進化の幅が大きく、完成度はすこぶる高い
パイオニアAVアンプの新たな基準となるモデル −「SC-LX89」レビュー
高級プリメインアンプにも遜色ない再生音
季節商品という訳でクリスマスソング集の名盤、サンフランシスコ・コーラス・アーティスツの「スター・オブ・ワンダー」(CD)は、混成合唱の定位の鮮明さにパーツのグレードアップとシャーシ構造の設計の秀逸さを確認。ボーイソプラノに寄り添う力強い男声が絶妙の距離感だ。全体合唱になったときの広がりと奥行き、各パートに隙が無くしかも重なり合っても混濁しない分離感が爽やか。ホールトーンを従えて半円形に包みこまれるような柔らかい響きは、旧来のデジタルアンプで味わえなかった繊細な表現だ。
ヒラリー・ハーン(Vn)の「アンコール」。ここではバイオリンの定位がピタリと決まり、楽音の周波数変化で左右にふらつかない。バイオリンの鮮度は高級アナログプリメインに遜色なく、豊かな倍音を伴い時に切れ味鋭く時に糸を引く弱音が美しい。ボリュームを上げた状態でフォルテッシモが入力されても歪みが生まれずS/Nをキープするのは、ダイレクト エナジー HDアンプの音楽への貢献だ。
ジャズバイオリン寺井尚子の新録音「HOT JAZZ」は、積極果敢に前に出て来るアグレッシブさと水平方向の自然な広がりの両立が印象的だ。バイオリンがフォルテッシモで詰まらずどこまでも伸び伸びと奔放に歌い奏でる。ステージでの寺井のダイナミックな自由闊達なソロが試聴室にやって来たようだ。ダイレクト エナジー HDアンプ中2基のパワーアンプユニットしか使っていないわけだが、強力な電源部がその2基をバックアップ、パワーが頭打ちにならず立ち上がりが早く反応が俊敏で小気味よい。
全チャンネル同一出力とデジタルならではの瞬発力、鮮度が
映画に生命を吹き込む
続いて注目のサラウンド再生を試してみよう。今年度のベストソフトの一つ「セッション」(DTS-HDマスターオーディオ 5.1ch 96kHz/24bit)。N.Y.名門ジャズスクールでのサディスティックな教官と若きドラマーの対決を描く白熱の90分だ。本作がユニークなのは、ドラムソロもビッグバンドのアンサンブルもほとんどの音の要素がセンターに集中していることだ。LRは音場を広げる効果に限定。映画の中の人間臭い情念の音楽が「映画音楽」に拡散してしまうことを避けたのだ。
LX89で特筆したいのは、そのセンターの担う音楽がパワフルで鮮度が高いことだ。当然モノラル、しかしワイドレンジで高解像度。音場上の負荷が大きくてもパワーの頭打ちや歪みがなく常時「音楽」としての強烈な存在感に溢れている。ノイズフロアが恐ろしく低く、静寂を背景に教官の怒号が鮮度と量感を伴って響き渡る。S/N向上で映画に生命が吹き込まれる見本と言える。本作はあまりサラウンドを使わずフロントセクション中心だ。だから中盤の自動車事故の不意打ち的サラウンドが非常に効果的。全チャンネル同一出力とデジタルならではの瞬発力、鮮度がこの映画で遺憾なく発揮されている。
筆者の常用ソフト「ShortPiece」から「九十九」(ドルビーTrueHD 7.1ch 96kHz/24bit)一転してサラウンド移動表現主体の音声だ。アトモスもかくやと思うほど音場表現が豊かで音場が高く広い。プロローグの音の回転はつながりに断絶が無く360度きれいに切れ目なくSEが旋回する。SEに付帯音がなくワイドレンジで切れ味と鮮度がみなぎる。セパレーションとS/Nがよく、いい意味で音場空間にスペース(間隙)が描けるので、試聴室の壁が消え遥か彼方まで遠望する重層的音場表現はスサノオと同等の域にある。
注視のドルビーアトモス再生。SC-LXシリーズの技術テーマの重要なひとつが「Multi-Channel Stereophonic Philosophy」だ。隣り合う二つのスピーカー間全てでステレオ音場を実現しようという着想で、7〜11個のスピーカーがグラウンドレベル/ハイトの上下に左右対称に整然と並ぶドルビーアトモスの場合、従来に増してこの左右相関関係の確立がものを言うはずだ。デモディスクの“Leaf”はオブジェクト(音の要素)がトップレベル(頭上)を左右、斜め左右を縦横無尽に行き交う動線が目で追うことができそうなくらい鮮明だ。
SC-LX90(スサノオ)を原点に着実に迷いなく進化を続けて来たSC-LXシリーズ。今期で“89”と品番上は後がなくなり来年以降の展開に興味が持たれるが、今期の歩幅はプロセッサー部からパワーアンプ部まで例年に増して大きく、完成度がすこぶる高い。あるいは本機SC-LX89こそが、「新しい酒(オブジェクトオーディオ)は新しい皮袋へ盛るべし」の諺に倣った、パイオニアのクラスDデジタルサラウンドアンプ「第二の原器」と考えるべきかもしれない。