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公開日 2019/11/30 07:00
『シャイニング』の正統続編
『ドクター・スリープ』の恐怖と美しさ、“100点”を体感するならドルビーシネマしかない
多賀一晃(生活家電.com 主宰)
■にわかに到来した<スティーブン・キング原作>ブーム
ホラー映画史上No.1興行収入を記録した『IT/イット “それ”が見えたら、終わり。』の前後編をきっかけにして、にわかにブームが到来している<スティーブン・キング原作>。そんななかで最新映画化作品『ドクター・スリープ』が11月29日に公開された。本作はキング原作というだけでなく、ホラー映画の古典のひとつで、巨匠スタンリー・キューブリックの名作『シャイニング』(1980年)の約40年ぶりとなる続編でもある。
また『ドクター・スリープ』は、4Kドルビービジョン+ドルビーアトモスで製作されており、その映像と音声クオリティをそのまま堪能できるドルビーシネマ館でも上映される。
■古典になったモダンホラーの傑作『シャイニング』
この世に「映画」が誕生してから100年以上。すでに「古典」と言われる作品もある。映画はアメリカだけで3000本/年封切られており、インドとトルコも同数作られている。世界では1年で1万を超える映画が上市され、計算すると100年で100万本超。その中には、今観ても「スゴい!」と言わせる名画もあり、それらは古典と呼ばれる。
古典はホラー映画も例外でない。古くは『魔人ドラキュラ』(1931年)や『フランケンシュタイン』(1931年)のユニバーサル・モンスターなどは古典中の古典と言ってもいいが、これらは一つヒットすると、モンスターさえ出しておけばOKということで、亜流シリーズがガンガン作られた。するといつの間にか、長らくホラー映画は駄作の山となった。これを見事に打破したのが、<ゾンビ>で有名なジョージ・A・ロメロ監督の『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』(1979年)。初めてのゾンビ映画として知られ、無名の俳優、安い制作費でのヒットを飛ばしたことでも有名。以降、ホラーは新人監督、新人俳優の登竜門と言われるようになっている。
そのホラー映画の中でも異色作が『シャイニング』(1980年)。原作はモダンホラーの巨匠スティーブン・キング。キング原作は、かなりの数の作品が映画化されており、ご存じの方も多いだろう。
『シャイニング』の監督は名匠スタンリー・キューブリック。その映像美、リアルさは比類なく、アポロ11号は実際のところ月面着陸していなく、世界に配信された映像は、キューブリックが撮ったという都市伝説が語られるほど、自分の画にこだわりを持つ監督である。主演はジャック・ニコルソン。性格俳優として天才的な演技力の人で、アカデミー賞を3回受賞、過去12回のノミネートは史上最多である。代表作は数えきれないが、ティム・バートン監督の『バットマン』(1989年)でジョーカーの大役を演じきった俳優とするのが、いまの話題的には適切かもしれない。
まさにグレートな面々が揃ったわけで、当然、傑作が撮れた。
脅迫観念的なまでのシンメトリー(左右対称)な映像、また当時最新だったステディカム(手ぶれ防止機能付きカメラ)で撮った粘着的な、滑らかな映像、心臓の鼓動も取り入れた音楽、そしてジャック・ニコルソンの狂気に囚われた演技、女優 シェリー・デュヴァルの追い詰められた演技(キューブリック監督のリテイクが際限ないので本当に心理的に恐怖していたそう)等々、これでもかと言うほど、映画の魅力に溢れている。いま改めて、この古典的傑作をBlu-rayなどで再確認するのもいい。
■巨匠の『シャイニング』を認めなかったキング
