「貴重盤になっていたベートーヴェン『序曲集』の名演奏、名録音がハイブリッド盤で蘇った」
− サー・コリン・デイヴィス指揮/バイエルン放送交響楽団
「ベートーヴェン:序曲集」(エソテリック・TDGD-90013)
オーケストラ曲をもう一枚紹介します。ベートーヴェンの序曲集です。最もポピュラーなプログラムと言っていいでしょう。指揮はサー・コリン・デイビスで、バイエルンの国立放送響が演奏したもの。「エグモンド」、「レオノーレ」、「アテネの廃墟」、「コリオラン」などが収録されています。
序曲集というと軽く扱われがちですが、とんでもない。たとえば「エグモンド」ひとつとってみても、そのなかに凝縮されている要素は「第5交響曲」に匹敵するものだと思います。
コリン・デイビスとバイエルン放送響の相性がいいんですね。ここでもその素晴らしさが存分に生かされています。コリン・デイビスは、もはや大巨匠となり、現在はロンドン交響楽団を振ってはいますが、このバイエルン響とのコンビが一番といっても過言ではないほど素晴らしいものです。そのバイエルン放送響もこのディスクを聴くと、優れたパフォーマンスを発揮しています。弦楽器セクションもさることながら、特に聴いて欲しいのが木管セクションの素晴らしさ。おそらくドイツ系の交響楽団の中でピカイチといっていいでしょう。フルートやオーボエといった木管で始まるベートーヴェンのオーバチュアの美しさは、まさに値千金です。
このCDは私にとって、オーディオシステムの調整に目覚めるきっかけとなった、非常に縁の深い録音です。発売された当初(その時はCBSソニーのレーベルが出していました)に聴いたことがありましたが、いい演奏だな、と思う反面、CDの何か冷たい音、弦や木管の音が妙にきらきらして、肌に合わないなと感じたのでした。
そんなわけで、その後聴くこともなく,しばらくCDをしまっておいたわけですが、20年ほど前、再生装置の調整に熱中し始めの時に、久しぶりにこのCDを引っ張り出して「コリオラン」を聴いたところ、初めて聴いたときには全く感じなかった、新しい驚きがあったのです。
おそらく最初に聴いたときは、CDの良さを再生しきれなかったのだと思います。オーディオファンほど顕著にアナログディスクが良く鳴るようシステムを調整しているものだと思いますが、私自身もそうだったのでしょう。
それから、機器の調整や試聴によく使うようになりました。私の自宅の試聴室で聴いてずいぶん感動され、このCDを購入したいと言う方もいらっしゃるのですが、時すでに遅し。もはや市場にはありませんでした。米国の中古マーケットにわずかにあったものの、すぐに売り切れになったようです。
廃盤になっていたこのCDに興味を持ち、昨年復刻を実現したのがエソテリックです。私も関係したことから、ケースもチャラチャラのプラスティックではなく、しっとりした紙ジャケットを採用してもらいました。
復刻にあたってエソテリックはソニーと交渉し原盤を探したのですが、これが見つからず、結局は米CBSのアーカイブファイルが送られてきました。ところが聴いてみると、質的にはそこそこのものでしかありませんでした。ということで日本国内の、当時CBSソニーに残っていたUマチックのテープをマスターとして、リマスターを施し再度発売の運びとなったわけです。
こうして数がたくさんできてしまいましたから、今や、貴重盤ではなくなったものの、私にとっては大切な一枚です。
以下、第45回に続く
(菅野沖彦・談 / 聞き手・ピュアオーディオ本部・岩出和美)
(撮影・奥富信吾)