<山本敦のAV進化論 第53回>“世界初のLightning接続対応ヘッドホン”をレビュー
「iPhoneとLightningで直結」の音質は? − フィリップスのヘッドホン「Fidelio M2L」を聴く
さて、それでは実際の試聴レポートだが、マイケル・ジャクソンのボーカルはバンドの中央に、明確に定位する。声の輪郭も鮮明でクリアだ。あふれんばかりの生命感は、通常のアナログ接続によるサウンドと明らかに一線を画していて、その差は割とはっきりわかると思う。リズムは正確さが増して、エッジも効いてくる。ベースラインは躍動感豊かなグルーブが気持ちいい。
ミロシュ・カルダグリッチのクラシックギターからも、中域の鮮度が極めて高いことがわかる。ボディの共鳴による響きの広がり方も自然で、甘い香りがふわっと漂ってくるように繊細な臨場感が得られる。トレモロの粒立ちや、長音のサスティーンなどギターの音色が多彩な表情を見せる。高域はすうっと切れ味良く伸びて、しかも音像がくっきりとしていて輝きも感じる。五感全体で音楽を体感しているかのようなリアリティだ。
TOTOのライブアルバムは、Lightningによるデジタル接続がセパレーションの向上にもたらす効果を色濃く実感できる楽曲だった。奥行きや高さ方向に音場がぐんと広がっていく。ライブ演奏ならでは醍醐味がしっかりと得られる。ディティールの描き込みも丁寧で、観衆のハンドクラップや歓声の渦の中に引き込まれてしまいそうな怖さすら感じてしまう。
ボーカルは活き活きとした生命力に溢れる声だ。ハイトーンの伸びが自然で、声の肉付きもよい。低域もディティールの情報量が充実しているぶん、量感は無駄にボリューミーじゃなくてもどっしりとした迫力が伝わってくる。とにかく音の鮮度が高いところが、このヘッドホンにとって一番の魅力だと思う。
曲の終盤に展開されるドラムスのソロは、バチさばきの一挙一動が脳内で鮮明にビジュアライズされるようなリアリティだ。分解能がとても高いので、どの楽器がどんなふうに叩かれて、どんな音色で鳴っているのかが鮮明にわかる。一つ一つの音が明快な意志を持って鳴っている。
小沼ようすけのバンドセッションは、ギターを生き物のように操るギタリストの超絶技巧が生々しく再現される。弦にピックが触れて音が弾かれ、フレットの上を指が滑らかに滑る映像が、まぶたを閉じるとリアルに蘇るようだ。ベースラインは肉付きとタイトさ、スピード感のバランスがとてもいい。パーカッションの分解能もやはり高く、ウィンドチャイムのキラキラとした音の粒の立体感が際立っている。音符と休符のコントラストが明瞭ゆえに、緊張感に溢れる演奏の空気感が漂ってくる。
イヤーパッドの密閉感が高く、アウトドアリスニングではボリュームをそれほど上げなくても十分な音量が得られると思う。ワイヤレスモデルのM2BTと同様に、ソフトな装着感が耳元や頭部にかかる負担を大きく軽減してくれる。インナー素材はメッシュ生地なので、夏場に使う時にも蒸れを抑えてくれるだろう。
■今年は「Lightning接続ヘッドホン・イヤホン」ブレイクの年になるか?
今回フィリップスの「Fidelio M2L」を聴いて、Lightning直結による音質と利便性の向上に確かな手応えを得ることができた。音質向上の方向性としては、クロストークの低減やセパレーションの明瞭度が上がる点など、バランス駆動のメリットに近い効果が得られるところが興味深い。Lightning端子を搭載するiOS機器を中心に、この高品位なサウンドを味わうことのできる製品は限られるものの、音楽リスニングの品質向上を手軽に実現するためのヘッドホンとして、これから有力な選択肢の一つになることは間違いないと思う。
本機を皮切りに、Lightning対応の新製品が続々と出てきそうな気配もある。フィリップスでは既にノイズキャンセリングヘッドホンの「Fidelio NC1」をベースにLightning接続対応とした「NC1L」を夏頃に発売する計画を発表している。またCESにギブソンが出展したブースには、ギブソンが秋に発売を予定するヘッドホン「SG」のLightning対応モデルや、オンキヨーの新しいヘッドホンのプロトタイプにもLightning仕様のものが紹介されていた。
Gibson Innovations社のオーディオ設計担当者にインタビューした際には、「Lightning接続による音質向上の効果は、むしろオープン型の上位シリーズにとって福音になるので、ぜひチャレンジしてみたい」という意気込みを語ってくれた。
所変わって、バルセロナで開催されたMWC2015には、日本から出展していたエレコムがLightning接続タイプのハイレゾ対応イヤホンを出展していた。こちらもまだ参考出品のプロトタイプモデルによるコンセプトの紹介というかたちを取っていたが、エレコムの担当者に聞いたところ、「iOS対応のアクセサリーを多数手がけるエレコムらしい、使い勝手と音質の両方を高いレベルで実現した製品を完成させたい」と意欲を燃やしていた。
一方で、そもそもアップルがiTunesをベースにハイレゾ音源の配信を始める用意があるのか、あるとすればいつ頃なのかも気がかりなところだ。そして次のiPhoneはデジタル接続のコネクター形状がLightningから他の方式に変更されるのではないかというウワサもある。この辺の動向も含めて、今後もiPhoneで楽しむデジタルオーディオ、ハイレゾ再生まわりの動向から目を離せなくなりそうだ。