− ヴォルフガング・ホルツマイヤー(Br)
「シューベルト:歌曲集『冬の旅』」(フィリップス:PHCP-5372)
− チェチーリア・バルトリ(S)、ジェームズ・レヴァイン(Pf)
「イタリアソングブック」(ロンドンレコード:POCL-1753)
前回は、2枚の声楽ものについてのさわりをお話ししました。声楽の魅力は、モノラル録音ソースでは歌い手そのものを試聴室に招き入れた感じがしますが、ステレオ録音では、その歌い手が歌った空間も含めて、試聴室内に再現できるように感じます。そこが、ステレオでの最大の魅力と言っていいところ、と同時に、家庭のオーディオ再生と親和性の高いソースというのが、前回の骨子でした。
メゾソプラノ歌手のチェチーリア・バルトリが歌う「イタリアソングブック」というCDは、トスティなどイタリアの歌曲を集めて収めています。ピアノの伴奏は、大もの指揮者でありピアノの名手、ジェームス・レヴァインが担当しています。
もう一つの歌曲ものは、ドイツリートです。こちらは、ウォルフガング・ホルツマイヤーという、オーストリア出身のバリトン歌手ですが、どちらかというとハイバリトンという、少しピッチの高い声の人です。シューベルトの「冬の旅」を全曲歌っています。伴奏はイモージェン・クーパーというブレンデルのお弟子さんで、大変素晴らしい女流ピアニストです。このレコードですが、いまは多分入手不可能かも知れません。フィリップスレーベルから出たものですが、中古屋さんを探してもどうですかね。
この2枚が、私の好きな声楽のディスクとして、代表的なものと言っていいでしょう。そしてこれまで話した計6枚のディスクは、私の愛して止まないディスクということです。
私は自分で「こういう音楽が聴きたい」「こんな演奏者と曲の組み合わせが聴きたい」という思いから、自分で録音制作をしたり、ディスクを聴いたりしているとお話しました。ただクラシック音楽の場合、演奏者や曲の組み合わせは無限で、なかなか「これは!」という組合せに出会わないのが現実です。その代わり、期待しないで聴いてみたら予想と違って素晴らしいパフォーマンスを聴かせてくれる組合せもあるのが、クラシックの楽しいところでしょう。好きな演奏家と共演しているよく知らない演奏家を聴いてみたら、素晴らしい名手だったということはあります。これはクラシック音楽の試聴体験として大変楽しいものです。
ムターのモーツァルトのピアノトリオもその一つです。このディスクで初めて、チェロを弾いている、ダニエル・ミュラー=ショットを聴きましたが、素晴らしいチェリストです。ただ素晴らしすぎる部分もあり、ちょっと浮いているている感じもしますね。トリオの3人の中にあって目立ちすぎるということは、結果として素晴らしくないという逆説になるわけです。三位一体になっていなければいけないのですからね。私はまだ持ってはいませんが、そのダニエル・ミュラー=ショットは最近ベートーヴェンの「チェロ・ソナタ集」を録音しているのです。ピアノがアンジェラ・ヒューイットという組み合わせです。これは是非聴いてみたいと思っています。アンジェラ・ヒューイットはよく聴いて知っているのですが、ダニエル・ミュラー=ショットとの競演が合うのか合わないのか気になって空想します。聴くまでとてもスリリングですよね。凄い演奏なのか平凡なのか、そこがクラシック音楽の楽しい部分だと思いますね。さらに聴いたこともない2人の競演が合ったとしますと、これはこれでどんな演奏を聴くことができるのか、楽しみでもあります。
オーディオにおいてこうした、ディスク選びの楽しさ、ディスク試聴の楽しさが重要です。それらがなければ、オーディオは音の出る高価な、ただの機械趣味となるでしょう。ソフト制作者側には、くれぐれも、楽しめるディスクを、より多く供給して頂けることを願って止みません。
以下、第47回に続く
(菅野沖彦・談 / 聞き手・ピュアオーディオ本部・岩出和美)
(撮影・奥富信吾)