しかし、このキューブリックの映画を認めなかった人もいた。原作者のキングだ。キューブリックの映画は暗喩が多く、「エンターテイメント映画を上手く撮る監督か?」と問われると、少し考えてしまうところがある。観客目線より自分目線を大切にする監督であり、「勧善懲悪」、「すかっとしたね、面白かったね」という分かりやすい映画は撮らない。どちらかというと、あそこのシーンはどんな意味なのか、喧々諤々討論したくなるような作品を撮る人である。そんなキューブリックが『シャイニング』の前の作品『バリー・リンドン』が興行的に当たらなかったために、背水の陣で臨んだのが『シャイニング』。単純に言うと、確実にヒットする映画を作らなければならなかったわけである。
このためなのか、原作と映画はかなり違う。多分、分かりやすくするために、原作を変えたのだと思うが、故人は口を開かず。真相は分からない。実際、映画版『シャイニング』は、タイトルが『シャイニング』でなくても成立する出来になっている。
自分の作品をひん曲げられたため激怒したのは、原作者。まぁ当然ですね。以降、キングの肝入りで『シャイニング』のリメイク版(1997年全米テレビドラマ)がされたが、映画の巨匠の壁は高かった。
このため、映画版『シャイニング』、原作版『シャイニング』、2つの傑作が存在することになったわけ。しかも映画版は、いくつもの謎を残しつつ。
■映画『ドクター・スリープ』は、2つの傑作をフュージョン(融合)させたもの
続編『ドクター・スリープ』は、特殊能力 “シャイニング” を持つ、当時子どもだったジャック・トランスの息子、ダニー・トランスが大人になってからの物語になっている。子ども時代のひどいトラウマと戦う話で、原作者はキング自身。当然、原作版『シャイニング』の正統な続編となる。書いたのは2013年。その年の “ブラム・ストーカー賞” (ブラム・ストーカーは『吸血鬼ドラキュラ』の原作者。小説の『芥川賞』みたいなもの)を取っている。
そして原作発表から6年後。満を持して映画化となった。監督は、マイク・フラナガン。ホラー映画好きな人だとご存じかも知れない。2017年にもキング原作の『ジェラルドのゲーム』の監督を務めている。
マイク・フラナガン監督は、原作『ドクター・スリープ』を読んで、こう考えたと語っている。「僕の中には、キングの小説を忠実な形で映画化すべきと強い思いがある。それと同時に、キューブリックの映画版を崇拝する気持ちもある。この作品に取り組み始めた当初、自分の中のそのふたつの思いがぶつかり合っていた。でも、その両方を満足させようとする中で、自分のためにそれをうまくやれたら、観客にも満足してもらえる作品になるんじゃないかと考えたんだ」。
映画『ドクター・スリープ』の特徴は、映画の教科書があったら載せたいほど、オーソドックスながら丁重な作りになっている。もともと映画は、後々のために、いろいろな伏線をさりげなく散りばめるモノだが、それが実に上手い。その上、前作へのオマージュだけでなく、今までのホラー映画へのオマージュも随所に散りばめられているように感じられた。それがほとんどわざとらしさを感じさせないのだから、大した腕前だ。原作、前作、両巨匠への一方ならぬ敬愛が窺えます。また、音楽も前作に敬意を払っている。冒頭は実際、前作の冒頭を思い出させるよう作られている。この心づくしの監督術に、キングもその仕上がりには大満足だったとか。
■ “怖さ” よりも “バトル” 。見ごたえある出来栄え
今回の主役、成長したダニーを務めるのは、ユアン・マクレガー。スター・ウォーズのオビ・ワン=ケノービ役で知られる。しかも、今回のダニーは、ヒゲを伸ばした状態で登場する。ますますオビ・ワンに見えてくる。少なくとも『ドクター・スリープ』を観る前は、禁「スター・ウォーズ鑑賞」をお勧めしたい。
また、前作『シャイニング』の怖さの大きな要素は “ショック” だった。このショックの盛り上げ方が、理性を狂わす監督の手法と、ニコルソンの演技に支えられていたわけだ。
しかし本作が大きく違うのは、トニーが逃げるのではなく、トラウマを抱えながらも戦うこと。バトル要素が入ると、怖さの質が変わる。観ている方も興奮状態になるので、怖さを受け付けにくくなる。ホラーとしては、やや弱くなる。映画『ドクター・スリープ』は再見、再々見に耐えうる出来の映画であるが、怖さ的には、キューブリック版に足らないかも知れない。
