公開日 2010/06/30 19:45
ヤマハAVアンプの新機能「VPS」の効果を試す − 最新モデル「RX-V767」レビュー
サラウンドの世界を探求できるエントリー機
ヤマハからRX-V467/567の上位モデルにあたるAVアンプ「RX-V767」が発表された(関連ニュース)。エントリークラスながらサラウンドをより楽しむための機能を盛り込んだ意欲作を大橋氏がいち早くレビュー。本機との“付き合い方”を提案する。
■新開発のVPS(バーチャルプレゼンススピーカー)機能に注目
最近のヤマハの調査によると20万円以上のサラウンドアンプのユーザーの大半が7.1chシステムを組んでいるが、10万円以下のユーザーの場合はその多くが5.1chだそうだ。一方で7.1ch音声を採用するBD映画ソフトが急増し、エントリークラスのアンプを愛用するユーザーもソフトのパフォーマンスをフルに引き出したいのではないか。
ヤマハのサラウンドアンプの新鋭RX-V767は、その点まさに時宜を得た製品である。7.1ch構成の本機はサラウンドバックスピーカーを追加すればHDオーディオのフルサラウンド再生が出来るが、スピーカーシステムを2本追加するのは現実にはハードルが高いしベーシックな5.1chレイアウトでもっと突き詰めたいこだわりもあるだろう。
ヤマハはエントリークラスを担うRX-V767を送り出すにあたり、5.1chレイアウトを使って空間を可能な限り拡大する新しいアプローチを採用した。
ヤマハのサラウンドアンプの場合、シネマDSP<3Dモード>という他社にない機能がある。フロントプレゼンススピーカーを前方上に設置し、音楽再生用プログラムではホールの空間の奥行きと広がりを描出し、映画用プログラムでは大画面映像とサラウンド音場の一体感を高めるが、RX-V767に新たにVPS(バーチャルプレゼンススピーカー)機能を搭載したのである。これは、サラウンドレフト/ライトから抽出したデータを使い実音源(スピーカーシステム)を設置せずに仮想フロントプレゼンススピーカーを生み出し、再生空間を拡大(特に前方音場の奥行きと高さ)しようというアプローチである。
しかし、ヤマハが実音源での前方音場拡大をずっと提案してきた以上、仮想音源の採用で効果が薄くなってしまったら本家の名折れである。しかもこうした着想自体は初めてではなかった。
そこで他社がバーチャル音声信号(目的音)とクロストークキャンセル信号(妨害音)を同じスピーカー(多くはフロントLR)から出力するのに対し、ヤマハはHRTF(頭部伝達関数)を付加したバーチャル音声信号をSL/SRからのみ出力しセンターからクロストークキャンセル信号を出力する方法を採用した。この方が妨害音のレベルを下げることが出来て位相差も小さいため、リスナーが頭を動かしてもバーチャル効果が安定して得られる。こうしてヤマハはVPSの採用に踏み切ったのである。
■VPSの効果を試す
それでは、実際にRX-V767のVPSを試してみよう。今回主に視聴したのはピーター・ジャクソン監督の最新作『ラブリー・ボーン』である。ある冬の日突然短い人生を終えた少女が天上から家族を見守る物語で、ブライアン・イーノが音楽を担当、サウンドデザインも緻密に作りこまれている。
このソフトはサラウンドセクションの密度が高いために相対的に前方音場に行き止まり感が出やすいが、VPSオンで後方に見合った空間の広がり、奥行きが壁を壊したように前方にぱっと開ける。ブライアン・イーノのオリジナル音楽もリスナーを適度な距離感で遠巻きにして生動感としなやかさがある。
概ねオンの方が好結果が得られたため全編オンで視聴してOKだが、オフの方がフロントセクションで描かれる出来事の描写にくっきりした実在感(リスニングポイントに近づく)が出る場合もあるから、ソフト/場面ごとに研究するといい。
高さの表現という点ではどうか。『不滅の恋 ベートーヴェン』(輸入盤)は冒頭のホテルのシーンで雷鳴の転がっていく高さが50cmくらい上がる。VPSが優れている点は、音場全体のバランスや音質を変えずに空間がそのまま広がること。試聴にあたり懸念したことは、クロストークキャンセル信号を出力することでセンターチャンネルのセリフの音質が変わったりしないかということだった。
