[連載]高橋敦のオーディオ絶対領域
【第89回】「リスニングハイエンド」という新語を授けよう! Ultimate Ears「UE900s」レビュー
■イヤーモニターの要素をいいとこ取りしたリスニングハイエンド
ハイエンドイヤホンというとカスタムイヤーモニターがその頂点に君臨するという認識の方も多いだろうし、またユニバーサルイヤーモニターの有力機が密集しているジャンルでもある。しかし例えばゼンハイザー「IE 800」やAKG「K3003」のように、純粋にリスニング向けに開発された名機も存在。それらは正確無比な再現性においてイヤーモニターに劣らないのと同時に、それぞれに独自の音楽性を備え、ロングセラーとなっている。UE900sは後者のジャンル、そしてニーズへのUEからの回答なのではないかと思えるのだ。
具体的にはUE900sの場合は、精細感や鋭さ、音像の引き締めといったところを強調しすぎずに、描写にあえての遊びあるいは余裕を残しているという印象を受ける。おいしい具合にざっくりとしていたり、これまた心地よい暖かみもあったりする。
そのあたりは同じリスニングハイエンド(そんな言葉は聞いたことがないが、ここでは便宜上そう呼んでみる)であっても、恐ろしいほどシャープな描写を見せるIE 800やK3003とほとんど真逆だ。しかしメーカーやモデルごとのそういった「幅の広さ」が許されるのが、リスニング向けの製品の良さであり面白さなのだと思う。
では具体的に説明していこう。
上原ひろみさんのピアノトリオの作品「ALIVE」では、アグレッシブな演奏の力強さを存分に表現しつつも、その表現に物腰の柔らかさも備え、強引さとは感じさせない。例えばドラムスの強打もバシンッガツンッ!というよりはスタンッ!スパンッ!と少し軽やか。それでいて自然に太くて抜けっぷりも気持ちよいので、迫力も損なわれていない。ドラムスは太鼓の皮の張りも緩みも感じられる。特にむしろ「緩み」の方をよい具合に伝えてくれるあたりに、このモデルの力を感じる。
多弦ベースの低い音域での演奏への対応も見事。音域が上下しても音像の大きさや音色の厚みがふらつくこともなく、本当に低い響きの沈み込みもしっかり再現できている。高域側ではハイハットシンバルに芯がぴしっと通っており、それが刻む細かなリズムも明確。この曲の複雑なリズムを正確に届けてくれる。
強いて弱いところと言えば、空間の広がりや透明感、その空間にきれいな余白を残すかといった要素は、ハイエンドイヤホンへの僕の期待値を満たす程度。まあつまり、弱い部分でさえもハイエンドの基準は普通にクリアしているわけだ。前述のIE 800やAK3003とかあるいはSE846などと比べたりしなければ全く問題ない。それらはUE900sの2倍〜3倍とかのお値段だし。
相対性理論「TOWN AGE」からは数曲をチェック。この作品は音色も全体の感触もウェットでその湿度感が特徴なのだが、このイヤホンで聴くと湿度はちょっと低くなる。ブリティッシュな湿り気よりもアメリカンな抜けの方が強まり、雰囲気というか空気感はちょっと変わる。ここは正直僕の好みとはちがうのだが、でも「好みとはちょっとちがうんだけれど…いい音だな」と思わせてくれるほどの力がある。
Daft Punk「Get Lucky」で印象的なのは、まずはベース。こちらも多弦ベースでその低さへの対応はやはり見事。しかしそれよりも印象が強いのは音色そのもの。ウォームで肉厚。そしてもこっとした感触を出しつつも不明瞭でない!両立が難しい要素を両立させている。「モータウンのベースサウンドを現代に録音したらこうなるかも」というような、すばらしい音色だ。この演奏と録音のすばらしさを改めて認識させてもらった。
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