公開日 2016/11/11 12:33
【特別企画】富士通テンとショップの取り組み
世界的エンジニア・深田晃氏が語る音響の最前線。ECLIPSEパートナーショップ向けセミナーをレポート
編集部:小澤貴信
ECLIPSEを手がける富士通テンは、オーディオショップ向けの“ECLIPSEパートナーシップ”制度を2016年よりスタートさせた。これはECLIPSEの取り扱いに意欲的なショップに対して同社が認定を行い、製品知識やデモのスキル、設置ノウハウ、店舗での展開までをサポートしていくという認定制度だ。
今回の記事では、このパートナーシップの一貫として、世界的な録音エンジニアである深田晃氏を招聘して実施された音響セミナーの模様をお伝えしたい。
パートナーシップ制度の概要については、こちらの記事で詳しく紹介しているが、その根幹には「感動を提供するためのノウハウをECLIPSEと各オーディオショップが共有していく」というコンセプトがある。
ECLIPSEのスピーカーはそのポテンシャルを引き出すことで、他のスピーカーでは味わうことが難しい感動が得られる。言い換えれば、その能力を発揮させるためには、セッティングや再生するソース、音響への知識が必要になるということだ。富士通テンは、ECLIPSEの魅力を伝えるために必要なスキル、知識を提供するためのイベントや講習会を、パートナーのオーディオショップ向けに定期的に実施している。
今年春に実施された第1回目の講習会では、販促プロデューサーである横井孝治氏を講師に迎え「販促」「店舗ブランディング」をテーマとしたセミナーが実施された(関連記事)。
■深田晃氏を招聘して「音楽製作の実際と周辺技術」をテーマにしたセミナーを実施
そして第2回目のセミナーでは、「音響知識」というテーマが設定された。オーディオショップのスタッフは、オーディオや音響について一定の知識を備えている。それだけに、参加するショップからもハイレベルな内容が求められるはずだ。
そこで富士通テンが今回のセミナーに招聘したのが、世界的なレコーディングエンジニアとして知られる深田晃氏だ。
深田晃氏は、NHK 番組製作技術部やCBS/SONY 録音部のチーフエンジニアを歴任。ドラマ、ドキュメンタリーなどの音楽録音から、NHKウィーンフィルニューイヤーコンサートに代表される中継番組におけるサラウンド伝送や海外中継まで、録音/放送の第一線で長年にわたって活躍してきた。大河ドラマや映画の音楽録音にも携わり、録音関連の国際的なアワードも数々受賞。長野オリンピックの開会式において、音響および各国中継を取りまとめる役割を担ったことでも有名だ。
また同氏が提唱したサラウンド録音手法である「FUKATA TREE」は、録音におけるスタンダードのひとつになっている。近年でも、同氏が手がけた「天上のオルガン」が優秀録音としてオーディオファンからも高い評価を得るなど、ご存じの方は多いはずだ。
今回のセミナーでは、深田氏が40年にわたって録音現場の第一線に携わってきた立場から、「音楽製作の実際と周辺技術」をテーマに、約2時間にわたって講演を行った。
■録音とは「音のある空間を表現すること」
参加者が音響やオーディオのプロであることを考慮してのことなのだろう、深田晃氏が用意した内容は非常に濃密なものだった。録音の「本質」と「最前線」について、横断的に説明するという内容になった。
用意された具体的なテーマも、「音楽録音とは」「音楽製作のプロセス」「製作手法による音の違い」「音源収録技法」「モニタースピーカー」「ラウドネスとは」「ハイ・レゾリューションについて」「具体的な制作例」と、興味深いものが並んだ。
2時間半にわたったセミナーの内容から、ここでは特に印象に残ったものを取り上げたい。「音楽録音とは」というテーマでは、そもそも録音とはどのような行為なのか、ということについて説明が行われた。
深田氏は、マイクの録音とは「そこに存在するものをとらえること」と同時に、「音のある空間を表現すること」だと語る。ただ単にマイクが音を拾ったものが録音なのではなく、まるで画家が様々な絵具や表現手法を用いて1枚の画を完成させるように、様々な知識と技術を動員して「いかにその音を表現するのか」が音楽録音なのであるという。
「音楽の場合、音で何を感じるのかは想像力が左右します。マイクは物理的な動作をする機械なので感情はありませんが、人間は感情で音楽を聴きます。例えば演奏会のホールでは、そこで鳴っている音はもちろん、目に見える演奏家の動きや周囲の気配も含めて、様々な情報をキャッチして総合することで、人は音楽に感動します。指揮者ですら、心理的に音楽を聴いています」。
「ですから、人が感じることと、マイクが捉えることは、全く異なるのです。良い録音とは何なのか、何が正しいと感じさせてくれるのかは、想像力と深く関係しています。その意味で、良い音楽録音は事実の記録ではないのです」(深田氏)。
■録音方式の差をECLIPSEのスピーカーで体感する
