PR業界に衝撃を与えた「10シリーズ」を聴く
“マランツ史上最も高音質” を目指した超弩級モンスター。「MODEL 10」「SACD 10」徹底レビュー
超小型ストリーミング・アンプ「MODEL M1」の興奮冷めやらぬ中、世界中のオーディオファイルが待ち望んだマランツの最上位モデルが登場した。プリメインアンプ「MODEL 10」とSACDプレーヤー「SACD 10」は、“マランツ史上最も高音質なサウンド” を目指し、いずれも同社の技術のすべてを投入。「オーディオ銘機賞2025」では、文句なしの金賞の栄誉に輝いた。オーディオ銘機賞2025 審査委員長の山之内 正氏による徹底レビューをお届けしよう。
マランツが新世代のフラグシップとして “10シリーズ” を導入したことは大きな話題を提供した。オーディオ業界に衝撃を与えたと言ってもいいだろう。同社にとって未経験となるハイエンドのカテゴリーに一気に飛び込んだだけでも驚きだが、MODEL 10はこの価格帯では珍しくあえてプリメインアンプとして設計していることにも意外性がある。ディスクプレーヤーのSACD 10も既存の最上位機種に相当する「SA-10」のほぼ3倍の高価格で登場した。はたしてマランツの真意はどこにあるのか。
10シリーズはプリメインアンプのMODEL 10とディスクプレーヤーのSACD 10にストリーミング・プリアンプの「LINK 10n」を加えた3機種でラインナップを構成する。LINK 10nについては別記事で紹介するので、ここではMODEL 10とSACD 10に焦点を合わせてマランツの意図を読み解いていこう。
セパレートアンプを超えるプリメインアンプを作るのが難しいのは、特にパワーアンプにおいて物量の投入が物を言うからだ。大型スピーカーを鳴らし切るには駆動力の余裕と瞬発力が不可欠で、そのために強力な電源部が欠かせない。そのため、あえて一体化しようとすると、プリ部に割り当てられるスペースが制約を受け、十分な性能を確保するのが困難になる。
その課題を克服するためのほぼ唯一の方法は、クラスDアンプを採用してパワー部をスリム化することだ。マランツは約10年前からクラスD技術を上位のハイファイアンプに導入してきた経緯があり、さらに次元の高いパワーアンプを開発する条件は整っていた。その技術的な見通しがついたことで、トップエンドのプリメインアンプの開発にゴーサインが出たのだ。
従来はクラスDアンプのモジュールを外部から購入して製品に落とし込む手法を採っていたが、今回は新たにデンマークのPURIFI社との間で緊密な提携関係を結び、マランツ側からも踏み込んだオファーを出すことで次のステージを目指すことにしたという。回路を構成する部品の吟味や基板の設計にまで踏み込み、ディーアンドエムホールディングスの白河工場で生産する。さらにスイッチング電源までマランツが設計するという徹底ぶりだ。PURIFIの基本設計を導入しつつ、マランツの技術とノウハウを最大限に投じてカスタム仕様のアンプを完成させたというのが実態に近い。
同社がクラスDアンプを採用した過去の事例ではシングルエンドのモジュールを2個用いてBTL接続としていたが、今回は最初からBTL接続を前提に完全バランス回路で構成しており、出力もチャンネル当たり500W(4Ω)を確保している。さらに、従来の定格出力は1kHzでのみ保証値を公表していたのだが、MODEL 10は全帯域(20Hz - 20kHz)で500Wを達成していることに決定的な違いがある。
歪み率についても今回は全帯域での数値を公表しており、「PM-10」に比べて大幅な改善を果たしている。パワー部電源回路と増幅回路の間とスピーカー出力端子の近くに導入したバスバーは肉厚の純銅製で、大型パワーアンプを連想させる贅沢な装備だ。
パワー部のスリム化の恩恵はそのままプリ部の回路構成に及ぶ。内部は2フロア構成になっており、下段にパワーアンプ、上段にプリアンプを配置。メッシュ状のトップパネルから姿が見える大型のトランスは、パワー部ではなく、プリ部のリニア電源用のトロイダルトランスなのだ。
