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レコード再生の未知の世界を検証する

「1954年以降はRIAAカーブ」は本当か? ― 「記録」と「聴感」から探るEQカーブの真意

公開日 2018/03/02 11:51 菅沼洋介(ENZO j-Fi LLC.)
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■Parlophone
ザ・ビートルズ/プリーズ・プリーズ・ミー(PMC1202、Mono、1963年)=?



Parlophoneは1926年に英Columbiaに買収されており、EQカーブも当時はEMIの影響を受けていたと考えられる。EMIは英Columbiaと英Gramophoneによって設立されたレーベルであるが、EQカーブについては英Columbiaのものを引き継いでいるようだ。

元々米Columbiaの子会社として設立された英Columbiaは、資本関係が切れた後も業務提携の関係があり、長年米Columbiaが採用していたカーブを使っていたが、1955年に契約が切れた以降は、Columbiaカーブに近い独自のEQカーブ、一般にHMVカーブと呼ばれるカーブを使っていたとされる。直後に英国の標準規格=British StandardはRIAAカーブを採用したが、英DECCAの例を考えると、移行はスムーズではなかっただろう。

1963年リリースの本盤がHMVカーブかどうかは聴いただけでは分からなかった。RIAAカーブでも良いし、HMVカーブでも良いし、といった具合である。ただし、本音源は1st、2ndプレスの鮮烈さが後発プレスでは失われてしまうと評されているが、今回検証した1stプレスにHMVカーブを適用すると、後発の音質にかなり近くなることを付記しておこう。

■Prestige
ソニー・ロリンズ/サキソフォン・コロッサス(PRLP7079、Mono、1956年)=Columbiaカーブ




ColumbiaカーブとRIAAカーブの特性の比較

ColumbiaカーブをRIAAカーブで再生した時の特性

Blue Note、Riversideに並ぶモダンジャズ三大レーベルとして名高いPrestigeであるが、そのEQカーブは謎に包まれている。New JazzにさかのぼればRIAAカーブ策定以前の1949年からリリースしており、当時はRIAAカーブ以外を使っていたはずだがいまとなっては分からず、1955年のリリースLP(PRLP)品番からいきなりジャケット裏面に「Users of wide-range equipment should adjust their controls to the RIAA curve for best results.」という文面が入るようになった。このようなRIAAカーブが適用されていることを示すものは英DECCAの米リリース盤であるLONDON盤をはじめ数多くのレーベルで見受けられるが、全く信用ならないというのが筆者の見解だ。

米High Fidelity誌でも、読者からの「RIAAカーブと書いてあるのにRIAAカーブで聴くとおかしい」という投稿に対して、ライターが「トーンコーントロールはそのためにある」と繰り返すのみである。当時のシステムがそんなにひどい音質だったかといえば、もちろんレンジなどはいまとは比べるべきではないものの、いまでもビンテージ機器に一定数熱烈な愛好家がいることからも分かるように、帯域バランスが狂っているわけではない。

RIAAカーブ策定に伴って、現在のハイレゾ対応のように「RIAAカーブ対応でなければレコードや機器が売れない」ということがあったのかもしれない。いまのハイレゾロゴには認証制度があるが、当時のRIAAカーブにはそうしたシステムはなく、マーケティングの一環としてRIAAカーブ対応の旨を記載したことは十分考えられる。

恐らく、音楽ファンであれば知らない人はいないであろう名盤である本作であるが、RIAAカーブで聴くと明らかにハイ上がりで歪っぽく、チャカポコとおもちゃのような演奏に聴こえる。ColumbiaをRIAAカーブで聴いたのと同じような印象だ。そこでColumbiaカーブで聴くと演奏者、楽器、エンジニアまで変わったかのように、名演奏、名録音に生まれ変わる。現在まで人気を博しているのもこれならうなずける。