とはいえ、上映が終わった時、期せずして観客から拍手が起きた。私も、そんな気分だった。見応え十分のイイ映画と言うことは保証できる。
■ドルビーシネマ版は理想の上映環境。基本の黒がきちんと描写できる映像は、限りなく繊細
今回、私は『ドクター・スリープ』の通常版と、ドルビーシネマ版を双方観る機会を得られた。
結論から言うと、ドルビーシネマは「理想の上映環境」であり、全てのホームシアターの規範になりえる。オーディオビジュアルに興味ある人なら、絶対ここでの鑑賞を勧めたいし、ホームシアターをお持ちの人は、自分のホームシアターと比べて欲しいと思う。
ドルビーシネマは、長い人生で観てきたシアターの中で最もよかった。AVのいろはのいは、色を決めることである。このため「黒」をきちんと再現することが基本中の基本になる。昨今は、液晶テレビ優勢のため言われなくなったが、元来、液晶テレビは黒の時でも光が混じるため、色からするとイマイチ。やけに明るいのだ。これは映画館でも同じこと。どこからともなく漏れ出す光も含め、感興を削いでしまう。その点、ホームシアターはそれを自分の納得行くレベルまで(お金が許す限りという条件も加わるが)追求できるので、ホンモノの映画館よりイイ映画館を、自宅に持つという極めて贅沢な趣味だった。
「だった」と過去形にしたのは、ドルビーシネマが、それを映画館で実現してしまったから。劇場は、ほぼ「黒一色」。上映前の壁サイド照明は、ブルーのLED。AVファンだと、米マッキントッシュのアンプをイメージしてもらえればいい。あのアンプに包まれる感じなのだ。アンプの黒は光沢があるが、ドルビーシネマは反射を考慮してほぼマット調。照明が落ちると、漆黒の闇が広がる。しかもスクリーンはあるのだが、まったく存在が感じられない。基本の黒がきちんと描写できるドルビーシネマの映像描写は、限りなく繊細である。
■お金のかかったデモ映像に負けないくらい、実に美しく、陰影に富む
よく量販店などでは、テレビメーカーが作るデモ映像が、4K、8Kテレビで流されている。これはものすごくお金がかかった映像だ。テレビ放送番組など足下にも及ばない。単純に言うと、『ドクター・スリープ』はそれに張り合えるくらいのレベルで映画の映像がキレイだ。明るい日差しのフロリダ。トウモロコシ畑のアイオワ。そして、惨劇のあった展望ホテルがあるコロラドを、それぞれ春、秋、冬に割り振っている。実に美しく、陰影に富んだシーンが、随所に散りばめられていて、それらが実にキレイなのである。映画は光のマジックだが、ドルビーシネマはその再現性が抜群といえる。
特に差が激しいのは、暗い箇所の再現性。細部描写の締まりがまったく違うので、特に黒バックの中、白文字が上へと移動していくエンドロールは別物に見える。かたや漆黒の中、文字だけが移動していくのに対し、かたや濃いグレーで輪郭も露わなスクリーン上を字が移動するのだから、誰の目にも差は分かる。本当に「まったく別物!」。よくテレビは「臨場感」重視と言われるが、基本の「黒」を徹底しなければ、真の臨場感を得ることはできないことが伝わってくる。
さらに音もイイ。ホラーの場合、画より音の方が重要だ。それは、音の方が無限にイメージが広がるから。特にドルビーシネマ版は、ドルビーアトモスを採用してるため、定位がビシッと決まる。また、低音もものすごく、足が振動で震える。通常版は、音も甘く濁ってしまう。そうなると、違和感がある音が聞き取りにくくなる。つまり怖さを見逃すことになる。そう考えると、作成側の意図を完全には反映していないということになる。
映画はある意味、再生総合芸術である。ところが、今まで規範となるレベルの再生機を映画館側は持っていなかった。しかし、ドルビーシネマの導入により、今までと一線を画する、まさに模範解答が出てきた。
ちなみに、強引に点数を付けると、ドルビーシネマが100点なら、普通の上映は、80〜85点。お金を取ることができるレベルではあるものの、それ以上のものではない。ドルビーシネマはそれほどまでに、スゴいシステムだ。ドルビーシネマは、AVが好きな人、映画が好きな人、全員に体験して欲しい、すばらしいシステムと言える。
