前回までは、家庭という環境の中で楽しめる好録音盤を菅野氏にセレクトして頂き、CD再生の魅力について語って頂いた。今回からは数回に分けて、記憶に残る、氏の忘れられないレコードについて語っていただく。
アナログレコードと一口に言っても、音質的なグレードは様々です。初期・中期・後期でも全く異なり、一口には括れない奥の深い世界があります。後期にあっては、いまCDよりも良いといわれる名録音も多くあります。また初期にあっては、さほど良くない、それなりの録音も多くありましたね。その膨大なアナログディスクの中から記憶に残るディスクといっても、この部屋にあるディスクすべてと言っていいくらいあるわけですので、大変なことです。前回のCDの時は入手できる可能性がありましたが、アナログはなかなか難しいし、レコード番号を探して検証するのでさえ大変な時代になっています。
しかし忘れられないレコードと言われただけでも、次々に浮かんできます。そこで、LP時代の初期に聴いた、一番思い出に残るレコードの話をしましょう。
シューベルトの書いたリート、「冬の旅」と「白鳥の歌」、そして「美しき水車小屋の娘」は三大歌曲集として有名ですね。なかでも私の青春時代感銘を受けたのが「美しき水車小屋の娘」でした。主人公の青年が川を沿って旅をする。その途中水車小屋で仕事をもらい、その小屋にいる美しい娘さんに恋をして、青春の思いの丈を歌う。しかしその恋は成就せずに、川に入水自殺をするまでの顛末を描いた連作歌曲なのです。私はその主人公と同じ世代だったこともあり、そのストーリーに共感を持って聴いていたたわけです。
その「美しき水車小屋の娘」に、一番思い出深いレコードがあります。アナログディスクのLP時代の初期に出た、ペトレ・ムンテアヌというルーマニアの歌手が歌ったものです。聴いたこともない人がその歌曲集のアナログレコードを出したのを、シュバンというレコードのカタログで見つけ、非常な興味を持ちました。「何とか欲しい」と思い、注文し、それが来て、初めて針を落とし、演奏した時の感動は、忘れようにも忘れられません。まずLPレコードといって思い出す1枚がこれです。世の中では知る人も少ないレコードでしたが、私にとっては大切な1枚です。
このレコードで忘れられないのは録音の良さでした。もちろん演奏も素晴らしいもので、若者のたぎるような青春の歌を聴かせてくれました。ペトレは声も素晴らしいし、ドイツ人ではなく、ルーマニア人ですが、ドイツリートを上手く感動的に歌うわけです。
名盤といえば、フルトヴェングラーとかワルターとか、カラヤンとか誰もが挙げる名盤はいくらでも思い出せますし、数も膨大ですが、私にとって忘れられない盤はこれなのです。
さきほどシュバンのカタログと言いましたが、若干説明します。シュバンは我々アナログレコードを聴いていた世代にとっては、忘れられないLPレコード総合カタログです。これは当時大変素晴らしく充実した内容を持ち、毎月アメリカで出版されていました。我々はそのシュバンを見ては、とてもレコードが高く簡単には買えませんから、楽しむだけです。新譜コーナーがありますので、そこを見ては思いを募らしていました。もし、購入する場合はどうかというと、ごく一部の神田にあったレコード屋さんが、そのシュバンのカタログの注文を受けて、アメリカに発注して、レコードを輸入してもらえるわけです。そのことについては次回にお話しします。
以下、第48回に続く
(菅野沖彦・談 / 聞き手・ピュアオーディオ本部・岩出和美)
(撮影・奥富信吾)