【特別企画】ミドルクラスながら最上位級の音
デノン110周年オーディオ3モデル、超高級サウンドを手頃な価格で。感じた“歴史と未来”
■デノンのプリメイン初となる電子ボリュームを搭載「PMA-A110」
デノンブランドは、1972年からプリメインアンプを手がけ始めた。当初から高い技術力を有していたが、現在につながるアンプ技術が確立されたのは「POA-S1」というモノラルパワーアンプをリリースした1993年だと筆者は認識している。終段の素子であるUHC(Ultra High Current)MOSをシングル・プッシュプルで使用する回路設計や、パーツをメカニカルにグラウンディングさせる手法は、このモデルに端を発している。
110周年記念のプリメインアンプPMA-A110も、終段はUHC MOSのシングル・プッシュプルだ。電源回路は強力で、+側を受け持つ電源トランスと−側を受け持つトランスがシャーシ中央に鎮座。その両側にあるヒートシンクの裏にはパワーアンプ部がマウントされている。フロントパネル側から見て一番右にあるのがプリアンプ部だ。
プリアンプ部の音量調整回路は一新された。従来のデノンブランドのプリメインアンプは可変抵抗器を頑ななまでに用い続けていたのだが、PMA-A110ではデノン初となる電子式ボリュームが採用された。トーンコントロールと左右バランス調整についても電子化がなされており、このことによって信号経路がより短くなった。
プリアンプ部にはMM/MC対応フォノイコライザーとDSD 11.2MHz・PCM 384kHz/32bit対応のUSB-CACが搭載されている。CDのコレクションをお持ちでない若いリスナーなら、PMA-A110だけを買って、ハイレゾとレコードしか聴かないという尖った使い方もありだろう。なお、DCD-A110と同様、このモデルも最上級機「PMA-SX1 LIMITED」の開発を通じて得られたスペシャルパーツが大量に投入されている。
■最上級機を想起させる「Vivid & Spacious」な高級サウンド
DCD-A110とPMA-A110をアナログ接続してデジタルディスクを聴いた。PMA-A110はトーンコントロール/バランス調整回路をパスするピュア・ダイレクトモードで動作させ、USB-DACの電源を落とした状態とした。スピーカーはB&W「802D3」を用いた。
まずは大橋裕子トリオの「Two Chords」(ステファノ・アメリオによるリマスターバージョン)。ずばり高級なサウンドである。最上級機のDCD-SX1 LIMITED/PMA-SX1 LIMITEDのペアを想起させる「Vivid & Spacious」な音といってもいい。PMA-A110のスピーカードライブ能力は尋常ではなく、手ごわい802D3を掌で転がしているような印象を受ける。
DCD-A110のUltra AL32 Processingが効いているからか、オーディオ的な情報量はこのクラスのペア機としては極めて多い。パワフルだが、音のキレイさは犠牲にされていない。ワイドレンジではあるが薄くなく、音像には一種のコクがある。空気感の表現は上々で、ハイハットの開閉が一陣の風となってリスニングポジションに吹いてくるようだ。
最も優れていると感じるのは、微細なダイナミクス表現である。フレージングの強弱が絶妙で、大橋裕子が心を込めてピアノを弾いているさまが“視覚的”に伝わってくるのだ。音楽的には中立的で楽曲・演奏への介入はないのだが、ダイナミクス表現の絶妙さゆえに、オーディオエレクトロニクスがミュージシャンの背中を押しているようにも受け取れる。
次いでニュー・フロンティア・クインテットによる「The Snapper」。これはスマート&パワフルな聴き味だ。音像がスピーカーの前に出ようとせず、いかにも現代のオーディオエレクトロニクスがドライブしているといった風情で、スピーカーの後方に展開する(もっとも、ビンテージスピーカーなら別の結果になるかもしれないが)。
それでいてパワフルさは後退しておらず、サックスやトランペットには十二分なエネルギー感がある。しかもそれらの音像が良く締まっているので、彼らがいくら強奏しても、リズムセクションがかき消されることはなく、セッションのありさまが客観的に描かれる。
ヴォーカルではサラ・マッケンジーの「Secret of My Heart」を聴いた。基本的に清潔な音場に清楚な声の音像が浮かび上がる現代的な再生音である。発音が聴き取りやすくて、音程感が良好なのも現代オーディオ機器のお約束だ。ただし、それで終わらないのがDCD-A110とPMA-A110のコンビである。前述の微細なダイナミクス表現ゆえに、歌手の口腔内のありさまが想起され、一種のエロティシズムのようなものが感じられるのだ。まあ、筆者が助平だからそう感じるのかもしれないが……。
クラシックはテオドール・クルレンツィス指揮/ムジカエテルナによるベートーヴェンの交響曲第5番・ハ短調を聴いた。ここでもA110コンビのダイナミクス表現のすばらしさが浮き彫りになった。クルレンツィスがオーケストラにつけさせている表情が間然するところなく伝わってくる。また、ティンパニー奏者を含む全楽員が楽器を介して歌っていることが易々と理解できる。
執拗に繰り返されるいわゆる「運命の動機」が非常に印象的で、「しつこい」あるいは「脂っこい」とすら感じられる。だが、これでいいのだ。「5番」を聴くということは、ベートーヴェンの「しつこさ」や「脂っこさ」を味わうことなのだから。