ホラー映画史上No.1興行収入を記録した『IT/イット “それ”が見えたら、終わり。』の前後編をきっかけにして、にわかにブームが到来している<スティーブン・キング原作>。そんななかで最新映画化作品『ドクター・スリープ』が11月29日に公開された。本作はキング原作というだけでなく、ホラー映画の古典のひとつで、巨匠スタンリー・キューブリックの名作『シャイニング』(1980年)の約40年ぶりとなる続編でもある。
また『ドクター・スリープ』は、4Kドルビービジョン+ドルビーアトモスで製作されており、その映像と音声クオリティをそのまま堪能できるドルビーシネマ館でも上映される。
■古典になったモダンホラーの傑作『シャイニング』
この世に「映画」が誕生してから100年以上。すでに「古典」と言われる作品もある。映画はアメリカだけで3000本/年封切られており、インドとトルコも同数作られている。世界では1年で1万を超える映画が上市され、計算すると100年で100万本超。その中には、今観ても「スゴい!」と言わせる名画もあり、それらは古典と呼ばれる。
古典はホラー映画も例外でない。古くは『魔人ドラキュラ』(1931年)や『フランケンシュタイン』(1931年)のユニバーサル・モンスターなどは古典中の古典と言ってもいいが、これらは一つヒットすると、モンスターさえ出しておけばOKということで、亜流シリーズがガンガン作られた。するといつの間にか、長らくホラー映画は駄作の山となった。これを見事に打破したのが、<ゾンビ>で有名なジョージ・A・ロメロ監督の『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』(1979年)。初めてのゾンビ映画として知られ、無名の俳優、安い制作費でのヒットを飛ばしたことでも有名。以降、ホラーは新人監督、新人俳優の登竜門と言われるようになっている。
そのホラー映画の中でも異色作が『シャイニング』(1980年)。原作はモダンホラーの巨匠スティーブン・キング。キング原作は、かなりの数の作品が映画化されており、ご存じの方も多いだろう。
『シャイニング』の監督は名匠スタンリー・キューブリック。その映像美、リアルさは比類なく、アポロ11号は実際のところ月面着陸していなく、世界に配信された映像は、キューブリックが撮ったという都市伝説が語られるほど、自分の画にこだわりを持つ監督である。主演はジャック・ニコルソン。性格俳優として天才的な演技力の人で、アカデミー賞を3回受賞、過去12回のノミネートは史上最多である。代表作は数えきれないが、ティム・バートン監督の『バットマン』(1989年)でジョーカーの大役を演じきった俳優とするのが、いまの話題的には適切かもしれない。
まさにグレートな面々が揃ったわけで、当然、傑作が撮れた。
脅迫観念的なまでのシンメトリー(左右対称)な映像、また当時最新だったステディカム(手ぶれ防止機能付きカメラ)で撮った粘着的な、滑らかな映像、心臓の鼓動も取り入れた音楽、そしてジャック・ニコルソンの狂気に囚われた演技、女優 シェリー・デュヴァルの追い詰められた演技(キューブリック監督のリテイクが際限ないので本当に心理的に恐怖していたそう)等々、これでもかと言うほど、映画の魅力に溢れている。いま改めて、この古典的傑作をBlu-rayなどで再確認するのもいい。
■巨匠の『シャイニング』を認めなかったキング
しかし、このキューブリックの映画を認めなかった人もいた。原作者のキングだ。キューブリックの映画は暗喩が多く、「エンターテイメント映画を上手く撮る監督か?」と問われると、少し考えてしまうところがある。観客目線より自分目線を大切にする監督であり、「勧善懲悪」、「すかっとしたね、面白かったね」という分かりやすい映画は撮らない。どちらかというと、あそこのシーンはどんな意味なのか、喧々諤々討論したくなるような作品を撮る人である。そんなキューブリックが『シャイニング』の前の作品『バリー・リンドン』が興行的に当たらなかったために、背水の陣で臨んだのが『シャイニング』。単純に言うと、確実にヒットする映画を作らなければならなかったわけである。
