<山本敦のAV進化論 第33回>
オーディオテクニカの“フルデジタル”ヘッドホン「ATH-DN1000USB」開発者インタビュー&音質レポート
「オーディオテクニカにはヘッドホンのトランスデューサーに関わる豊富なノウハウと技術があるので、はっきり言ってどんな音もつくることができると自負しています。AシリーズやADシリーズのようなハイエンドモデルの音にすることもできましたが、それではせっかくフルデジタル伝送を実現した意味がありません。アナログならではのふくよかさと、デジタルならではのパリっとした立ち上がりのスピード感や解像度の高さも追求して、“いわばアナログとデジタルのいいとこ取り”をしたいと考えました」。
「オーディオテクニカにはヘッドホンの音を評価する担当者が何人かいますが、開発の過程で本機の音を“デジタルくさい”と否定する向きもありました。私は商品企画の担当者として、彼らに本機をつくる意図や企画背景を丁寧に説明しながら、作りたいイメージに沿った音を一緒につくりあげてきました」(高橋氏)。
Dnoteのチップから送られてくるデジタル信号を受けるのは、CCAWボビン巻きのマルチボイスコイルだ。「この4つのボイスコイルを振動板にうまく取り付ける技術が難しい」のだと築比地氏は語る。
4つのボイスコイルの詳しい“巻き方”については「テクニカの独自のやり方で巻いている」ということ以上に情報は開示されていない。またドライバーの口径が53mmであるという情報は明らかにされているが、例えば振動板の素材は非公開だったりと、本機の仕様はブラックボックスになっている部分が多い。
「マルチボイスコイルを4つ使っているというところも、あまり正直に言うべきではないという意見もありました。Dnoteを高級な食材に例えるとすれば、その調理の仕方で絶品料理にもなれば普通の味以下にも変わってしまいます。そこにはオーディオテクニカならではの包丁さばきとも言える、ヘッドホンを高音質にするための秘伝の技術があります」と高橋氏は自信たっぷりに笑みを浮かべる。
築比地氏は「ICチップ内で電気的な処理が完結しているので、他社との差が付けられるのはドライバーや筐体設計の部分であったり、基板ならば電源のところまでのIC部分です。Dnote以外の部分で他社に差を付け、真似されないようにするのが本機の勝負所なのです」と説明する。
ヘッドホンとして、着け心地も含めた全体の作り込みにもオーディオテクニカのノウハウが活きている。
「こちらも上位モデルの技術を組み込むことは簡単だったのですが、それでは面白くありません。企画チームとしては近未来的でワクワクするようなデザインにしながら、オーディオテクニカらしい部分も残すというコンセプトでまとめてきました。装着感については既存モデルのノウハウから、イヤーパッドの厚みや形状などを活かして高いフィット感を実現しています。ウィングサーポートをあえて外した理由は、既存の概念を打ち壊したいと考えたからです。ほかにも低域が抜けてしまわないよう、フィット感を調整するところにも当社独自のノウハウがあります」(高橋氏)。
■「デジタルとアナログのいいとこ取り」を狙ったサウンド
高橋氏はさらに「アナログとデジタルのいいとこ取り」を実現するために、特にスピード感と明瞭感を高めることに腐心したと語る。
「当社のハイエンドヘッドホン“Aシリーズ”はどちらかと言えば耳に近い位置で鳴るのが特徴ですが、本機ではフルデジタル伝送のメリットを活かして、立体的な音場感を高めながらよりきれいに空間表現を広げることができていると思います」。