上段のフロント側にはプリアンプのメイン基板とフォノイコライザーアンプが並び、リア側の電源回路と合わせた回路規模はセパレート型のプリアンプにほぼ匹敵する。新たに設計し直した新世代のHDAM、部品を再吟味して進化させたHDAM-SA3を組み込んで可変ゲイン型の回路をフルバランスで構成していることに加え、カップリングコンデンサーの省略など、音質改善に貢献する技術は枚挙にいとまがない。
ちなみにパワー部との間の仕切りを含む各回路ブロック間は1.2mm厚の銅メッキ銅板で仕切られており、ボトムプレートに至っては3層構造で厚さは計5.6mmに及ぶ。干渉対策と振動対策は入念かつ徹底している。
そこまで音質対策に力を入れてまで一体型のプリメインアンプにこだわったのは、セパレート型にはない長所を具現化し、音質の向上を目指したからだ。プリ部とパワー部を一筐体に収めるメリットは、不特定多数のアンプと組み合わせることへの配慮が不要で設計の自由度が高いことが挙げられる。
各ステージのゲイン配分に制約がないし、プリとパワーどちらも組む相手が決まっているので、最適な設計ができる良さもある。接点を減らし、配線を最短化できる長所も大きい。それらの長所を考慮すると、あえてプリメインアンプとして設計することには技術面でも合理的な理由があるのだ。
念のために付け加えておくが、セパレートアンプにももちろん多くの長所がある。役割の異なる回路を分離すれば相互の干渉を抑えられるし、別筐体で設計することで部品や基板の配置に余裕が生まれる。複数の選択肢のなかからプリアンプとパワーアンプの組み合わせを自由に選べることも、セパレート型ならではの重要なアドバンテージに数えられる。
SACD 10はマランツがCD/SACDプレーヤーの開発で蓄積してきた技術とノウハウの集大成と呼ぶべき渾身の作で、メカドライブを堅固に支える機構部品の作り込みや強靭な電源回路など、MODEL 10と同様に妥協のない設計を貫いている。
D/A変換回路はもちろんマランツ独自のディスクリートDAC「MMM」を採用しているが、今回は同回路後段のアナログフィルター部においてDフリップフロップICを8ch 一体型から1ch型IC 8個の構成に変更し、出力電流をSA-10の3倍まで強化するなど、大幅なアップグレードを果たしている。MMMの出力を受けるアナログオーディオ回路のバッファにも新開発のHDAMを投入して低歪みと低ノイズの性能を高めるなど、音質改善のアプローチにも妥協の痕跡は見当たらない。
MMMとアナログオーディオ回路の基板とデジタル基板は2フロア構成の2階部分に配置し、回路ブロック間の干渉対策にもこだわりが満載だ。前述のMMM後段ブロックとアナログオーディオ基板の間を銅板の隔壁で仕切るだけでなく、アナログ基板の左右チャンネル間にも銅板を配置してチャンネルセパレーションを高める工夫を凝らしている。それらの音質対策が功を奏し、SA-10比でS/Nの改善は8.1dBに及び、静寂表現の新たな次元を切り開くことに成功した。SA-10も歴代モデルと比べて顕著な低ノイズ性能を実現していたが、そこからSACD 10への進化の大きさは圧倒的なものがある。
2フロア構成の1階部分にはメカドライブを挟む形で2基のトロイダルトランスを配置し、アナログ回路用とデジタル回路用を独立させた強力な電源部を構成している。2フロア構成を実現するためにはトランスやブロックコンデンサーなど部品の高さをある程度は抑える必要があるが、MODEL 10に比べると2階部分に大型の部品がないので、上下各フロアの高さ配分を工夫し、バランスの良いレイアウトを実現している。MODEL 10もそうだが、水平方向だけでなく上下にも隙間なく合理的に空間を活用しており、設計陣の苦労がうかがえる。
10シリーズの開発にあたってマランツの設計チームが設定した目標の一つをここで紹介しておこう。同社の音決めの拠点である試聴室は、リファレンススピーカーとしてB&Wの801D4を常設している。ハイエンドオーディオを代表するこの銘機を制約なく鳴らし切ること。それがMODEL 10とSACD 10の重要な使命の一つなのだ。
