PR山形県の東北パイオニアと天童木工を訪問
TADスピーカー製造現場で見た「匠の技」。旗艦機「TAD-R1TX」から最新鋭機まで6モデルも一斉試聴!
「音場と音像の高次元での融合」という設計思想
ここで一日目の見学工程をもう一度振り返り、工場内のTAD専用スタジオで聴いた現行ラインナップの音を紹介しておこう。
生産現場とは別棟のスタジオに移動すると、「TAD-R1TX」を筆頭に現在のラインナップ6機種がすべて用意されていた。エレクトロニクス機器もTADのフラグシップ機が揃っている。開発中のスピーカーの音を追い込む重要な役割を担うスペースである。
TADのエンジニアたちが自ら設計したという同スタジオは、構造や音響に様々な工夫を凝らしており、興味深い要素に事欠かない。検聴が目的の部屋ということもあり、残響時間0.2秒とかなりデッドな響きで、左右の壁や天井からの一次反射はほぼ完全に抑えられている。
一方、床をカーペットで覆い尽くすことはしないで、あえて反射を少しだけ残していることは意外だった。とはいえ床下の構造は特別なもので、なんと厚さ1メートルに及ぶコンクリート層が支えているという。都市部では遮音のために浮床構造の試聴室を施工するメーカーが多いが、長谷氏の意見はそれとは少し異なっている。浮床構造の場合、超低周波での共振が再生音に影響を与えることがあり、周囲の環境が許せば堅固な構造の方が好ましいのだという。
そこまで環境を追い込むことで初めて明らかになる性能の違いは、一般的なリスニングルームではほとんど問題になることはないだろう。とはいえ「TAD-R1TX」のようなハイエンドスピーカーの場合、限界まで性能を突き詰めることが使命であり、演奏家の意図を忠実に再現するために妥協は許されないのだ。
「TAD-R1TX」 -演奏家と直接向き合う究極のリスニング体験
このスタジオで聴くと、各スピーカーの特徴が素直に浮かび上がってくる。最初に「TAD-R1TX」の再生音を聴いた瞬間、TADが掲げる「音場と音像の高次元での融合」という設計思想の根幹に思いが至った。左右だけでなく前後に深いステージが眼前に広がり、空中に定位するヴォーカルや旋律楽器の音像はホログラムのような3次元の立体感がある。スピーカーの存在が消え、演奏家と直接向き合う究極のリスニング体験だ。
「エンジェル」を歌うサラ・マクラクランはどの音域でも声が痩せず、フォルテで歌い上げてもなめらかな感触を失わない。声のイメージの大きさや音色にブレがないのは、女声のほぼすべての音域をCSTドライバーが再生しているから当然なのかもしれないが、低音域で深く響くアラン・テイラーの声も輪郭が緩まず焦点がぼやけないのはなぜだろう。いずれにしても、エッジを立てずに階調の豊かさで立体感を引き出す表現の深さに舌を巻く。
オスカー・ピーターソン・トリオの「ユー・ルック・グッド・トゥ・ミー」はピアノ、ベース、ドラムの音像が実体感豊かに定位し、再生機器が介在することを忘れさせるような生々しい音に魅了された。ミュージシャンとの物理的な距離が縮まるだけでなく、60年近い年月を経た録音という事実すら意識させない。文字通り時空を超えて演奏の感動に浸ることができるのだ。
ベースとピアノの音色は柔らかくなめらかで、倍音をたっぷり含んでいることが如実に伝わる。このなめらかさは超高域での歪みが極端に少ないベリリウム振動板ならではのもので、CSTドライバーの重要な資質の一つだ。
「TAD-E2」 -点音源に限りなく近い自然な声のイメージを引き出す
次に、一昨年に登場したEvolutionシリーズの最新モデル「TAD-E2」を聴いた。CSTを使わない唯一のモデルで、ベリリウムを振動板に用いたトゥイーターと2基の15.5cmウーファーを組み合わせたシンプルな構成が目を引く。トゥイーターのウェーブガイドやウーファーの浅いコーン形状は広い指向性を確保するための工夫であり、TADの基本的な設計フィロソフィーに忠実なアプローチで設計していることがわかる。
