パイプオルガンの最低域、どこまで再現できる?石丸由佳さんと聴くパラダイム「Founder 100F」
聴幅広いダイナミックレンジを持つパイプオルガン
「楽器の王様」と称されるパイプオルガンは、何百年もの歴史を誇る。キリスト教会を中心に発展し、現代ではコンサートホールにも立派なオルガンが設置されている。規模の大きな楽器であれば、足鍵盤を含めて4段も5段も鍵盤があり、7000本以上ものパイプを持つオルガンもある。トランペットやフルートといった管楽器の音色や人間の声をも模した鮮やかな音色を出すことができ、地鳴りのような低音域から、人間の聴力を超える超高音域まで幅広いレンジをカバーする。
そんなパイプオルガンの録音再生では、オーディオの実力が試されるというもの。今回、気鋭のオルガニストとして大活躍の石丸由佳さんに、カナダの人気ブランドParadigm(パラダイム)の “Founderシリーズ” でフロアスタンティング型の「100F」を使用し、オルガンのCDを聴いてもらった。

石丸さんはフランスの権威あるオルガンコンクール、シャルトル国際コンクールで優勝し、シャルトル大聖堂やパリのノートルダム大聖堂、さらにヨーロッパ各地の歴史あるオルガンで100回ほどのリサイタルを行ってきた。自身が「武者修行」と振り返るオルガン遍歴を通じ、多彩な音色とサウンド環境に身を置いた経験を持つ。そんな石丸さんの耳に、Founder 100Fの音はどう聴こえるのだろうか。
人間くさい「軋み」も聴こえた!バロック時代のオルガン
まずは石丸さんがヨーロッパで師事したオルガニスト、ハンス・ファーギウスの弾くバッハを聴こう。スウェーデンの町、ローフスタ・ブリュークにあるバロック時代のオルガンによる演奏だ。

試聴
J.S.バッハ作曲「幻想曲 ト長調」 BWV572
J.S.バッハ作曲 「目覚めよと呼ぶ声が聞こえ」BWV645
ハンス・ファーギウス『BACH at Leufsta Bruk』
(Musica Rediviva BRCD 016)
「オルガンは、管楽器と同様にパイプに風を送って音を鳴らしますが、今は電動の送風機を使用します。でも昔は人力で巨大なふいごを使って風を送っていました。ふいご師という職業があったそうで、体力が要るためオルガニストよりも給料が良かったのだとか。
この録音では、あえて昔のふいごを使って録音しています。そのため、『背後でかなりの軋みやがたつく音がするが、オリジナルの送風装置によって、このオルガンの自然な息吹を得られる』と解説に書いてあります。
今まで私がこの録音を聴いてきた環境では、『軋み』が感じられなかったのですが、Founder 100Fで初めて聴こえました! 人間が操作しているという生々しさが伝わりますね。ちゃんと軋みの音、入ってたんだ……。
『目覚めよと呼ぶ声が聞こえ』は、『トランペット』という名前のパイプを使います。本物のトランペットにリードはついていませんが、オルガンで音を真似るには、管の中にリードが組み込まれ、それが震えて音を出します。古いオルガンのリード管は音色にばらつきがあって、シンセサイザーのような均一な音は出ないのですが、これも100Fで聴くと、その違いが鮮明に聴こえてきますね。1本1本別のパイプを、一人一人違う奏者が演奏しているように聴こえるのが、古い楽器の魅力です。人間臭い魅力が、スピーカーからちゃんと伝わりました」

恐ろしいほどの重低音!ロイプケの怖い曲
お次は19世紀のロマン派のオルガンだ。バロック時代とはピッチ(音高)や調律法も異なる楽器である。
試聴
ロイプケ作曲「詩篇94」
Carole Terry 『Schwerin~Organ 19th Centuly German Masterpieces』
(Ambassador ARC1021)
「キリスト教の終末論を描いた恐ろしい響きのオルガン曲です。以前、ヨーロッパの教会コンサートで演奏したことがあったのですが、低音域がかなり恐ろしく響くので、感受性の強い方は具合が悪くなってしまうほどです。

北ドイツの街シュヴェリンのラーデガストという製作者によるオルガン。彼はメルゼブルク大聖堂のオルガンも作っていて、その落成式のためにはかのリストが曲を書いており、オルガニストにとっては重要なレパートリーとなっています。彼のオルガンは鍵盤が重く、すばやいパッセージを弾こうとすると、カチャカチャとすごい音が鳴る。1段目と2段目の鍵盤を連結させて演奏すると、すごく重くなり、リストの作品を弾くのは大変です。
学生時代にシュヴェリンを初めて訪れたときは、すごい衝撃を受けました。その時の印象を、今100FでCDを聴いて思い出しました」
調味料を生かした、おいしい「音色作り」
今度は、石丸さん自身のCDを聴いてみた。2022年にリリースした、とてもユニークなアルバム『死の舞踏〜悪魔のパイプオルガン』である。オルガンはキリスト教会の印象が強いが、実はさらに歴史を遡ると、エンターテインメントの場や、魔術的な用途で使われる歴史もあったという。そんな悪魔的な作品を収めた画期的作品集だ。石丸さんが2020年から4年間、専属オルガニストを務めた新潟のコンサートホール「りゅーとぴあ」のオルガンを使用している。

