− アンネ=ゾフィー・ムター(Vn)、ダニエル・ミラーショット(Vc)、アンドレ・プレヴィン(Pf)
「モーツァルト ピアノ三重奏曲集」(ユニバーサル ミュージック クラシック:UCCG-1285)
− ヴォルフガング・ホルツマイヤー(Br)
「シューベルト:歌曲集『冬の旅』」(フィリップス:PHCP-5372)
− チェチーリア・バルトリ(S)、ジェームズ・レヴァイン(Pf)
「イタリア歌曲集」(ロンドンレコード:POCL-1753)
次は室内楽です。室内楽というのは、家庭でのオーディオ再生に大変適性の高いジャンルだと思います。それは楽器編成がある程度限られているため、家庭の狭いリスニングルームでも無理のない再生が可能だからです。オーケストラのように大編成になると、家庭でその音量を再現することはまず不可能ですよね。ですから本当に上質なオーディオ再生を楽しむには、室内楽を聴くに限るともいえます。もしそう割り切ってシステムを整えていけば、ある意味ナマよりも良い条件の再生が家庭で可能になります。そういう視点から、家庭で再生して楽しむのに最適な作品を選びました。
アンネ=ゾフィー・ムターのバイオリンとアンドレ・プレヴィンのピアノ、チェロが若手の、ダニエル・ミラーショットという組み合わせで演奏された、モーツアルトのピアノ、バイオリン、チェロの三重奏曲です。この録音は残念なことに、僅かながら録音時のノイズが入っています。この部分はレコード作品としては珠に瑕なのですが、この三人の実に息があった見事な演奏はまさに、黄金のトリオといっていい、素晴らしい内容の室内楽に仕上がっています。これは室内楽の楽しみの見本みたいなものですね。ちなみにオッターとプレヴィンの二人は僅かの間ですが、夫婦でしたね。
最後の2枚は歌ものです。「人間の声らしさ」というのは誰にでもわかるものなのです。人の声というものが、ある意味人間の素晴らしさを物語っているといっても良いのではないかと思いますね。細胞が振動して音を出している、こんな楽器は他にはありません。人間の肉体がダイレクトに振動するわけです。潤沢にぬれた音が声帯から出てくるわけです。それを素材として、芸術的表現をするのが歌となります。そしてクラシック音楽で歌といえば、オペラということになります。しかしここでは、オペラを遠慮しておきました。それは先ほども申し上げましたとおり、編成があまりにも大きく、家庭のオーディオで楽しむソースに、無理にオペラを選ぶ必要はないと考えたのです。
そこで選んだのが、ドイツ・リートとイタリア歌曲です。バリトンのヴォルフガング・ホルツマイヤーが歌う「冬の旅」、そしてメゾ・ソプラノでイタリア歌曲。後者は単純にメゾとは言い切れない、素晴らしい歌い手であるチェチーリア・バルトリの「イタリア歌曲集」です。
小さい編成ですから、いいシステムで再生すれば実際にこの二人を私のリスニングルームに招き入れて歌ってもらっているような心持ちを楽しめます。
実際には、これらが録音された場所は私の部屋よりも遙かに大きな、数百人のキャパシティを持つ中・小ホールでしょう。そこで演奏された音響を、そっくりそのまま家庭へと持ち込めるわけです。私のこの部屋は20畳足らずですが、一般の家庭の部屋からしたら小さいとはいえないでしょう。もし6畳とか8畳といった部屋であっても、この2枚の歌曲であったら、素晴らしい音楽が楽しめるわけです。これがステレオ再生の最大の魅力と言っていいでしょう。これはモノラル時代には決して味わえなかった部分です。もの時代では、その歌手そのものが、自分の部屋で歌っているような感じでしょうか。ステレオの魅力は、その歌っている場所が自分の部屋に再現されることだといえます。
以下、第46回に続く
(菅野沖彦・談 / 聞き手・ピュアオーディオ本部・岩出和美)
(撮影・奥富信吾)