公開日 2022/06/16 06:30
辻井伸行/イザベル・ファウストなどの録音を手掛ける
「ミュージシャンが自由に演奏できる環境を作りたい」。ベルリンの独立スタジオ「テルデックス・スタジオ」を訪問
ファイルウェブオーディオ編集部・筑井真奈
5月に訪問したベルリンは、緑の多さが印象的な街であった。そんなベルリンのダウンタウンエリアから南西方向にタクシーで30分ほど、とりわけ緑豊かなリヒターフェルデ地区に、世界でも有数の音楽スタジオ「Teldex Studio(テルデックス・スタジオ)」は存在する。
2002年に設立されたテルデックス・スタジオは、ピアニスト・辻井伸行やヴァイオリニスト・三浦文彰といったアーティスト、またイザベル・ファウストなどのレコーディングでも知られ、特に音質にこだわるクラシックレーベルから非常に注目されるスタジオである。
出迎えてくれたのは、スタジオのマネージメントから取材応対まで、「音楽制作以外の全ての仕事を担当しています」と語るニッセン氏。「以前は音楽教室の先生をやっていたんです。でも子供たちに音楽を教えるというのはなかなか大変で、ご縁があって数年前からこのスタジオで働くことになりました」と、柔らかな物腰で話してくれた。
スタジオそのものは、19世紀末にダンスホールとして作られた建物を改装して作られたのだという。外観は真っ白で、森を抜けて白亜の宮殿に出会ったかのような美しさだ。最大の広さを誇るレコーディングルーム「Hall」は、なるほどダンスホールというのも納得の広さと高さを擁しており、華やかなモダニズム文化の残り香を感じさせる。
この建物は、1950年代にテレフンケンがレコーディングスタジオとして改装し、その後レーベル傘下のTeldec Studioと名称を変えて、2002年からは現在の独立したスタジオ「Teldex Studio」として再スタートしたという経緯を持つ。レコーディングはもちろん、ミックス/マスタリングやポストプロダクション、ライブストリーミングなど、さまざまな形で音楽を届ける活動を行っている。
スタジオ内を案内してくれたのは、テルデックス・スタジオの社長、フリーデマン・エンゲルブレヒト氏だ。1986年からレコーディングの仕事に携わり、アーノンクールやバレンボイム、デュダメルらの録音を手掛けてきたベテランのエンジニアである。辻井伸行さんの録音を手掛けたのも彼である。
彼らのレコーディングは、Pyramixのデジタルワークステーションと、Studerのアナログミキサーの双方を活用して行っていることが大きな特徴だという。
「Hall」の話に戻ろう。ホールは面積455m2、高さ8mという広い空間で、中央で手を叩くと非常に長い残響がふんわりと自然に消えてゆく。最大100人程度までのオーケストラ収録が可能で、「これだけの広さを持つスタジオは、ヨーロッパでもあまり多くありません」と語る。
メインコントロールルームでは、コンソールに48ch収録可能なスチューダーの「980」を使用、スピーカーにはPMCをメインに、5.1chのシステムが構築されている。
またB&Wの「801 Matrix」も使用されている。PMCとB&Wの使い分けについて尋ねると、そんなことは考えたこともなかったと言うような、少し困った顔をしたあとに、「PMCにはPMCの音があり、BowersにはBowersの音があります。制作する音楽に合わせて適切な方を選んでいる、という感じでしょうか」と答えてくれた。
メイン以外にも小規模なコントロールルームがふたつ。そのうちのひとつでは、ヴォルフガング・シーファーマイヤー氏がひとつ大きなプロジェクトを終えたところ。「ウィーン・フィルとベルリン・フィルの精鋭が集まったPhilharmonixというバンドのミックスがちょうど終わったところです。収録から完成まで、1年半位かかりましたよ」。コロナの影響もあるというが、ミュージシャンが多忙のためなかなか音源をチェックする時間が取れず、ようやっと完成までこぎつけたという。
昨今では、ドルビーアトモスによる音楽制作の需要が “爆発的に” 高まっているということで、アトモス対応のスタジオも新たに新設したという。「もともと5.1chのミックスをする部屋でしたが、このように天井にもスピーカーを取り付けて、アトモス対応の部屋に改装しました」。Netflix等の動画配信サービス向けのサウンドプロダクションなどの仕事も需要が大きいのだという。
建物の外に出ると、豊かな緑が広がるガーデンとなっており、リスが木の洞の中で一心に餌をかじっている。「夏にはここでガーデンパーティを行ったりしています。こういった自然の中の環境にあることで、ミュージシャンの方にリラックスしてもらうことをとても大切にしています。クリスマスですか? その時期は寒すぎるので外ではとても無理ですよ(笑)」。
テルデックス・スタジオのサウンドが世界的にも高く評価される理由は何だと考えますか、とエンゲルブレヒト氏に尋ねると、「ひと言ではとても説明できませんが」と前置きしたあとに、次のように話をしてくれた。
「素晴らしい音楽というのは、なにかひとつが突出していれば良いわけではありません。素晴らしいミュージシャン、素晴らしいホールとアコースティック、適切なマイクと機材の選定、そして素晴らしいプロデューサー、そういった全てが揃って初めて実現できるものなのです。どれかひとつが欠けてもいけません。わたしたちは独立スタジオとして運営することで、そういった音楽制作に携わる様々な環境を整え、ミュージシャンが自由に演奏できることを重視しています。そういった小さな積み重ねによって生まれてきた音楽が、日本でも高く評価されているということはとても嬉しく思いますね」。
