音数の多さにもしっかりと追従する
AKGの定番ヘッドホンがさらに進化。「K550MKIII」を山之内 正がレビュー
ムジカ・ヌーダのデュエットを聴くと、AKGブランドの開放型ヘッドフォンに比べてヴォーカルのイメージが若干近く、実在感を引き出す方向にチューニングされていることがわかる。ピアノトリオのシンバルも同じように近さを感じたが、声の距離感の近さはそれよりもさらに一歩踏み込んだ印象があり、オンマイク収録ならではのリアリティを存分に発揮する。
距離が近いとはいえ、イメージが広がりすぎることはなく、けっして大柄ではないリアルなボディ感に収まり、声の音像そのものは鮮明なフォーカスでイメージが浮かぶ。また、子音が強くなりすぎないこともK550MKIIIの美点の一つで、耳に刺さるような刺激とは縁がない。そのあたりのさじ加減が巧みなので、幅広いジャンルの音源で説得力を発揮するのであろう。
このデュオはイタリア語と英語で歌っているが、ギター伴奏で歌うドイツ語のリートを聴くと、発音の正確さがさらに際立ち、歌詞の意味とリンクした表情の抑揚などがストレートに伝わってくる。ドイツ語のディクションが正確に聴き取れるのは欧州ブランドの製品なら当たり前と思うかもしれないが、上位モデルであってもすべての製品に当てはまるわけではない。その点、本機の発音の正確さは高く評価すべき資質の一つと言っていいだろう。
■大編成のオーケストラでも余韻豊かに空間を表現
ブニアティシヴィリが独奏を弾くラフマニノフの『ピアノ協奏曲第2番』では、ピアノの澄んだ音色とドヴォルザークホールの柔らかい残響のコントラストを絶妙のバランスで描き出し、この演奏の特徴を余すところなく伝えていることに感心させられた。リズムの切れの良さはジャズのアルバムで確認済みだが、32分音符まで一音一音の粒立ちをきめ細かく描写する精度の高さをこの曲であらためて認識させられた。ブニアティシヴィリは第1楽章終結部でアッと驚かせるようなアッチェレランドを仕掛けるのだが、その加速にオーケストラが必死で合わせている様子まで生々しく聴き取ることができる。
そうした切迫したテンションを伝える能力が高いヘッドフォンの場合、余韻や空間の広がりが犠牲になることも珍しくないのだが、K550MKIIIはそこに他の製品との大きな違いがある。木管楽器のレガートや低弦が弾き切ったあとの余韻は、他のホールではまず聴けないほどの柔らかい質感をたたえていて、この録音がドヴォルザークホールの残響を効果的に活かしていることを聴き手に教えてくれる。
そうした余韻の広がりがあるからこそ、鮮度が高く勢いにあふれた独奏ピアノの魅力がストレートに伝わってくるのだ。アタックを正確に再現するレスポンスの良さと、微小信号まで忠実に再現するリニアリティの高さが両立したヘッドフォンでなければ、相反する2つの要素をここまで正確に再現することは難しい。
空間再現の精度を検証するために、DSD音源でショスタコーヴィチの『交響曲第15番』を聴く。ゲルギエフがマリインスキー劇場管弦楽団を振った録音である。スピーカーで再生すると深々としたサウンドステージを3次元で再現する優れた録音で、良質なヘッドフォンで聴くとその優れた空間再現の片鱗を味わうことができる。
ピアノトリオやヴォーカルの再生で高音域のパルシブな音が手前に引き寄せられる点を指摘したが、この録音ではその傾向はそれほど気にならず、冒頭のトライアングルをはじめとする打楽器群はステージ後方に並び、前後方向の深さをかなり忠実に再現した。そして、素早く動き回る弦楽器は高弦、低弦どちらも自然な余韻を伴って意外なほどマッシブな響きを生み、おどけた描写やクラスターの炸裂感を見事に引き出してみせた。
音数が多い作品を密閉型ヘッドフォンで大音量で聴くと飽和感が気になることが珍しくないのだが、K550MKIIIは良い意味で密閉型らしからぬ抜けの良さと開放的な低音の質感をそなえているためか、クレッシェンドの頂点に至ったトゥッティが濁りにくく、飽和しにくい。近現の管弦楽作品のような桁違いのダイナミックレンジを持つ音楽を聴くコアな聴き手にも、安心して薦めることができる。
(山之内 正)