ジョーカーの“闇”に迫る
話題のソフトを“Wooo”で観る − 第18回『ダークナイト』(Blu-ray)
■『ダークナイト』とジョーカーの闇
昨年アメリカで記録的なヒットとなった『ダークナイト』が早くもブルーレイディスクで発売された。本作はヒース・レジャーが来歴不明の悪の化身、ジョーカーを演じて忘れられない印象を遺した。ジョーカーの「人々の笑顔を奪いたい」「社会の平和を破壊したい」という欲望は、宗教原理や民族闘争、貧困の恨みと無関係の純粋な破壊願望であり、人間に心の奥底に棲む内なるテロリズムである。最近日本でしばしば社会を震撼させる出来事とも無縁ではない。今月は、日立の優れたプラズマテレビ「P50-XR02」を通して、『ダークナイト』とジョーカーの闇に迫ってみよう。
本作から副題の「バットマン」が消え、前作に続いてクリストファー・ノーランが演出を担当した。シリーズとして見た場合、『ダークナイト』は主要キャラクターの一人、トゥーフェースの誕生物語であり、ワーナー映画版としてはティム・バートン演出のシリーズに連なっていても、前作『バットマン・ビギンズ』と併せてシリーズの新たなリメイクと考えていい。映画のストーリー自体はかなり単純で新味もないので割愛。恐怖を持って悪を誅するという着想がバットマンシリーズの特徴だが、本作の主役はバットマンでもトゥーフェースでもなく、圧倒的にヒース・レジャー演じるジョーカーである。1980年代の佐藤(『ブラック・レイン』故・松田優作が演じた)、1990年代のハンニバル・レクター(『羊たちの沈黙』アンソニー・ホプキンスが演じた)に比肩する、2000年代きっての悪役は、現在のところヒース・レジャー演じるジョーカーと、もう一人はハビエル・バルデムが演じたアントン・シガー(『ノー・カントリー』)といっていい。
本作のジョーカー像について、監督のクリストファー・ノーランとヒース・レジャーが最初に語り合った時、例に挙がったのは、セックス・ピストルズのジョニー・ロットンやシド・ヴィシャス、それに『時計仕掛けのオレンジ』のアレックスだったという。撮影が始まると、ヒース・レジャーはフランシス・ベーコンの絵画を見ながら「どう、崩そうか、どうしたらイカれた感じが出るかな」と話しながら自分の指で顔を塗っていったという。
映画のジョーカーは生き残ったが、演じた役者は自滅してしまった。彼の役への激しい没入を見るにつけ、身代わりになったような気がするのだが、どうだろう。さて、ジョーカーは来歴を持たない。コミックの原作ではもっともらしい過去が描かれるが、映画のジョーカーは醜く変形した顔について「親父にナイフで切られた」とか、「女房を笑わせるために自分でやった」とかその都度言うことがコロコロ変わる。観客を韜晦し、同情を弄ぶ新しいこの設定が、逆に今日的なリアリティを生んでいる。悪事に興奮し殺しを楽しむジョーカーは、非道であると同時に本来の主人公であるバットマンに勝ってリアルな「人間」である。
『ダークナイト』は、スタジオセットでの撮影を減らし、シカゴや香港の実景を大幅に取り入れている。ノーラン演出の前作『バットマン・ビギンズ』でも、ウェイン財閥がゴッサムシティに敷設したという高架鉄道をCGで描き、1930年代に誕生したコミックのイメージを元に幻想的な都市を造型し、その世界観の中でアクションが演じられてきた印象が強い。しかし、本作から変わった。本作は同時代のパラレルワールドを舞台にした悪の寓話である。ジョーカーが引き起こす災厄を、映像はまるでCNNの実況映像のように映し出す。