評論家・山之内正氏、秋のベルリンフィル開幕コンサートを聴く!
ベルリンフィルの音は、このフィルハーモニーホールと溶け合い完成される |
今年はサー・サイモン・ラトルが首席指揮者に就任してから2年目を迎えるわけだが、それと同時にフィルハーモニーホールがこの地に完成してからちょうど40年という節目の年でもある。カラヤンからアバド、そしてラトルへと指揮者の世代交代が進んだこの40年の間に、ベルリンは政治体制の激変を体験。さらに、街の景観も特に最近の10年間は驚くほどの変貌を遂げ、いまもそれは続いている。
そんななかで行われたベルリンフィルの開幕コンサートは、新しい時代の始まりにふさわしいものだった。まず選曲が個性的だ。ツィマーマンがソロを弾くブラームスのピアノ協奏曲第1番、次にアンリ・デュティユーの「Correspondances(往復書簡)」。これはベルリンフィルの委嘱で書かれたもので、今回が世界初演である。最後はドビュッシーの「海」で幕を閉じる。
ブラームスは冒頭から運動感に満ちたテンポで始まり、しかも細部までダイナミクスと音色が吟味しつくされていて、密度が高い。そのオーケストラの緊張感の高さを触媒にして、ツィマーマンのピアノがいっそう動きとエネルギーを増し、さらにそれに呼応してオーケストラの表情がしなやかに変化するといった具合。この長大な曲を最後まで緩みなく、しかも粗さを微塵も見せずに演奏した後は、ベルリンの聴衆の興奮は頂点に達していた。ブラームスは、アバドがやはり就任2年目に、交響曲・ピアノ協奏曲の全曲演奏を日本でも披露したが、そのときのソリストはブレンデル。円熟味のある名演だったが、いまのベルリンには、やはり今回の演奏がふさわしいと実感した。
デュティユーの最新作は、手紙の文章をモチーフに洗練された響きを重ねていく印象的な曲。感情を抑えながらていねいに歌い上げるドーン・アップショーの伸びやかな歌唱とともに、音色を繊細に描き分けるオーケストラの力量に感銘を受けた。
デュティユーの響きを受け継ぐかのように静かに始まったドビュッシーは、ブラームスとは別のアプローチながら、きめ細かいダイナミクスと音色の変化を1フレーズごとに追求し、こちらも聴き応えのある演奏を聴かせた。聴きなれた旋律や和音から新しい響きを引き出すという点で、ラトルの才能は際立っていると言わざるを得ない。しかも、それがスコアを丹念に読み込んだ結果であることは明らかなので、説得力がある。
ラトル/ベルリンフィルのコンビは、ベルリンでの開幕コンサートの1週間前にザルツブルク音楽祭に参加し、特別演奏会を行った。そこではバルトーク、リゲティ、ストラヴィンスキーを組み合わせて、それぞれの作曲家が表現したリズムの躍動感にこだわり、爆発するエネルギーで聴衆を圧倒。ベルリンでの開幕コンサートとは対照的な側面を見せ、ラトルの幅の広さを見せつけた。
10月以降、ベルリンフィルは、アーノンクール、サヴァリッシュ、小沢征爾らをゲスト指揮者に迎え、例年になく興味深いプログラムに挑戦していく。ラトルの影響力の大きさもさることながら、ベルリンになじみの深い指揮者がどんな新しい響きを引き出すか。こちらも興味が尽きない。
(評論家・山之内正)