具体的な音楽制作のプロセスについても、ステレオ/サラウンドの両面から詳しく紹介された。さらには、様々なマイクの配置のちがいによって、録音された音楽がどのように変化するのか、実際にECLIPSEのスピーカーを用いた実演も行われた。
セミナーの会場となったのは、富士通テン本社の開発試聴室。ECLIPSEのスピーカーシステム「TD510MK2」をグラウンドに5本、天井に4本、サブウーファー「TD725SWMK2」という5.1.4のアトモス対応サラウンドシステムが常駐されている。
試聴においては、ドイツ・デュッセルドルフ大学が研究用に「OCT-IRT-Cross」「Williams」「INA5」「Fukada Tree」の4方式で録音したサラウンド音源を、上記システムで聴き比べるというデモンストレーションを実施。ECLIPSEシステムで表現される生々しい音のちがいに、参加者は興味深く耳を傾けていた。
■優れた時間特性こそモニタースピーカーの必須条件
深田氏は講演の中で、録音におけるモニタースピーカーの役割についても触れた。同氏がECLIPSEのスピーカーを録音現場でも愛用していることは以前から公言しているが、そもそもモニタースピーカーに求められる能力とはどのようなものなのかを詳しく説明した。
モニタースピーカーとは音の判断基準となるものなので、楽器の音のディテールや歪みの有無までシビアなチェックが必要になる。そこで重要となるのが、スピーカーの備える「時間特性」なのだという。また周波数特性についても、癖がないことが求められる。
ミキシング時にはそれほど大音量は必要ないが、音のバランス、広がりや奥行きのチェックも行う必要がある。その点からも、モニタースピーカーが優れた時間特性を備えていることは必須条件と深田氏は語る。
こうした深田氏の言葉から、正確な波形再現を重要視し、時間特性を追求するECLIPSEのスピーカーを、深田氏が最も信頼すべきモニターとして録音現場で使い続けている理由を、改めて窺い知ることができた。
長時間に及んだセミナーでは、音楽におけるラウドネスについても言及。デジタル化によって大音量が収録できるようになったことで、特にデジタル放送の開始以降、聴感上の音量レベルを揃えようという運動が世界中で起こった。深田氏はラウドネスとはそもそもどんなものなのか、過剰な音圧によって音楽のどのような要素がスポイルされてしまうのか、音源の再生をまじえて丁寧に解説した。
■時間特性ことハイレゾの真の効能
最後に取り上げられたテーマは「ハイ・レゾリューション」だ。ここで印象に残ったのが、ハイレゾにおいて1番重要なポイントとして、深田氏が「時間特性の向上」を挙げていたことだ。
サンプリング周波数が上がることは、同時に、音楽波形がサンプルされるまでの時間が短くなるということだ。具体的な時間は、48kHzでは約20.83マイクロ秒、96kHzで約10.4マイクロ秒、192kHzで約5マイクロ秒となる。そして、人間の脳の神経インパルスが感知できるのは約4マイクロ秒と言われている。「ハイレゾの真の効能は、周波数特性の向上ではなく、時間特性の向上だと言えるでしょう」と深田氏は語っていた。
セミナー冒頭では、タイミングがリオ五輪中だったこともあり、同氏が手がけた長野オリンピックにおける音響・中継のエピソードを紹介。開会式において、各国との同時中継による「第九」の演奏を、数々のトラブルを乗り越えて成功させた様子を事細かに語ってくれた。ちなみに深田氏は「長野では開会式の準備を5年前から初めていました。東京五輪の開会式はまだ決まっていないようですが、今からではかなりギリギリなのではないでしょうか」とも語っていた。
■音響知識がECLIPSEへの理解を深める
セミナー休憩を挟んで約2時間半に及んだが、参加したパートナーショップのメンバーは終始、深田氏の話に集中して耳を傾けていた。また質疑応答では、素朴な疑問から録音現場における専門的な手法に至るまで多くの質問が挙ったが、深田氏もひとつひとつ丁寧に回答していた。
本連載で繰り返してきたが、ECLIPSEのスピーカーの設計思想の核心となるのは「正確な音」の再現。そのために音楽信号波形の正確な再現を、時間軸という観点から追求してきた。
だからこそECLIPSEの魅力を正しく伝えるためには「正確な音」とは何か、それを担う時間特性とは何か、踏み込んだ知識も必要となる。深田晃氏という録音・音響のスペシャリストが招聘して行ったセミナーから、「お客様に感動を提供できる場所をショップと一緒に作りあげていく」ECLIPSEが本気で取り組んでいる姿勢を感じることができた。
(特別企画 協力:富士通テン)
今回の記事では、このパートナーシップの一貫として、世界的な録音エンジニアである深田晃氏を招聘して実施された音響セミナーの模様をお伝えしたい。
パートナーシップ制度の概要については、こちらの記事で詳しく紹介しているが、その根幹には「感動を提供するためのノウハウをECLIPSEと各オーディオショップが共有していく」というコンセプトがある。