このためなのか、原作と映画はかなり違う。多分、分かりやすくするために、原作を変えたのだと思うが、故人は口を開かず。真相は分からない。実際、映画版『シャイニング』は、タイトルが『シャイニング』でなくても成立する出来になっている。
自分の作品をひん曲げられたため激怒したのは、原作者。まぁ当然ですね。以降、キングの肝入りで『シャイニング』のリメイク版(1997年全米テレビドラマ)がされたが、映画の巨匠の壁は高かった。
このため、映画版『シャイニング』、原作版『シャイニング』、2つの傑作が存在することになったわけ。しかも映画版は、いくつもの謎を残しつつ。
■映画『ドクター・スリープ』は、2つの傑作をフュージョン(融合)させたもの
続編『ドクター・スリープ』は、特殊能力 “シャイニング” を持つ、当時子どもだったジャック・トランスの息子、ダニー・トランスが大人になってからの物語になっている。子ども時代のひどいトラウマと戦う話で、原作者はキング自身。当然、原作版『シャイニング』の正統な続編となる。書いたのは2013年。その年の “ブラム・ストーカー賞” (ブラム・ストーカーは『吸血鬼ドラキュラ』の原作者。小説の『芥川賞』みたいなもの)を取っている。
そして原作発表から6年後。満を持して映画化となった。監督は、マイク・フラナガン。ホラー映画好きな人だとご存じかも知れない。2017年にもキング原作の『ジェラルドのゲーム』の監督を務めている。
マイク・フラナガン監督は、原作『ドクター・スリープ』を読んで、こう考えたと語っている。「僕の中には、キングの小説を忠実な形で映画化すべきと強い思いがある。それと同時に、キューブリックの映画版を崇拝する気持ちもある。この作品に取り組み始めた当初、自分の中のそのふたつの思いがぶつかり合っていた。でも、その両方を満足させようとする中で、自分のためにそれをうまくやれたら、観客にも満足してもらえる作品になるんじゃないかと考えたんだ」。
映画『ドクター・スリープ』の特徴は、映画の教科書があったら載せたいほど、オーソドックスながら丁重な作りになっている。もともと映画は、後々のために、いろいろな伏線をさりげなく散りばめるモノだが、それが実に上手い。その上、前作へのオマージュだけでなく、今までのホラー映画へのオマージュも随所に散りばめられているように感じられた。それがほとんどわざとらしさを感じさせないのだから、大した腕前だ。原作、前作、両巨匠への一方ならぬ敬愛が窺えます。また、音楽も前作に敬意を払っている。冒頭は実際、前作の冒頭を思い出させるよう作られている。この心づくしの監督術に、キングもその仕上がりには大満足だったとか。
■ “怖さ” よりも “バトル” 。見ごたえある出来栄え
今回の主役、成長したダニーを務めるのは、ユアン・マクレガー。スター・ウォーズのオビ・ワン=ケノービ役で知られる。しかも、今回のダニーは、ヒゲを伸ばした状態で登場する。ますますオビ・ワンに見えてくる。少なくとも『ドクター・スリープ』を観る前は、禁「スター・ウォーズ鑑賞」をお勧めしたい。
また、前作『シャイニング』の怖さの大きな要素は “ショック” だった。このショックの盛り上げ方が、理性を狂わす監督の手法と、ニコルソンの演技に支えられていたわけだ。
しかし本作が大きく違うのは、トニーが逃げるのではなく、トラウマを抱えながらも戦うこと。バトル要素が入ると、怖さの質が変わる。観ている方も興奮状態になるので、怖さを受け付けにくくなる。ホラーとしては、やや弱くなる。映画『ドクター・スリープ』は再見、再々見に耐えうる出来の映画であるが、怖さ的には、キューブリック版に足らないかも知れない。
とはいえ、上映が終わった時、期せずして観客から拍手が起きた。私も、そんな気分だった。見応え十分のイイ映画と言うことは保証できる。