試聴
モンセラートの朱い本より〈死に向かって急げ〉(モンセラートの朱い本/坂本日菜)
トルコの軍楽隊“メフテル”による「祖先も祖父も」(トルコの軍楽隊メフテル/坂本日菜)
SF 交響ファンタジー第1番(伊福部昭 / 和田薫編曲)
石丸由佳『死の舞踏〜悪魔のパイプオルガン』
(キングレコード KICC-1603)
3曲ともド迫力!まさにホールに鳴り響くオルガン・サウンドがそのまま目の前で再現され、石丸さんも驚く。
「本当にりゅーとぴあのオルガンそのままですね!実際、オルガニストは自分に近いパイプの音がもっともよく聴こえるために、バランスよく聴こえる客席とは違う環境にいますが、こうしてスピーカーで聴くと、客席から見たパイプの配置通りに、いろんな音がいろんな場所から聴こえてきます。オルガンほどサイズの大きな楽器は他にないですから、パイプの定位が感じられると本当にリアルに感じます」
映画『ゴジラ』の印象的なメロディーが入っている『SF 交響ファンタジー』はもともとオーケストラのための作品だ。この曲を通じて、石丸さんが、オルガン鑑賞の極意を教えてくれた。

「和田薫さんの編曲は音の厚みが凄まじいですね。ただ、音色の選択=レジストレーションはオルガニストが考えます。もとのオーケストラ曲を聴き込んで、音色作りを行いました。オルガニストの技術では、弾くこと自体よりも、音色作りのところに個性が現れます。
音色を選ぶスイッチのようなものはストップといいます。私はよく調味料に例えています。りゅーとぴあのオルガンには64個のストップがありますが、15個しかないオルガンもあるし、500個持つオルガンもあります。たとえば、同じオムライスというメニューを作るとしても、その時に弾くオルガンが持っている調味料で何とか料理しなければなりません。専属ホールのオルガンなら、いつものキッチンで料理ができる。でも初めてのオルガンなら、初めて使うキッチンで、見たことない調味料がいっぱい並んでいるような状態です。
フランスのオルガンなら、フランスの調味料で、フランス風オムライスになる。ドイツならドイツ、イタリアならイタリア、その土地の見たことない塩や胡椒やチーズが並んでいて、1つずつ味見して、その場でなんとか美味しく料理するように調理します。曲目は一緒でも、オルガンや奏者が変わると全く音楽は変わるのです」
そんな繊細な違いが、あの巨大なパイプオルガン一台一台にあるのだから面白い!その旨みを凝縮したCDをしっかり再生するには、100Fほどのスケール豊かなスピーカーがやっぱり面白い!
軽やかな風の流れも、そのままに
最後に、石丸さんのCD『瑠璃色の地球 ~風のうた パイプオルガンで聴く想い出のポップス』を聴いた。日本国内のビルダーが手作りした、シンプルだが歌心に溢れるオルガンでの演奏だ。

試聴
翳りゆく部屋 (作詞・作曲:荒井由実 編曲:坂本日菜)
異邦人 (作詞・作曲:久保田早紀 編曲:坂本日菜)
石丸由佳『瑠璃色の地球 ~風のうた パイプオルガンで聴く想い出のポップス』
(キングレコード KICC-1614)
ほのぼのとした、しかし風の流れが克明に伝わる演奏に心洗われる。「ストップが5個しかない素朴なオルガンの味わいが、しっかり聴き取れますね。シンプルだからこそ歌心が生き、軽やかな低音の持ち味が、そのまま聴こえてきました」
聴いて欲しい音を、聴いてもらえる喜び
Founder 100Fで、さまざまなオルガンの録音を聴いた感想は?
「バランスのよい客席で、しっかり生演奏を聴いているかのような、鮮やかでリアルな響きに驚きました。正直、もうコンサートに行かなくてもいいんじゃない?という危機感すら覚えますね(苦笑)。ただ、遠い外国の、古い教会オルガンの音がこうして再現できるなんて素晴らしいですね。教会ならではの残響や、ふいごの軋む音まで、生々しく再現されるのは衝撃的でした。
また、低音もここまでしっかり再生してくれるとなると、『生演奏でなければ、どうせ伝わらないんだろうな』と諦めなくて良いのだと、奏者としては思いますね。聴いてほしい音を、聴いてもらえる。そんなFounder 100Fの響きに感激しました」

石丸由佳さん 最新Information
伊福部昭総進撃 〜キング伊福部まつりの夕べ~
日時:5月26日(月) 17:00開場/18:00開演
場所:東京 オペラシティコンサートホール:タケミツ メモリアル
日本が世界に誇る作曲家・伊福部昭の代表作を一挙演奏。ゴジラ生誕70年、伊福部昭生誕110年の記念イヤーを締めくくる『伝説のコンサート』が再び蘇る
指揮:和田薫、本名徹次
ピアノ:松田華音
オルガン:石丸由佳
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
photo by amigraphy
(提供:PDN)