アニソンオーディオ:第5回
『攻殻機動隊 新劇場版』ハイレゾサントラを聴いてサイバー世界にダイブしたら現実に戻りたくなくなったレポート
●耳元で聴くハイレゾサウンドについて
さて、今回のレビューに用いるオーディオ・システムだが、コンセプトは“サイバーっぽさ”でお願いしてみた。『攻殻機動隊』の音楽ということで軽い気持ちで言ってみたら、「ははっ」と一笑に付されたが、了承されたのか呆れられたのかのどちらかだろう。そのまま特に怒られることなく当日を迎えたので、どんなものを用意してくれたのかワクワクしながら試聴室に乗り込んだ。そんな筆者に手渡されたのが今回のシステムだ。
ポータブルプレーヤー | Lotoo PAW 5000 |
イヤフォン | 茶楽音人(さらうんど) Donguri-鐘(SYOU) HAGANE ver. |
自分でも“サイバーっぽさ”が何かなど分かっていなかったので「ああ、えっと……。サイバーっぽいですね」とぼんやり口にしたが、「テーマは電脳・オーディオ・ハックです」という編集部の恐る恐るといった声で余計“ぐにゃあ〜っ・・・”となった。お互いに前後不覚に陥ったところで、改めて「調べによりますと」というデカ的な前置きの後、下記のような説明を受けた。
株式会社電通サイエンスジャム(東京都港区)は、鼓膜では聞き取れないとされる高周波を含む“ハイレゾ音源”をヘッドホンで聴いた場合、「(圧縮音源に比べて)脳が快感を感じる」という実験結果を、国立大学法人長岡技術科学大学(新潟県長岡市) と共同でまとめている。可聴帯域を超えた音域が含まれるハイレゾ音源では、スピーカーによる空気の振動を身体全体で感じることでその利点を得ることができ、ヘッドホンでは効果が薄くなる、感じ取りにくいとされていた。しかし、本来は耳で聴くことの叶わない音であっても、耳で聴くだけで脳には効果が出るというのだ。
つまり、攻殻機動隊という作品のキーワードとなる電脳、ハイレゾ音源が脳に良い影響あり、コードを耳から下げるのも何となくそれっぽいでしょ、これでサイバー! の論法が生み出した結論らしい。・・・えっ、怖い。
あまり突っ込むと門外漢な筆者はキーを叩く手が止まるので、これ以上の詳細を知りたい方はggって欲しい。ただ、空気を振動させて音を聴く環境として最も脳に近い装置で、人が認識できる以上の情報量が放出され、それを受けた脳が何らかの反応を示す、というのはイメージとしては分かる。理解できると言うより、「そうかもしれない」と受け入れることが抵抗なくできる。オカルティックなようだし、科学的なようでもある。ただ、理屈は分からずとも違いがあることは確かなので、より楽しめる方を選択するということで良いだろうと思う。
それに、真っ暗闇の部屋に電飾をつけ、会社中のパソコンとディスプレイをつなぎ、ピザとコーラを用意した上で無闇にタイピングさせながら「ベイビー、いい子だ」などと小芝居を打たせるという別案もあったらしい。こっちの方で良かった。
簡単に機材紹介を。ポータブルプレーヤーはLotoo(ロトゥー)のPAW 5000。Lotooはプロフェッショナル向けのハイスペックレコーダーを手掛けるほか、ソフトウェアを自社開発するなど極めて高い技術力を持ったブランドだ。そのノウハウをふんだんに投入して開発、市場の話題を総ざらいにしたハイエンドモデルPAW Goldに続くエントリーモデルが本機となる。価格に則して必要十分という機能に抑えられているが、各種イコライザーやファンクションキーへの設定割り当てなど、使い勝手はハイレゾ対応ポータブルプレーヤーの中でも上位のもの。その性能と音質は価格を超越している。
組み合わせるイヤフォンは茶楽音人(さらうんど)ブランドのDonguri-鐘(SYOU) HAGANE ver.だ。音茶楽ブランドの持つ特許音響技術とTTR社の設計製造技術が融合して生まれた、特異で高度な技術の固まりと言えるイヤフォンとなる。特許技術トルネード・イコライザー方式と、それを活かすアコースティックターボ回路で構成する音響方式を採用。新開発のエレメントはそれ自体が振動することで微小レベルの付帯音を抑制する。5Hz〜40kHzという周波数特性を誇る、ハイレゾ対応を謳うモデルでもある。
レビューにあたり、今回の評価指標は没入感としたい。スマートフォンからの直出しに対し、オーディオ・システムの活用でどこまで音楽の世界に没頭させてくれるかをチェックする。スマートフォン直出しを1点とし、MAXが10点だ。おそらく毎回言うが、楽曲は100点なのであしからず。
●『Execution No. 9』
立てこもり事件を草薙素子率いる独立部隊が鎮圧するという劇中のアクションシーンで使用される、非常に切れ味鋭い楽曲。ストップ&スタートのタイミングを映像とマッチさせた、演出として気持ち良い使われ方をしているが、音楽単体で聴いても気持ち良い。ビートとベースが重なっていく中に鋭く入り込み、縦横無尽に展開されるギターのフレーズは小山田圭吾自身の演奏によるもの。
