを選んだ理由は、前回ご紹介したものと同じく、演奏として素晴らしいだけではなく、極めてオーディオ的に優れた内容を持っている点からです。家庭の狭い空間で2チャンネル再生して、シベリウスの魅力である広大な空間を連想させるようなスケールの大きな響きを再現するこの録音は、まさしくマジック、魔法です。シベリウスの音楽が持つ魅力を極めて自然に実現し、さらに、その音楽の独自性を聴く人に訴えかけるように録音するという、録音技術の素晴らしさが凝縮しています。
私も録音を職業にしていた時代には、録音の前にいつも「どんな風に録ろうか」と夢想をしていました。マイクロフォン選びやセッティングなどを含めて試行錯誤することは、楽しみでもあり苦しみでもあったわけです。このディスクは、その夢の実現を聴かせてくれる、貴重な実例と言えます。
ただ残念なのは、これだけの素晴らしい内容にもかかわらず、ぺらぺらのプラスティックのケースに入っているところ。よく聴くために、机の上に重ねて置いたりしていますと、ずいぶんと白茶けてしまいました。ちょっとこすっただけで傷が付きますし、落とすと壊れてしまいます。LPは紙ジャケットですが、こんな風な劣化はありませんでしたね。
ただ、こんなにコンパクトなメディアに、前述のように素晴らしい芸術が入っているかと思うと、大変な宝物だなと思います。この宝物をひとたび家庭のオーディオ装置に装填すれば、たちどころにその素晴らしい演奏と空気感が再現できるのですから、考えてみれば凄いことです。人を大いに感動させる力を持つ作品ですね。これらのCDは世界中に数多く販売されますが、個人個人の持つ一枚にも、その感動のすべてが詰まっているところに注目して欲しいと思います。
ちなみに前回の「レンミンカイネン組曲」に話は戻りますが、この中の2番目もしくは3番目に演奏されるのが、有名な『トゥオネラの白鳥』です。これは演奏会でもよく演奏されるので、皆さん聴いたことがある曲だと思います.
以下、第44回に続く
(菅野沖彦・談 / 聞き手・ピュアオーディオ本部・岩出和美)
(撮影・奥富信吾)