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ガジェット 公開日 2024/06/27 10:51
通信品質低下と稼げない5G、新社長就任のNTTドコモは難題にどう取り組むのか
【連載】佐野正弘のITインサイト 第114回
日本電信電話(NTT)による完全子会社化以降、井伊基之氏が代表取締役社長に就任し、井伊氏の体制の下で事業を展開してきたNTTドコモ。だが、それからおよそ4年が経過した6月14日にその井伊氏が退任し、副社長だった前田義晃氏が新たな社長として就任することとなった。
だが前田氏の社長就任は、NTTドコモの歴史の中で相当異例だと言われており、その理由は前田氏が2000年にリクルートからNTTドコモに転職した人物であるからだ。NTTドコモの社長には、これまでNTTの生え抜き社員が就任してきた経緯があるだけに、生え抜きではない社員が社長になるのは相当異例なことでもあるわけだ。
それに加えて、前田氏の年齢は54歳。やはり60代以上が多かったNTTドコモの社長の中では異例といえるが、同じタイミングでNTTコミュニケーションズやNTTデータといったNTTグループの主要企業の社長交代も発表されており、いずれも50代の社長が就任している。NTTグループ全体で若返りを図りたいというNTT側の考えも、前田氏の社長就任には大きく影響したといえそうだ。
では、前田氏の就任によってNTTドコモはどのような取り組みをしようとしているのか。同社は6月18日に前田氏の就任会見を実施しているのだが、そこで前田氏が強調していたのが、顧客の声を聞き、そのニーズに応えるなど、顧客起点での事業運営を進めていくことである。
なぜ前田氏が、顧客起点を強調するに至ったのかといえば、昨今のネットワーク品質に関する問題が非常に大きく影響したのではないかと考えられる。NTTドコモは2023年に、コロナ禍からの人流回復を読み違えたことで通信品質を大幅に低下させてしまっており、その影響から同社のネットワークに対する評判が急低下したのは確かだろう。
それだけに前田氏も、社長就任に当たって「特に注力して取り組む」としたのが通信サービスの品質向上である。NTTドコモはSNSの声や、ユーザーが使用しているアプリからの情報活用など、顧客視点でネットワーク品質を把握する取り組みで競合他社に大きく後れを取り、それが著しい通信品質の低下へとつながった経緯がある。
それだけに前田氏としては、SNSやアプリなどのデータを活用した通信品質対策を一層強化することを強調。それに加えて5G向けに割り当てられた、高速通信が可能な6GHz以下の「サブ6」と呼ばれる周波数帯を、トラフィックが多く混雑しやすい人口密集エリアに手厚く導入することで、通信品質向上につなげる考えを示している。
ただ前田氏は、NTTドコモに転職して以降、主にコンテンツやサービスを手掛けており、副社長時代にはスマートライフ事業を担うスマートライフカンパニーをけん引する立場にあったことから、必ずしもネットワークの専門家というわけではない。NTTが異例の人事で前田氏を社長に就任させたのも、スマートライフ事業の強化、ひいては携帯電話の顧客基盤を生かして自社系列のさまざまなサービスに顧客を囲い込む、経済圏ビジネスの強化が主な狙いと見られている。
一方で携帯電話事業に関しては、NTTドコモの主力事業ではあるが先行きが非常に不透明な状況が続いている。市場が飽和して久しい上に、5Gで期待されたメタバースや法人ソリューションなど、スマートフォン以外の新たな需要開拓が全く進んでいない。それに加えて、依然政府は料金引き下げ競争を求める傾向にあるため、成長の道筋を描けなくなっているのだ。
それゆえ競合他社は、5Gへの投資コストをいかに減らすかに力を注ぐようになってきている。実際KDDIとソフトバンクは、共同で設立した「5G Japan」を通じたインフラシェアリングの範囲を都市部に広げるなど、品質を維持しながらも5Gの整備コストを抑えることを重視するようになった。