エンジニアであるVan Gelderは熱烈な信奉者がいる一方、現在ではその独特な音質からレコーディング手法に疑問を覚える層が存在することも事実だ。しかし、Blue Noteにしろ本盤にしろ残した録音を適切なカーブで聴けば、演奏を最大限に引き出す録音芸術とも呼ぶべき技術を持っていたことは確かだと言える。
 
■Riverside
セロニアス・モンク/モンクス・ミュージック(RLP12-242、Mono、1957年)=Columbiaカーブ




ColumbiaカーブとRIAAカーブの特性の比較

ColumbiaカーブをRIAAカーブで再生した時の特性

ビル・エヴァンス/ポートレイト・イン・ジャズ(RLP1162、Stereo、1960年)=AESカーブ




AESカーブとRIAAカーブの特性の比較

AESカーブをRIAAカーブで再生した時の特性

Riversideは、RIAAカーブ策定以降も以前のAESカーブを1955年頃まで使っていたとされている。今回検証したものは1957年と1960年のリリースであり、普通に考えればRIAAカーブである。

普通が普通の結果で済まないのはこれまで通りで、『セロニアス・モンク/モンクス・ミュージック』はRIAAカーブで聴くと上ずって聴こえてしまう。逆に『ビル・エヴァンス/ポートレイト・イン・ジャズ』は音色が暗い。この2つのLPは、RIAAカーブでないそれぞれ違うEQカーブの可能性がある。

『セロニアス・モンク/モンクス・ミュージック』をRIAAカーブで聴くと、「Abide With Me」でアルトサックス、テナーサックス、トランペットのハーモニーがバラバラに聴こえ、音像も極めてあいまいだ。次いで、「Well, You Needn't」では、モンクが「コルトレーン、コルトレーン」と呼びコルトレーンのソロが始まるが、これも今回の検証ですべてのレーベルと同様にテナーサックスの音がせず、演奏自体も浮ついた印象を受ける。

これがColumbiaカーブになると、「Abide With Me」は音像定位がはっきりし、ハーモニーの魅力も増す。コルトレーンのテナーサックスもちゃんとした楽器の音になり、演奏も魂が入ったかごとく説得力が出る。

『ビル・エヴァンス/ポートレイト・イン・ジャズ』では、AESカーブが良いようだ。RIAAカーブだとあたかもピアノの鍵盤が重くなったかのごとくビル・エヴァンスの流れるような演奏が聴こえてこないが、AESカーブではそのあたりが実に軽やかになる。

なぜRiversideが1954年のRIAAカーブ策定以降、2つのEQカーブを混在させてリリースしていたのか。その理由はいまや分からないが、他レーベルと同様に米国内の勢力図に影響されたのではないだろうか。

■Verve
エラ・フィッツジェラルド、 ルイ・アームストロング/エラ・アンド・ルイ(MGV-4003、Mono、1956年)=MGMカーブ



アニタ・オディ/アニタ・シングス・ザ・モスト(MGV-8259、Mono、1957年)=MGMカーブ



オスカー・ピーターソン/プリーズ・リクエスト(V6-8606、Stereo、1964年)=MGMカーブ



VerveはRIAAカーブ策定以降となる1956年に設立されたレーベルだ。その後、1961年にMGMに買収されることになるのだが、一貫してRIAAカーブを使い続けていたとされている。

もっともMGMは前述の『アイザック・ヘイズ/シャフト』での例があるように、RIAAカーブ策定以降もMGMカーブを使い続けていた可能性が高い。そうすると1964年リリースの『オスカー・ピーターソン/プリーズ・リクエスト』はMGMカーブということになる。

結果としては、全てRIAAカーブよりもMGMカーブの方が適切だった。モノラル盤のヴォーカル物2枚はRIAAカーブだと、しわがれた声に聴こえてしまう。『オスカー・ピーターソン/プリーズ・リクエスト』ではレイ・ブラウンのベースの定位があいまいで存在感が出てこない。MGMカーブであれば、ヴォーカルは肉感がある声になるし、レイ・ブラウンの名演が映える。こうして聴くと、Verveも米国内の勢力図に影響されたレーベルと言えそうだ。

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