VPSオンオフを繰り返してみたが、結論を先にいうと影響はほとんど認められない。今回試聴したソフト『ラブリー・ボーン』は女声、男声、主人公の少女(子役)とセリフの声の帯域が微妙に違っている。音楽やSEがフルに鳴っている状況ではVPSオンで声の帯域によって相対的(バランス的)に音場全体の中での聴こえ方が変わるということはある。
■頼もしい「攻撃型」のサウンド
VPSについて長くなったが、肝心の5.1ch再生の地力という点では本機はセリフ(センターCH)に力があるのがいい。音場に密度感があり、ドーナツ音場にならずリスニングポイントに音の断片が迫ってくるアグレッシブさがある。最近やや大人しい「防御型」の音の製品の多いエントリークラスの中で頼もしい「攻撃型」だ。
■シネマDSPを使ってライブBDの世界観をより深く楽しむ
RX-V767でもう一つ前進したことは、別に石(IC)が必要になるため従来エントリーモデルでやらなかったHDオーディオとシネマDSP各モードの組み合わせが今期モデルから出来るようになったことだ。
BD映画ソフトに“アドベンチャー”、“サイファイ”といったシネマDSPならではの音場拡張が出来るのは自明として、朗報は、意欲的なプロダクションの紹介で今世評の高いオーパス・アルテのクラシック系ライブはDTS-HD マスターオーディオ5.0chを採用した高音質ディスクが多いのだが、それらにシネマDSP音楽系プログラムを適用できることだ。
ヨーロッパのローカルな中小歌劇場の客席にエトランゼとして紛れ込む臨場感を追求すると楽しい。例えばチューリヒ歌劇場で収録した『フィデリオ』の場合、客席数1200、『恋するヘラクレス』は舞台が横に広く(22m)客席数1600のやはり中劇場のアムステルダム音楽劇場での収録である。
設定済みのDSPデータはコンセルトヘボウ(アムステルダム)等コンサート専用の大劇場のものが多いから、まず“classical/opera”(クラシカル・オペラ)を選ぶ。これはステージの音声にはあまり残響をつけず、観客側(サラウンド)に響きをつけるモードで、オペラの声の明瞭な再生に好適。最初にルームサイズを0.6位に下げ、イニシャルディレイも下げて比較的い浅い残響を狙うといい。HDオーディオで音場表現力と分解能の高まった今だから、音楽ソフトでのシネマDSPの効果も見直されていいだろう。
■別売りのアクセサリーでiPod/iPhoneのワイヤレス接続にも対応
RX-V767には今回ワイヤレスのiPod用ドック「YID-W10」(別売)がオプションで接続出来る。これがiPod本体をドックから外して無線でリモコン感覚の操作が出来る優れモノである。CD等を視聴していてもプラグインプレイで優先再生され非常に使いやすい。
本機はiPodなどの圧縮音声を中域の太い立体感ある音に補正する独自技術「ミュージックエンハンサー」を搭載。さらにミュージックエンハンサーとシネマDSPとの併用も本機では可能になった。ただし、ピュアダイレクトモードは使用できない。
RX-V767はいうまでもなくHDMI Ver.1.4 に対応し3D映像信号パススルー、ARC(オーディオリターン出力)に対応する。この夏から冬にかけてオーディオビジュアルが3D映像を中心に動くのは確実で、実はサラウンドも映像の立体化に寄り添っていく音場表現の広がりと深化を求められているのである。VPS搭載でベーシックな5.1ch構成を堅持しつつ広がりある音場再生を実現するヤマハRX-V767こそ、エントリークラスに現れた待望の<3Dサラウンドアンプ>の尖兵といっていい。
【筆者プロフィール】
大橋伸太郎
1956年神奈川県鎌倉市生まれ。早稲田大学第一文学部卒。1990年『AV REVIEW』編集長、1998年には日本初にして現在も唯一の定期刊行ホームシアター専門誌『ホームシアターファイル』を刊行した。2006年より評論活動を開始。西洋美術、クラシックからロック、ジャズにいたる音楽、近・現代文学、高校時代からの趣味であるオーディオといった多分野にわたる知識を生かした評論に、大きな期待が集まっている。趣味はウィーン、ミラノなど海外都市訪問をふくむコンサート鑑賞、アスレチックジム、ボルドーワイン。