最後にニッセン氏に、ベルリンで観光すると良いところはありますか、と尋ねると、少し考えたあとに、「5月のベルリンは気温もちょうどよくて、川沿いを散歩するととても気持ちがいいですよ。疲れたらカフェに入って少しつまんだりビールを飲んだりしてね。ベルリンの街をたくさん “ブリーズ” (呼吸)してくださいね」。
2002年に設立されたテルデックス・スタジオは、ピアニスト・辻井伸行やヴァイオリニスト・三浦文彰といったアーティスト、またイザベル・ファウストなどのレコーディングでも知られ、特に音質にこだわるクラシックレーベルから非常に注目されるスタジオである。
出迎えてくれたのは、スタジオのマネージメントから取材応対まで、「音楽制作以外の全ての仕事を担当しています」と語るニッセン氏。「以前は音楽教室の先生をやっていたんです。でも子供たちに音楽を教えるというのはなかなか大変で、ご縁があって数年前からこのスタジオで働くことになりました」と、柔らかな物腰で話してくれた。
スタジオそのものは、19世紀末にダンスホールとして作られた建物を改装して作られたのだという。外観は真っ白で、森を抜けて白亜の宮殿に出会ったかのような美しさだ。最大の広さを誇るレコーディングルーム「Hall」は、なるほどダンスホールというのも納得の広さと高さを擁しており、華やかなモダニズム文化の残り香を感じさせる。
この建物は、1950年代にテレフンケンがレコーディングスタジオとして改装し、その後レーベル傘下のTeldec Studioと名称を変えて、2002年からは現在の独立したスタジオ「Teldex Studio」として再スタートしたという経緯を持つ。レコーディングはもちろん、ミックス/マスタリングやポストプロダクション、ライブストリーミングなど、さまざまな形で音楽を届ける活動を行っている。
スタジオ内を案内してくれたのは、テルデックス・スタジオの社長、フリーデマン・エンゲルブレヒト氏だ。1986年からレコーディングの仕事に携わり、アーノンクールやバレンボイム、デュダメルらの録音を手掛けてきたベテランのエンジニアである。辻井伸行さんの録音を手掛けたのも彼である。
彼らのレコーディングは、Pyramixのデジタルワークステーションと、Studerのアナログミキサーの双方を活用して行っていることが大きな特徴だという。
「Hall」の話に戻ろう。ホールは面積455m2、高さ8mという広い空間で、中央で手を叩くと非常に長い残響がふんわりと自然に消えてゆく。最大100人程度までのオーケストラ収録が可能で、「これだけの広さを持つスタジオは、ヨーロッパでもあまり多くありません」と語る。
メインコントロールルームでは、コンソールに48ch収録可能なスチューダーの「980」を使用、スピーカーにはPMCをメインに、5.1chのシステムが構築されている。
またB&Wの「801 Matrix」も使用されている。PMCとB&Wの使い分けについて尋ねると、そんなことは考えたこともなかったと言うような、少し困った顔をしたあとに、「PMCにはPMCの音があり、BowersにはBowersの音があります。制作する音楽に合わせて適切な方を選んでいる、という感じでしょうか」と答えてくれた。
メイン以外にも小規模なコントロールルームがふたつ。そのうちのひとつでは、ヴォルフガング・シーファーマイヤー氏がひとつ大きなプロジェクトを終えたところ。「ウィーン・フィルとベルリン・フィルの精鋭が集まったPhilharmonixというバンドのミックスがちょうど終わったところです。収録から完成まで、1年半位かかりましたよ」。コロナの影響もあるというが、ミュージシャンが多忙のためなかなか音源をチェックする時間が取れず、ようやっと完成までこぎつけたという。
昨今では、ドルビーアトモスによる音楽制作の需要が “爆発的に” 高まっているということで、アトモス対応のスタジオも新たに新設したという。「もともと5.1chのミックスをする部屋でしたが、このように天井にもスピーカーを取り付けて、アトモス対応の部屋に改装しました」。Netflix等の動画配信サービス向けのサウンドプロダクションなどの仕事も需要が大きいのだという。
建物の外に出ると、豊かな緑が広がるガーデンとなっており、リスが木の洞の中で一心に餌をかじっている。「夏にはここでガーデンパーティを行ったりしています。こういった自然の中の環境にあることで、ミュージシャンの方にリラックスしてもらうことをとても大切にしています。クリスマスですか? その時期は寒すぎるので外ではとても無理ですよ(笑)」。
テルデックス・スタジオのサウンドが世界的にも高く評価される理由は何だと考えますか、とエンゲルブレヒト氏に尋ねると、「ひと言ではとても説明できませんが」と前置きしたあとに、次のように話をしてくれた。
「素晴らしい音楽というのは、なにかひとつが突出していれば良いわけではありません。素晴らしいミュージシャン、素晴らしいホールとアコースティック、適切なマイクと機材の選定、そして素晴らしいプロデューサー、そういった全てが揃って初めて実現できるものなのです。どれかひとつが欠けてもいけません。わたしたちは独立スタジオとして運営することで、そういった音楽制作に携わる様々な環境を整え、ミュージシャンが自由に演奏できることを重視しています。そういった小さな積み重ねによって生まれてきた音楽が、日本でも高く評価されているということはとても嬉しく思いますね」。
最後にニッセン氏に、ベルリンで観光すると良いところはありますか、と尋ねると、少し考えたあとに、「5月のベルリンは気温もちょうどよくて、川沿いを散歩するととても気持ちがいいですよ。疲れたらカフェに入って少しつまんだりビールを飲んだりしてね。ベルリンの街をたくさん “ブリーズ” (呼吸)してくださいね」。