マランツの試聴室でその801D4を組み合わせ、10シリーズの再生音を確認した。SACDを継続的に発売しているBISレーベルから登場したマーラーの交響曲第3番(オスモ・ヴァンスカ指揮、ミネソタ管弦楽団)は、第一楽章冒頭から広大なダイナミックレンジと空間描写の精度の高さが半端ではなく、SACD 10とMODEL 10のペアが描き出す雄大な世界観に魅せられた。801D4で聴くと、組み合わせたコンポーネントの実力と表現力が恐ろしいほど正確に浮かび上がる。この曲ではソース機器の情報量、そしてアンプの瞬発力と低音の制動の確かさがダイレクトに伝わってきた。トゥッティは見事な鳴りっぷりで、木管のソロと弦楽器群の立体的な対比をはじめとするステージの遠近表現も見事というしかない。
同じくBISレーベルのSACDでバルトーク《管弦楽のための協奏曲》を聴く。スザンナ・マルッキ指揮、ヘルシンキフィルは集中力と緊張感の高さが際立つと同時に、ただならぬ高揚感と冷静で緻密なアンサンブルが見事に両立している。10シリーズのペアで聴くと、どんな細部も曖昧にしない正確なディテール表現とオーケストラの一体感が両立したサウンドを引き出し、演奏の特徴と再生システムの音の志向が同じ方向に向かっていることに気付いた。低弦と打楽器のアタックには最大級のエネルギーが乗り、クレッシェンドが息切れする様子は微塵もない。この強靭な低音を体験すれば、クラスDアンプの音が新たな次元に到達したことを実感できるはずだ。
リッキー・リー・ジョーンズが歌う「トラブルマン」は粘りのあるベースとオルガンが分厚い音で支えるなか、ヴォーカルの浸透力の強さに耳を奪われる。隙間なく音で満たされているのに、混濁する気配はまるで感じられない。かなりの大音量で聴いてもベースが飽和せず、芯のある音を引き出すことにも感心させられた。
MODEL 10をもう1台用意してリンクケーブルで接続し、バイアンプで801D4を駆動すると、コンサートホールのステージ後方と客席側に余韻の雲が柔らかく広がり、オープンな空間が部屋いっぱいに広がった。
MODEL 10の場合、ステレオパワーアンプ 2台のバイアンプ駆動がもたらす恩恵に加えて、プリアンプも左右独立で鳴らすことで究極のチャンネルセパレーションを獲得し、空間表現がさらに高い次元に上がる。空間が広がってもステージの密度は高いままで、楽器の定位がブレたり緩むことはない。ステレオ録音の音源にここまで開放的な空気の広がりが記録されていたことをあらためて思い知らされた。このプレーヤーとアンプが描き出す世界はとてつもなく広大だ。
■マランツの “10シリーズ” 導入はオーディオ業界に衝撃を与えた
マランツが新世代のフラグシップとして “10シリーズ” を導入したことは大きな話題を提供した。オーディオ業界に衝撃を与えたと言ってもいいだろう。同社にとって未経験となるハイエンドのカテゴリーに一気に飛び込んだだけでも驚きだが、MODEL 10はこの価格帯では珍しくあえてプリメインアンプとして設計していることにも意外性がある。ディスクプレーヤーのSACD 10も既存の最上位機種に相当する「SA-10」のほぼ3倍の高価格で登場した。はたしてマランツの真意はどこにあるのか。
10シリーズはプリメインアンプのMODEL 10とディスクプレーヤーのSACD 10にストリーミング・プリアンプの「LINK 10n」を加えた3機種でラインナップを構成する。LINK 10nについては別記事で紹介するので、ここではMODEL 10とSACD 10に焦点を合わせてマランツの意図を読み解いていこう。
セパレートアンプを超えるプリメインアンプを作るのが難しいのは、特にパワーアンプにおいて物量の投入が物を言うからだ。大型スピーカーを鳴らし切るには駆動力の余裕と瞬発力が不可欠で、そのために強力な電源部が欠かせない。そのため、あえて一体化しようとすると、プリ部に割り当てられるスペースが制約を受け、十分な性能を確保するのが困難になる。
その課題を克服するためのほぼ唯一の方法は、クラスDアンプを採用してパワー部をスリム化することだ。マランツは約10年前からクラスD技術を上位のハイファイアンプに導入してきた経緯があり、さらに次元の高いパワーアンプを開発する条件は整っていた。その技術的な見通しがついたことで、トップエンドのプリメインアンプの開発にゴーサインが出たのだ。