■新開発のVPS(バーチャルプレゼンススピーカー)機能に注目
最近のヤマハの調査によると20万円以上のサラウンドアンプのユーザーの大半が7.1chシステムを組んでいるが、10万円以下のユーザーの場合はその多くが5.1chだそうだ。一方で7.1ch音声を採用するBD映画ソフトが急増し、エントリークラスのアンプを愛用するユーザーもソフトのパフォーマンスをフルに引き出したいのではないか。
ヤマハのサラウンドアンプの新鋭RX-V767は、その点まさに時宜を得た製品である。7.1ch構成の本機はサラウンドバックスピーカーを追加すればHDオーディオのフルサラウンド再生が出来るが、スピーカーシステムを2本追加するのは現実にはハードルが高いしベーシックな5.1chレイアウトでもっと突き詰めたいこだわりもあるだろう。
ヤマハはエントリークラスを担うRX-V767を送り出すにあたり、5.1chレイアウトを使って空間を可能な限り拡大する新しいアプローチを採用した。
ヤマハのサラウンドアンプの場合、シネマDSP<3Dモード>という他社にない機能がある。フロントプレゼンススピーカーを前方上に設置し、音楽再生用プログラムではホールの空間の奥行きと広がりを描出し、映画用プログラムでは大画面映像とサラウンド音場の一体感を高めるが、RX-V767に新たにVPS(バーチャルプレゼンススピーカー)機能を搭載したのである。これは、サラウンドレフト/ライトから抽出したデータを使い実音源(スピーカーシステム)を設置せずに仮想フロントプレゼンススピーカーを生み出し、再生空間を拡大(特に前方音場の奥行きと高さ)しようというアプローチである。
しかし、ヤマハが実音源での前方音場拡大をずっと提案してきた以上、仮想音源の採用で効果が薄くなってしまったら本家の名折れである。しかもこうした着想自体は初めてではなかった。
そこで他社がバーチャル音声信号(目的音)とクロストークキャンセル信号(妨害音)を同じスピーカー(多くはフロントLR)から出力するのに対し、ヤマハはHRTF(頭部伝達関数)を付加したバーチャル音声信号をSL/SRからのみ出力しセンターからクロストークキャンセル信号を出力する方法を採用した。この方が妨害音のレベルを下げることが出来て位相差も小さいため、リスナーが頭を動かしてもバーチャル効果が安定して得られる。こうしてヤマハはVPSの採用に踏み切ったのである。
■VPSの効果を試す
それでは、実際にRX-V767のVPSを試してみよう。今回主に視聴したのはピーター・ジャクソン監督の最新作『ラブリー・ボーン』である。ある冬の日突然短い人生を終えた少女が天上から家族を見守る物語で、ブライアン・イーノが音楽を担当、サウンドデザインも緻密に作りこまれている。
このソフトはサラウンドセクションの密度が高いために相対的に前方音場に行き止まり感が出やすいが、VPSオンで後方に見合った空間の広がり、奥行きが壁を壊したように前方にぱっと開ける。ブライアン・イーノのオリジナル音楽もリスナーを適度な距離感で遠巻きにして生動感としなやかさがある。
概ねオンの方が好結果が得られたため全編オンで視聴してOKだが、オフの方がフロントセクションで描かれる出来事の描写にくっきりした実在感(リスニングポイントに近づく)が出る場合もあるから、ソフト/場面ごとに研究するといい。
高さの表現という点ではどうか。『不滅の恋 ベートーヴェン』(輸入盤)は冒頭のホテルのシーンで雷鳴の転がっていく高さが50cmくらい上がる。VPSが優れている点は、音場全体のバランスや音質を変えずに空間がそのまま広がること。試聴にあたり懸念したことは、クロストークキャンセル信号を出力することでセンターチャンネルのセリフの音質が変わったりしないかということだった。
