[連載]高橋敦のオーディオ絶対領域
【第68回】「僕得」な “ハイエンド開放型ヘッドホン” オススメモデル、AKG「K712 PRO」
続いてPerfume「Spring of Life (Album-mix)」。いわゆるEDMを取り入れたサウンドということだが、最先端の音作りのJ-POPと捉えてもらえればと思う。冒頭のドラムス(もちろん生ではなくサンプリング音源をプログラムしたものだ)がアタックの良さでこれまたキレキレ。そしてそれに続いてシンセベースが入ってくるのだが、この音色もまた素晴らしい。実にクリアで、シンセ独特の無機質の艶が際立っている。そのふたつがベーシックをビートの受け持つが、このヘッドホンの中低音の躍動感のおかげでそのドライブ感も見事だ。もちろん低音の厚みや重みも文句なし。
また途中でリフ的なメロディ等を入れてくるシンセも、アナログシンセらしい(と言っても中田ヤスタカ氏の場合は実際のアナログシンセではなくソフトウェアで再現した音源を使っている場合がほとんどのようだが)歪みを含んでギュインと唸る感じが生々しく、それもまた曲をさらにアグレッシブにドライブさせてくれる。
この曲はその他にも実に様々な音が各所に配置されており、それらが例えばより細かなグルーブを作っていたり空間表現を受け持っていたりするのだが、それらの音の描き込みや定位といった要素も全く不足なし。ちなみにだが、中田ヤスタカ氏はK701を使用しているとの話もある。
■K712 PROと女性ボーカルの相性をチェック!
最後に女性ボーカルをいくつか確認。僕としては他の要素がいくらよくても、女性ボーカルとの相性がダメなヘッドホンにはたいした価値を感じない。
宇多田ヒカル「Flavor Of Life -Ballad Version-」は、高音成分をシャープに出しすぎて声が刺さるヘッドホンも多い。しかしこのK712 PROはそういったことがない。ただ刺さらないだけなら高音が死んでるモコモコヘッドホンでもそうなる。しかしK712 PROの場合は、声の質感や掠れ、消え際の気配といったところはちゃんと生かしたまま、嫌な刺さり方をさせない。高音にシャープネスを強調する癖がなく、素直に伸びていることからだろう。実に好感触だ。
鬼束ちひろ「守ってあげたい」では、彼女の声の自然に豊かなダイナミクスと響きをしっかり再現。これはK712 PROの中低音の充実がもたらしている部分だろう。サビで声を張る部分でも声が鋭く硬くならず聴きやすいのはAKGらしさだ。
やくしまるえつこ「北風小僧の寒太郎」は、何しろ彼女の声が倍音豊かすぎるので、その成分をどう再生するかで声の雰囲気が随分と変わる。K712 PROは、その倍音成分をシャープにもソフトにもしすぎず、ニュートラルに出す印象だ。儚いんだか強烈なんだかよくわからない質感や存在感を存分に感じられる。理由としてはやはり、高音側の素直な伸びのおかげだろう。このボーカルを聴きやすくしかも豊かに再現できるなら、だいたいどんなボーカルでも上手いこと再生してくれるのではないだろうか。ちなみにだが、やくしまるえつこさんはレコーディング時のチェックには、たまにK702、主にK271HDをお使いになっていらっしゃるそうだ。
…というわけでAKG K712 PRO。正直、注文をつける箇所が特には見当たらない。ハイエンドの開放型に期待される繊細な表現力や空間性を備えた上で、これだけダイナミックな表現力やドライブ感を兼ね備えてロックや最新ポップスにも対応できるモデルとなると、他にすぐには思い浮かばない。GradoのPS1000なんかはその筋の究極形かもしれないが、あれは余裕の10万円超えコースだし…。
プロオーディオ向け製品とのことで、オーディオ店ではなく主に楽器店での取り扱いになるが、機会があればぜひ聴いてみてほしい。
高橋敦 TAKAHASHI,Atsushi 趣味も仕事も文章作成。仕事としての文章作成はオーディオ関連が主。他の趣味は読書、音楽鑑賞、アニメ鑑賞、映画鑑賞、エレクトリック・ギターの演奏と整備、猫の溺愛など。趣味を仕事に生かし仕事を趣味に生かして日々活動中。 |
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