従来はクラスDアンプのモジュールを外部から購入して製品に落とし込む手法を採っていたが、今回は新たにデンマークのPURIFI社との間で緊密な提携関係を結び、マランツ側からも踏み込んだオファーを出すことで次のステージを目指すことにしたという。回路を構成する部品の吟味や基板の設計にまで踏み込み、ディーアンドエムホールディングスの白河工場で生産する。さらにスイッチング電源までマランツが設計するという徹底ぶりだ。PURIFIの基本設計を導入しつつ、マランツの技術とノウハウを最大限に投じてカスタム仕様のアンプを完成させたというのが実態に近い。
同社がクラスDアンプを採用した過去の事例ではシングルエンドのモジュールを2個用いてBTL接続としていたが、今回は最初からBTL接続を前提に完全バランス回路で構成しており、出力もチャンネル当たり500W(4Ω)を確保している。さらに、従来の定格出力は1kHzでのみ保証値を公表していたのだが、MODEL 10は全帯域(20Hz - 20kHz)で500Wを達成していることに決定的な違いがある。
歪み率についても今回は全帯域での数値を公表しており、「PM-10」に比べて大幅な改善を果たしている。パワー部電源回路と増幅回路の間とスピーカー出力端子の近くに導入したバスバーは肉厚の純銅製で、大型パワーアンプを連想させる贅沢な装備だ。
パワー部のスリム化の恩恵はそのままプリ部の回路構成に及ぶ。内部は2フロア構成になっており、下段にパワーアンプ、上段にプリアンプを配置。メッシュ状のトップパネルから姿が見える大型のトランスは、パワー部ではなく、プリ部のリニア電源用のトロイダルトランスなのだ。
上段のフロント側にはプリアンプのメイン基板とフォノイコライザーアンプが並び、リア側の電源回路と合わせた回路規模はセパレート型のプリアンプにほぼ匹敵する。新たに設計し直した新世代のHDAM、部品を再吟味して進化させたHDAM-SA3を組み込んで可変ゲイン型の回路をフルバランスで構成していることに加え、カップリングコンデンサーの省略など、音質改善に貢献する技術は枚挙にいとまがない。
ちなみにパワー部との間の仕切りを含む各回路ブロック間は1.2mm厚の銅メッキ銅板で仕切られており、ボトムプレートに至っては3層構造で厚さは計5.6mmに及ぶ。干渉対策と振動対策は入念かつ徹底している。
そこまで音質対策に力を入れてまで一体型のプリメインアンプにこだわったのは、セパレート型にはない長所を具現化し、音質の向上を目指したからだ。プリ部とパワー部を一筐体に収めるメリットは、不特定多数のアンプと組み合わせることへの配慮が不要で設計の自由度が高いことが挙げられる。
各ステージのゲイン配分に制約がないし、プリとパワーどちらも組む相手が決まっているので、最適な設計ができる良さもある。接点を減らし、配線を最短化できる長所も大きい。それらの長所を考慮すると、あえてプリメインアンプとして設計することには技術面でも合理的な理由があるのだ。
念のために付け加えておくが、セパレートアンプにももちろん多くの長所がある。役割の異なる回路を分離すれば相互の干渉を抑えられるし、別筐体で設計することで部品や基板の配置に余裕が生まれる。複数の選択肢のなかからプリアンプとパワーアンプの組み合わせを自由に選べることも、セパレート型ならではの重要なアドバンテージに数えられる。
■蓄積された技術とノウハウの集大成と呼ぶべき渾身の作
SACD 10はマランツがCD/SACDプレーヤーの開発で蓄積してきた技術とノウハウの集大成と呼ぶべき渾身の作で、メカドライブを堅固に支える機構部品の作り込みや強靭な電源回路など、MODEL 10と同様に妥協のない設計を貫いている。
D/A変換回路はもちろんマランツ独自のディスクリートDAC「MMM」を採用しているが、今回は同回路後段のアナログフィルター部においてDフリップフロップICを8ch 一体型から1ch型IC 8個の構成に変更し、出力電流をSA-10の3倍まで強化するなど、大幅なアップグレードを果たしている。MMMの出力を受けるアナログオーディオ回路のバッファにも新開発のHDAMを投入して低歪みと低ノイズの性能を高めるなど、音質改善のアプローチにも妥協の痕跡は見当たらない。