その一方で、両社はともに、生成AIの開発に必要なデータセンターなど、今後大きな成長が見込めるAI関連の投資を積極化することを明らかにしている。 “稼げない5G” から “稼げるAI” へと、明確に投資をシフトしているのが現状なのだ。
そうした状況にもかかわらず、前田氏が得意分野ではない携帯電話のネットワーク品質向上に向けた取り組みを強調する必要があったのは、顧客が同社の通信品質に強い不満を抱いているからこそでもある。携帯電話事業で獲得した顧客基盤は、経済圏ビジネスの基盤となるだけに、そこに影響が出ることは何としても避けたいというのが本音なのだろう。
ただ今後も、携帯電話事業で売上を大きく伸ばすのが難しい状況は大きく変わらないと見られているだけに、同社が5Gへの投資をどうしていくかは非常に気になるところだ。だが前田氏はこの点について、「5Gの投資は積極的にやる」と回答。サブ6の基地局整備を中心として、設備投資の多くの割合を5Gに費やす考えを示している。
なのであれば、その収益性をどう高めていくかが大きな課題となってくるだろう。NTTドコモは、顧客基盤を維持拡大するため、2023年に低価格の料金プラン「irumo」を提供したところ、irumoの契約が大きく伸びてARPU(1契約当たりの平均売上)の下落が続くなど、政府主導による料金引き下げ要請の影響からの回復が遅れている状況にある。
そこで前田氏は、売上を増やす策として「通信サービスとしての収入も上げていきたいが、それ以外も上げる」としている。サブスクリプション系サービスとセットで契約することでポイント還元が得られる「爆上げセレクション」や、「d払い」と連携し「dポイント」をより多く獲得できる「ドコモポイ活プラン」など付加価値を高めたサービスの提供によって、周辺サービスの利用を高めながらも、irumoから「ahamo」「eximo」など上位のプランへ契約を引き上げることに力を入れていく考えのようだ。
NTTドコモ自身が通信品質低下で示したように、携帯電話は儲からないからといって、ネットワークの品質を下げることは許されない事業でもある。
それだけに前田氏の体制では、ネットワークに積極投資して品質を向上させることと、事業全体で売上を高めることの両立が求められている。その非常に難しい事業環境をどう乗り切るのか、今後打ち出す施策が大きく問われるところだろう。
■異例づくめの社長就任。その背景と今後の戦略
だが前田氏の社長就任は、NTTドコモの歴史の中で相当異例だと言われており、その理由は前田氏が2000年にリクルートからNTTドコモに転職した人物であるからだ。NTTドコモの社長には、これまでNTTの生え抜き社員が就任してきた経緯があるだけに、生え抜きではない社員が社長になるのは相当異例なことでもあるわけだ。
それに加えて、前田氏の年齢は54歳。やはり60代以上が多かったNTTドコモの社長の中では異例といえるが、同じタイミングでNTTコミュニケーションズやNTTデータといったNTTグループの主要企業の社長交代も発表されており、いずれも50代の社長が就任している。NTTグループ全体で若返りを図りたいというNTT側の考えも、前田氏の社長就任には大きく影響したといえそうだ。
では、前田氏の就任によってNTTドコモはどのような取り組みをしようとしているのか。同社は6月18日に前田氏の就任会見を実施しているのだが、そこで前田氏が強調していたのが、顧客の声を聞き、そのニーズに応えるなど、顧客起点での事業運営を進めていくことである。
なぜ前田氏が、顧客起点を強調するに至ったのかといえば、昨今のネットワーク品質に関する問題が非常に大きく影響したのではないかと考えられる。NTTドコモは2023年に、コロナ禍からの人流回復を読み違えたことで通信品質を大幅に低下させてしまっており、その影響から同社のネットワークに対する評判が急低下したのは確かだろう。
それだけに前田氏も、社長就任に当たって「特に注力して取り組む」としたのが通信サービスの品質向上である。NTTドコモはSNSの声や、ユーザーが使用しているアプリからの情報活用など、顧客視点でネットワーク品質を把握する取り組みで競合他社に大きく後れを取り、それが著しい通信品質の低下へとつながった経緯がある。