■ドルビーシネマ版は理想の上映環境。基本の黒がきちんと描写できる映像は、限りなく繊細
今回、私は『ドクター・スリープ』の通常版と、ドルビーシネマ版を双方観る機会を得られた。
結論から言うと、ドルビーシネマは「理想の上映環境」であり、全てのホームシアターの規範になりえる。オーディオビジュアルに興味ある人なら、絶対ここでの鑑賞を勧めたいし、ホームシアターをお持ちの人は、自分のホームシアターと比べて欲しいと思う。
ドルビーシネマは、長い人生で観てきたシアターの中で最もよかった。AVのいろはのいは、色を決めることである。このため「黒」をきちんと再現することが基本中の基本になる。昨今は、液晶テレビ優勢のため言われなくなったが、元来、液晶テレビは黒の時でも光が混じるため、色からするとイマイチ。やけに明るいのだ。これは映画館でも同じこと。どこからともなく漏れ出す光も含め、感興を削いでしまう。その点、ホームシアターはそれを自分の納得行くレベルまで(お金が許す限りという条件も加わるが)追求できるので、ホンモノの映画館よりイイ映画館を、自宅に持つという極めて贅沢な趣味だった。
「だった」と過去形にしたのは、ドルビーシネマが、それを映画館で実現してしまったから。劇場は、ほぼ「黒一色」。上映前の壁サイド照明は、ブルーのLED。AVファンだと、米マッキントッシュのアンプをイメージしてもらえればいい。あのアンプに包まれる感じなのだ。アンプの黒は光沢があるが、ドルビーシネマは反射を考慮してほぼマット調。照明が落ちると、漆黒の闇が広がる。しかもスクリーンはあるのだが、まったく存在が感じられない。基本の黒がきちんと描写できるドルビーシネマの映像描写は、限りなく繊細である。
■お金のかかったデモ映像に負けないくらい、実に美しく、陰影に富む
よく量販店などでは、テレビメーカーが作るデモ映像が、4K、8Kテレビで流されている。これはものすごくお金がかかった映像だ。テレビ放送番組など足下にも及ばない。単純に言うと、『ドクター・スリープ』はそれに張り合えるくらいのレベルで映画の映像がキレイだ。明るい日差しのフロリダ。トウモロコシ畑のアイオワ。そして、惨劇のあった展望ホテルがあるコロラドを、それぞれ春、秋、冬に割り振っている。実に美しく、陰影に富んだシーンが、随所に散りばめられていて、それらが実にキレイなのである。映画は光のマジックだが、ドルビーシネマはその再現性が抜群といえる。
特に差が激しいのは、暗い箇所の再現性。細部描写の締まりがまったく違うので、特に黒バックの中、白文字が上へと移動していくエンドロールは別物に見える。かたや漆黒の中、文字だけが移動していくのに対し、かたや濃いグレーで輪郭も露わなスクリーン上を字が移動するのだから、誰の目にも差は分かる。本当に「まったく別物!」。よくテレビは「臨場感」重視と言われるが、基本の「黒」を徹底しなければ、真の臨場感を得ることはできないことが伝わってくる。
さらに音もイイ。ホラーの場合、画より音の方が重要だ。それは、音の方が無限にイメージが広がるから。特にドルビーシネマ版は、ドルビーアトモスを採用してるため、定位がビシッと決まる。また、低音もものすごく、足が振動で震える。通常版は、音も甘く濁ってしまう。そうなると、違和感がある音が聞き取りにくくなる。つまり怖さを見逃すことになる。そう考えると、作成側の意図を完全には反映していないということになる。
映画はある意味、再生総合芸術である。ところが、今まで規範となるレベルの再生機を映画館側は持っていなかった。しかし、ドルビーシネマの導入により、今までと一線を画する、まさに模範解答が出てきた。
ちなみに、強引に点数を付けると、ドルビーシネマが100点なら、普通の上映は、80〜85点。お金を取ることができるレベルではあるものの、それ以上のものではない。ドルビーシネマはそれほどまでに、スゴいシステムだ。ドルビーシネマは、AVが好きな人、映画が好きな人、全員に体験して欲しい、すばらしいシステムと言える。
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