MMMとアナログオーディオ回路の基板とデジタル基板は2フロア構成の2階部分に配置し、回路ブロック間の干渉対策にもこだわりが満載だ。前述のMMM後段ブロックとアナログオーディオ基板の間を銅板の隔壁で仕切るだけでなく、アナログ基板の左右チャンネル間にも銅板を配置してチャンネルセパレーションを高める工夫を凝らしている。それらの音質対策が功を奏し、SA-10比でS/Nの改善は8.1dBに及び、静寂表現の新たな次元を切り開くことに成功した。SA-10も歴代モデルと比べて顕著な低ノイズ性能を実現していたが、そこからSACD 10への進化の大きさは圧倒的なものがある。
2フロア構成の1階部分にはメカドライブを挟む形で2基のトロイダルトランスを配置し、アナログ回路用とデジタル回路用を独立させた強力な電源部を構成している。2フロア構成を実現するためにはトランスやブロックコンデンサーなど部品の高さをある程度は抑える必要があるが、MODEL 10に比べると2階部分に大型の部品がないので、上下各フロアの高さ配分を工夫し、バランスの良いレイアウトを実現している。MODEL 10もそうだが、水平方向だけでなく上下にも隙間なく合理的に空間を活用しており、設計陣の苦労がうかがえる。
10シリーズの開発にあたってマランツの設計チームが設定した目標の一つをここで紹介しておこう。同社の音決めの拠点である試聴室は、リファレンススピーカーとしてB&Wの801D4を常設している。ハイエンドオーディオを代表するこの銘機を制約なく鳴らし切ること。それがMODEL 10とSACD 10の重要な使命の一つなのだ。
■広大なダイナミックレンジと空間描写の精度が半端ない
マランツの試聴室でその801D4を組み合わせ、10シリーズの再生音を確認した。SACDを継続的に発売しているBISレーベルから登場したマーラーの交響曲第3番(オスモ・ヴァンスカ指揮、ミネソタ管弦楽団)は、第一楽章冒頭から広大なダイナミックレンジと空間描写の精度の高さが半端ではなく、SACD 10とMODEL 10のペアが描き出す雄大な世界観に魅せられた。801D4で聴くと、組み合わせたコンポーネントの実力と表現力が恐ろしいほど正確に浮かび上がる。この曲ではソース機器の情報量、そしてアンプの瞬発力と低音の制動の確かさがダイレクトに伝わってきた。トゥッティは見事な鳴りっぷりで、木管のソロと弦楽器群の立体的な対比をはじめとするステージの遠近表現も見事というしかない。
同じくBISレーベルのSACDでバルトーク《管弦楽のための協奏曲》を聴く。スザンナ・マルッキ指揮、ヘルシンキフィルは集中力と緊張感の高さが際立つと同時に、ただならぬ高揚感と冷静で緻密なアンサンブルが見事に両立している。10シリーズのペアで聴くと、どんな細部も曖昧にしない正確なディテール表現とオーケストラの一体感が両立したサウンドを引き出し、演奏の特徴と再生システムの音の志向が同じ方向に向かっていることに気付いた。低弦と打楽器のアタックには最大級のエネルギーが乗り、クレッシェンドが息切れする様子は微塵もない。この強靭な低音を体験すれば、クラスDアンプの音が新たな次元に到達したことを実感できるはずだ。
リッキー・リー・ジョーンズが歌う「トラブルマン」は粘りのあるベースとオルガンが分厚い音で支えるなか、ヴォーカルの浸透力の強さに耳を奪われる。隙間なく音で満たされているのに、混濁する気配はまるで感じられない。かなりの大音量で聴いてもベースが飽和せず、芯のある音を引き出すことにも感心させられた。
MODEL 10をもう1台用意してリンクケーブルで接続し、バイアンプで801D4を駆動すると、コンサートホールのステージ後方と客席側に余韻の雲が柔らかく広がり、オープンな空間が部屋いっぱいに広がった。
MODEL 10の場合、ステレオパワーアンプ 2台のバイアンプ駆動がもたらす恩恵に加えて、プリアンプも左右独立で鳴らすことで究極のチャンネルセパレーションを獲得し、空間表現がさらに高い次元に上がる。空間が広がってもステージの密度は高いままで、楽器の定位がブレたり緩むことはない。ステレオ録音の音源にここまで開放的な空気の広がりが記録されていたことをあらためて思い知らされた。このプレーヤーとアンプが描き出す世界はとてつもなく広大だ。
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