【追悼】ジョブズ氏がAV機器に革命を起こした「この10年」を振り返る
■周到な準備と完璧主義
ここまで、ジョブズ氏とアップルの、この10年の歩みをざっくりと振り返ってきた。同氏が作り上げたものの大きさ、革新性に改めて気づかされ、「奇跡的」といった大げさな言葉で説明を加えたくなる。
だが、彼が成し遂げたことがいかに魔法のように見えようと、もちろんそれは、奇跡などでは断じてない。
彼が史上稀に見る経営者であったことは疑うべくもないが、特に優れていたのは、あるべき理想像を見定める能力と、そこへ向かって一心に突き進む推進力ではなかったか。
問題点を見つけ出し、一つ一つ外堀を埋めるようにステップを踏んでそれらを解決する。製品の細部にまで徹底的に関与し、彼の美意識に沿わないものは惜しげもなく排除する。ときには鋭敏な感覚でシビアなビジネスの賭けに勝ち、失敗した際にはそれを素早くリカバーしようと努める。
こういったフローを、華麗にではなく、愚直に繰り返して生み出したのが、我々がふだん日常的に使っている、ジョブズ氏が作り出した、あるいは間接的に関わった商品群であるはずだ。
それを示す好例がある。ジョブズ氏が近年、プレゼンテーションの名人としても脚光を浴びたことはご存じの方が多いだろう。彼が若い頃、テレビに出演した際の動画を見たことがあるが、緊張してカチコチに固まり、まともに喋れないジョブズ氏の姿に驚かされた。数十年後にプレゼンの名手として語られる片鱗もなかった。
彼のプレゼンの巧みさは、決して天与のものではなかった。周到な準備と徹底的なリハーサルの賜物であり、一つ一つ、持ち前の完璧主義で演出を突き詰めた結果が、あの感動的なまでに洗練されたプレゼンテーションだったのだ。
■iCloudはジョブズ氏の大きな置き土産となるか?
さて、彼が生前まで携わり、ローンチを直前にして亡くなった最後の大きなサービスが「iCloud」だ。
これまで、iPhoneやiPadは長らくPCやMacを母艦としてきたが、iCloudの登場にあわせ、機器単体(+ネットワーク)でセットアップやバックアップが行えるようになり、いわば独り立ちすることになる。
またiCloudでは、音楽データや写真はクラウド上に置かれ、自動的に同期を行う仕組みも備わる。さらに米国では、手持ちの音楽ライブラリをクラウド上に保存し、好きな場所や端末で再生できる「iTunes Match」もスタートする。
これらがうまく働き、今後進化を重ねたら、間違いなくほかのオーディオビジュアルメーカーやAV機器に、大きなインパクトを与えるはずだ。クラウドと同社の機器やサービス、また数億のApple IDをうまく組み合わせれば、我々のライフスタイルを大きく変えるだけのイノベーションが、再びもたらされる可能性がある。
iCloudは、ジョブズ氏が最後に遺した大きな置き土産になるだろうか。その成否は、クックCEOを初めとする経営陣の舵取りに託されたと言って良いだろう。