ドゥヴィエルが歌うバッハのアリアは、ピンポイントに収束するソプラノの定位の良さに耳を奪われた。同軸ユニットを使っていないのに、点音源に限りなく近い自然な声のイメージを引き出すことができるのは、指向性への特別なこだわりが生んだ成果なのだろう。伴奏のリュートも発音が鮮明で一音一音の粒立ちが曖昧にならず、歌の表情の振れ幅の大きさを際立たせる。左右にゆったりと広がる余韻にも不自然さがなく、音場は前後左右に伸びやかに広がった。
ヴォーカルは男声でも定位の良さが際立ち、声の輪郭がにじんだり、発音が緩む現象とも縁がない。アラン・テイラー「トラベラー」は、ベースの澄んだ音色をどこまで引き出せるかという難しい課題を抱えた曲なのだが、「TAD-E2」が奏でるベースはピッチと音色に曖昧さがなく、弦がストレスなく振動する様子をありのままに再現してみせた。風通しの良いベースはギターの鮮度を引き出す重要な条件。くもりのない低音はすべて良い方向に作用する。
ヘルムヒェンのピアノ伴奏でツィンマーマンが弾くベートーヴェンのスプリングソナタでもヴァイオリンの音像を立体的に再現し、弓を勢いよく動かして弾き切った瞬間の動作が目に浮かぶ。一音一音の発音に曖昧さがなくリズムの切れが良いが、ヴァイオリンとピアノどちらも柔らかくなめらかさを音色を確保しているので、エッジのきつさや硬さは微塵もない。そこはフラグシップ譲りの美点と言える。
「TAD-CE1TX」 -小型筐体から生み出されるスケール大きなサウンドに驚く
続いて聴いたのは同じくEvolutionシリーズに昨年導入された最新モデルの「TAD-CE1TX」である。CSTドライバーの振動板はトゥイーターにベリリウム、ミッドレンジにマグネシウムと異なる素材を採用しており、ウーファーにはアラミドの織布と不織布を5層に重ねたMACS IIを導入。
エンクロージャーは前作の「TAD-CE1」に比べるとバッフル面積が僅かに小さくなっていて、側板の形状やCSTまわりの指向特性もきめ細かく見直しているとのこと。側板のアルミパネルを見ればひと目でTADとわかる。Evolutionシリーズのスピーカーを象徴する特徴的なデザイン要素だが、エンクロージャーの共振を抑える役割が大きく、音質面で重要な役割を演じている。
前作の「TAD-CE1」もそうだったが、比較的コンパクトな外観なのに再生音は驚くほどスケールが大きく、そのギャップの大きさに最初はとまどってしまう。ただし、ずっしりとした重量級とは対極のオープンな低音なので、圧迫感や重さとは無縁。アラン・テイラーのヴォーカルとギターから澄んだ響きを引き出すのは、ベースが風のように自在に動くからで、その空気感豊かな低音がなんとも心地よい。低音はTXへの世代交代で明らかに質感が向上している。
ワーグナー《ヴァルキューレ》第二幕冒頭のオーケストラも低弦とティンパニが余分な音を引きずることなく、ショルティならではの正確でアグレッシブなリズムの動きが鮮明に浮かび上がってきた。約60年前の録音だが、忠実に再現すればここまでの躍動感が生まれる好例で、切迫したドラマの緊張は半端ではない。良い意味でスピーカーの存在を忘れさせるサウンドである。
ソプラノの音像は精度高くセンターに定位するが、「TAD-R1TX」に比べると少しだけボディ感が強めに出て中音域から高音域にかけての潤いや艶を感じさせる。明瞭な発音を確保したまま、けっして乾いたタッチにならないのはこのスピーカーの大きな魅力と言っていいだろう。
もう一つ、ドゥビエルが歌っている位置が前後方向にぴたりと定まり、その立ち位置との距離を正確に把握できることにも感心させらた。ステレオイメージにそなわる立体感は左右以上に前後の空間情報が大きくものを言うので、この鳴り方はとても好ましいと感じる。
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