もちろんメインのギターが聴きどころといって間違いないのだが、鳴り響く音の向こうに、余韻だけが広がる空間がある。それを感じられるかどうかで、ただの音なのか、空間を支配する音楽なのかが大きく変わってくるだろう。スマートフォン直出しでは【没入感=4】あたり。ハイレゾ音源対応ソフトを用いているのでハイレゾ再生ではあるのだが、色々な処理を行うスマートフォンの内蔵DACやアンプ出力の限界か、こもっているように聴こえる。一方で、オーディオ・システムでは【没入感=8】に。押し寄せる波のような音が、それぞれが分離しているにも関わらず四方八方からまとわりつくかのように包み込む。
●『Highway Friendly Type 2』
リズムとシンセベース、味つけの電子音で構成される楽曲であり、作中でも重要なシーンとなる舞台への突入時に使用されるタイトル。楽曲全体を通して刻まれるビートはスピード感があるが、疾走感よりも緊迫感を煽るような低音がメインとなっている。アクセントとして追加されていく電子音は、時にアラートのようであり、時に波音のようであり、時にこの音楽を聴いている自分の鼓動とリンクするようでもある。
骨格となるのはシンプルな構成だが、それだけに常に鳴っている音が良くなければずっと良くない状態が続くことになる。スマートフォン直出しでは【没入感=3】だ。低音で刻まれるリズムとベースがボヨンとなってしまい、鈍重な感覚が生まれてしまう。オーディオ・システムでは【没入感=9】に。何だか聴いていると緊張が走る。潜入ミッションに挑んでいるような心持ちで、思わずキリッとしてしまう。ちょっとだけボリュームを上げて、完全に外音を遮断して聴きたくなった。
●『Heart Grenade』
『攻殻機動隊 新劇場版』の楽曲ではないが、『攻殻機動隊ARISE border:3』の主題歌を挙げておきたい。ヴォーカル・作詞はショーン・レノン、作曲・編曲は小山田圭吾。穏やかな曲調は静かなシンセの音色と共にノイズによって支えられている点が面白い。そこにジョン・レノンの次男であるショーンの、柔らかく語りかけるような歌声が乗せられている。左右交互に鳴らされるシンセは、ゆりかごに揺さぶられるような優しい時間を体感させる。
難しいところだが、スマートフォン直出しでも【没入感=7】はある。全体が固まりのようになって聴こえても、曲調もあり自然に感じられる。ただ、少しだけ硬い感触が混じっていて、それがちょっと耳に刺さって痛かったり、騒々しかったりしてしまう。オーディオ・システムでは【没入感=9】くらい。わずかにあった違和感が消え、全体を通して柔らかさをキープ。さらに、硬さに感じられた要素が引き立て役として機能していることに気づかされた。
●『まだうごく』
『攻殻機動隊 新劇場版』の主題歌となるタイトルで、作詞は坂本慎太郎、作曲・編曲は小山田圭吾、ヴォーカルは坂本真綾。スローテンポなバラード調の楽曲となっており、メロウなヴォーカルラインをなぞる坂本真綾の透明な歌声が活きている。そこまで多くの音が用いられているわけではないが、楽曲の進行は複雑なものとなっている。ストレートな流れとは異なるコードが入り込む、アクセントとしてのスパイスが効いているのだろう。
スマートフォン直出しでは【没入感=7】。オーディオ・システムでは【没入感=7】。この評価基準においては、正直差を感じなかった。ただ、面白いというか不思議なことに、楽曲のジャンルが変わったように感じられた。スマートフォン直出しではポップスだが、オーディオ・システムではジャズ寄りだ。ひとつひとつの音の聴こえ方がより鮮明になることで、よくあるポップスにありがちなエフェクト効果のようなぼやけがなくなり、逆にジャズなどの生録っぽい音に感じられる、のかもしれない。
世代によってサイバー世界を感じさせてくれた作品は異なるだろう。しかし、どの世代にあっても、リアルさを伴っている作品と言えば『攻殻機動隊』になるのではないだろうか。先に述べたように、幻想的なイメージより近未来的な、クールでカッコいい楽曲が『攻殻機動隊 新劇場版』のサウンドとなっている。つまり、リアリティを持って思い浮かべることが出来る近しい未来といったイメージだ。それだけ『攻殻機動隊』の世界に現実が近づいているのだろう。
それでも、まだまだ先である。いい大人が空想の世界を現実と混同するな、と言われるかもしれない。それでもの、それでもだ。そんなサイバー世界の訪れに期待せずにはいられない。いい大人が本気で取り組む、そんなプロジェクトが動き出しているわけなのだから。とりあえず今は一足早く、このアルバムで新しい世界に浸っていようと思う。
(C)士郎正宗・Production I.G/講談社・「攻殻機動隊 新劇場版」製作委員会
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