それだけに前田氏としては、SNSやアプリなどのデータを活用した通信品質対策を一層強化することを強調。それに加えて5G向けに割り当てられた、高速通信が可能な6GHz以下の「サブ6」と呼ばれる周波数帯を、トラフィックが多く混雑しやすい人口密集エリアに手厚く導入することで、通信品質向上につなげる考えを示している。
ただ前田氏は、NTTドコモに転職して以降、主にコンテンツやサービスを手掛けており、副社長時代にはスマートライフ事業を担うスマートライフカンパニーをけん引する立場にあったことから、必ずしもネットワークの専門家というわけではない。NTTが異例の人事で前田氏を社長に就任させたのも、スマートライフ事業の強化、ひいては携帯電話の顧客基盤を生かして自社系列のさまざまなサービスに顧客を囲い込む、経済圏ビジネスの強化が主な狙いと見られている。
■“稼げない5G”でもドコモが注力していく理由とは
一方で携帯電話事業に関しては、NTTドコモの主力事業ではあるが先行きが非常に不透明な状況が続いている。市場が飽和して久しい上に、5Gで期待されたメタバースや法人ソリューションなど、スマートフォン以外の新たな需要開拓が全く進んでいない。それに加えて、依然政府は料金引き下げ競争を求める傾向にあるため、成長の道筋を描けなくなっているのだ。
それゆえ競合他社は、5Gへの投資コストをいかに減らすかに力を注ぐようになってきている。実際KDDIとソフトバンクは、共同で設立した「5G Japan」を通じたインフラシェアリングの範囲を都市部に広げるなど、品質を維持しながらも5Gの整備コストを抑えることを重視するようになった。
その一方で、両社はともに、生成AIの開発に必要なデータセンターなど、今後大きな成長が見込めるAI関連の投資を積極化することを明らかにしている。 “稼げない5G” から “稼げるAI” へと、明確に投資をシフトしているのが現状なのだ。
そうした状況にもかかわらず、前田氏が得意分野ではない携帯電話のネットワーク品質向上に向けた取り組みを強調する必要があったのは、顧客が同社の通信品質に強い不満を抱いているからこそでもある。携帯電話事業で獲得した顧客基盤は、経済圏ビジネスの基盤となるだけに、そこに影響が出ることは何としても避けたいというのが本音なのだろう。
ただ今後も、携帯電話事業で売上を大きく伸ばすのが難しい状況は大きく変わらないと見られているだけに、同社が5Gへの投資をどうしていくかは非常に気になるところだ。だが前田氏はこの点について、「5Gの投資は積極的にやる」と回答。サブ6の基地局整備を中心として、設備投資の多くの割合を5Gに費やす考えを示している。
なのであれば、その収益性をどう高めていくかが大きな課題となってくるだろう。NTTドコモは、顧客基盤を維持拡大するため、2023年に低価格の料金プラン「irumo」を提供したところ、irumoの契約が大きく伸びてARPU(1契約当たりの平均売上)の下落が続くなど、政府主導による料金引き下げ要請の影響からの回復が遅れている状況にある。
そこで前田氏は、売上を増やす策として「通信サービスとしての収入も上げていきたいが、それ以外も上げる」としている。サブスクリプション系サービスとセットで契約することでポイント還元が得られる「爆上げセレクション」や、「d払い」と連携し「dポイント」をより多く獲得できる「ドコモポイ活プラン」など付加価値を高めたサービスの提供によって、周辺サービスの利用を高めながらも、irumoから「ahamo」「eximo」など上位のプランへ契約を引き上げることに力を入れていく考えのようだ。
NTTドコモ自身が通信品質低下で示したように、携帯電話は儲からないからといって、ネットワークの品質を下げることは許されない事業でもある。
それだけに前田氏の体制では、ネットワークに積極投資して品質を向上させることと、事業全体で売上を高めることの両立が求められている。その非常に難しい事業環境をどう乗り切るのか、今後打ち出す施策が大きく問われるところだろう。