VPSオンオフを繰り返してみたが、結論を先にいうと影響はほとんど認められない。今回試聴したソフト『ラブリー・ボーン』は女声、男声、主人公の少女(子役)とセリフの声の帯域が微妙に違っている。音楽やSEがフルに鳴っている状況ではVPSオンで声の帯域によって相対的(バランス的)に音場全体の中での聴こえ方が変わるということはある。
■頼もしい「攻撃型」のサウンド
VPSについて長くなったが、肝心の5.1ch再生の地力という点では本機はセリフ(センターCH)に力があるのがいい。音場に密度感があり、ドーナツ音場にならずリスニングポイントに音の断片が迫ってくるアグレッシブさがある。最近やや大人しい「防御型」の音の製品の多いエントリークラスの中で頼もしい「攻撃型」だ。
■シネマDSPを使ってライブBDの世界観をより深く楽しむ
RX-V767でもう一つ前進したことは、別に石(IC)が必要になるため従来エントリーモデルでやらなかったHDオーディオとシネマDSP各モードの組み合わせが今期モデルから出来るようになったことだ。
BD映画ソフトに“アドベンチャー”、“サイファイ”といったシネマDSPならではの音場拡張が出来るのは自明として、朗報は、意欲的なプロダクションの紹介で今世評の高いオーパス・アルテのクラシック系ライブはDTS-HD マスターオーディオ5.0chを採用した高音質ディスクが多いのだが、それらにシネマDSP音楽系プログラムを適用できることだ。
ヨーロッパのローカルな中小歌劇場の客席にエトランゼとして紛れ込む臨場感を追求すると楽しい。例えばチューリヒ歌劇場で収録した『フィデリオ』の場合、客席数1200、『恋するヘラクレス』は舞台が横に広く(22m)客席数1600のやはり中劇場のアムステルダム音楽劇場での収録である。
設定済みのDSPデータはコンセルトヘボウ(アムステルダム)等コンサート専用の大劇場のものが多いから、まず“classical/opera”(クラシカル・オペラ)を選ぶ。これはステージの音声にはあまり残響をつけず、観客側(サラウンド)に響きをつけるモードで、オペラの声の明瞭な再生に好適。最初にルームサイズを0.6位に下げ、イニシャルディレイも下げて比較的い浅い残響を狙うといい。HDオーディオで音場表現力と分解能の高まった今だから、音楽ソフトでのシネマDSPの効果も見直されていいだろう。
■別売りのアクセサリーでiPod/iPhoneのワイヤレス接続にも対応
RX-V767には今回ワイヤレスのiPod用ドック「YID-W10」(別売)がオプションで接続出来る。これがiPod本体をドックから外して無線でリモコン感覚の操作が出来る優れモノである。CD等を視聴していてもプラグインプレイで優先再生され非常に使いやすい。
本機はiPodなどの圧縮音声を中域の太い立体感ある音に補正する独自技術「ミュージックエンハンサー」を搭載。さらにミュージックエンハンサーとシネマDSPとの併用も本機では可能になった。ただし、ピュアダイレクトモードは使用できない。
RX-V767はいうまでもなくHDMI Ver.1.4 に対応し3D映像信号パススルー、ARC(オーディオリターン出力)に対応する。この夏から冬にかけてオーディオビジュアルが3D映像を中心に動くのは確実で、実はサラウンドも映像の立体化に寄り添っていく音場表現の広がりと深化を求められているのである。VPS搭載でベーシックな5.1ch構成を堅持しつつ広がりある音場再生を実現するヤマハRX-V767こそ、エントリークラスに現れた待望の<3Dサラウンドアンプ>の尖兵といっていい。
【筆者プロフィール】
大橋伸太郎
1956年神奈川県鎌倉市生まれ。早稲田大学第一文学部卒。1990年『AV REVIEW』編集長、1998年には日本初にして現在も唯一の定期刊行ホームシアター専門誌『ホームシアターファイル』を刊行した。2006年より評論活動を開始。西洋美術、クラシックからロック、ジャズにいたる音楽、近・現代文学、高校時代からの趣味であるオーディオといった多分野にわたる知識を生かした評論に、大きな期待が集まっている。趣味はウィーン、ミラノなど海外都市訪問をふくむコンサート鑑賞、アスレチックジム、ボルドーワイン。