ECLIPSEのスピーカーはそのポテンシャルを引き出すことで、他のスピーカーでは味わうことが難しい感動が得られる。言い換えれば、その能力を発揮させるためには、セッティングや再生するソース、音響への知識が必要になるということだ。富士通テンは、ECLIPSEの魅力を伝えるために必要なスキル、知識を提供するためのイベントや講習会を、パートナーのオーディオショップ向けに定期的に実施している。
今年春に実施された第1回目の講習会では、販促プロデューサーである横井孝治氏を講師に迎え「販促」「店舗ブランディング」をテーマとしたセミナーが実施された(関連記事)。
■深田晃氏を招聘して「音楽製作の実際と周辺技術」をテーマにしたセミナーを実施
そして第2回目のセミナーでは、「音響知識」というテーマが設定された。オーディオショップのスタッフは、オーディオや音響について一定の知識を備えている。それだけに、参加するショップからもハイレベルな内容が求められるはずだ。
そこで富士通テンが今回のセミナーに招聘したのが、世界的なレコーディングエンジニアとして知られる深田晃氏だ。
深田晃氏は、NHK 番組製作技術部やCBS/SONY 録音部のチーフエンジニアを歴任。ドラマ、ドキュメンタリーなどの音楽録音から、NHKウィーンフィルニューイヤーコンサートに代表される中継番組におけるサラウンド伝送や海外中継まで、録音/放送の第一線で長年にわたって活躍してきた。大河ドラマや映画の音楽録音にも携わり、録音関連の国際的なアワードも数々受賞。長野オリンピックの開会式において、音響および各国中継を取りまとめる役割を担ったことでも有名だ。
また同氏が提唱したサラウンド録音手法である「FUKATA TREE」は、録音におけるスタンダードのひとつになっている。近年でも、同氏が手がけた「天上のオルガン」が優秀録音としてオーディオファンからも高い評価を得るなど、ご存じの方は多いはずだ。
今回のセミナーでは、深田氏が40年にわたって録音現場の第一線に携わってきた立場から、「音楽製作の実際と周辺技術」をテーマに、約2時間にわたって講演を行った。
■録音とは「音のある空間を表現すること」
参加者が音響やオーディオのプロであることを考慮してのことなのだろう、深田晃氏が用意した内容は非常に濃密なものだった。録音の「本質」と「最前線」について、横断的に説明するという内容になった。
用意された具体的なテーマも、「音楽録音とは」「音楽製作のプロセス」「製作手法による音の違い」「音源収録技法」「モニタースピーカー」「ラウドネスとは」「ハイ・レゾリューションについて」「具体的な制作例」と、興味深いものが並んだ。
2時間半にわたったセミナーの内容から、ここでは特に印象に残ったものを取り上げたい。「音楽録音とは」というテーマでは、そもそも録音とはどのような行為なのか、ということについて説明が行われた。
深田氏は、マイクの録音とは「そこに存在するものをとらえること」と同時に、「音のある空間を表現すること」だと語る。ただ単にマイクが音を拾ったものが録音なのではなく、まるで画家が様々な絵具や表現手法を用いて1枚の画を完成させるように、様々な知識と技術を動員して「いかにその音を表現するのか」が音楽録音なのであるという。
「音楽の場合、音で何を感じるのかは想像力が左右します。マイクは物理的な動作をする機械なので感情はありませんが、人間は感情で音楽を聴きます。例えば演奏会のホールでは、そこで鳴っている音はもちろん、目に見える演奏家の動きや周囲の気配も含めて、様々な情報をキャッチして総合することで、人は音楽に感動します。指揮者ですら、心理的に音楽を聴いています」。
「ですから、人が感じることと、マイクが捉えることは、全く異なるのです。良い録音とは何なのか、何が正しいと感じさせてくれるのかは、想像力と深く関係しています。その意味で、良い音楽録音は事実の記録ではないのです」(深田氏)。
■録音方式の差をECLIPSEのスピーカーで体感する
具体的な音楽制作のプロセスについても、ステレオ/サラウンドの両面から詳しく紹介された。さらには、様々なマイクの配置のちがいによって、録音された音楽がどのように変化するのか、実際にECLIPSEのスピーカーを用いた実演も行われた。
セミナーの会場となったのは、富士通テン本社の開発試聴室。ECLIPSEのスピーカーシステム「TD510MK2」をグラウンドに5本、天井に4本、サブウーファー「TD725SWMK2」という5.1.4のアトモス対応サラウンドシステムが常駐されている。
試聴においては、ドイツ・デュッセルドルフ大学が研究用に「OCT-IRT-Cross」「Williams」「INA5」「Fukada Tree」の4方式で録音したサラウンド音源を、上記システムで聴き比べるというデモンストレーションを実施。ECLIPSEシステムで表現される生々しい音のちがいに、参加者は興味深く耳を傾けていた。
■優れた時間特性こそモニタースピーカーの必須条件
深田氏は講演の中で、録音におけるモニタースピーカーの役割についても触れた。同氏がECLIPSEのスピーカーを録音現場でも愛用していることは以前から公言しているが、そもそもモニタースピーカーに求められる能力とはどのようなものなのかを詳しく説明した。
モニタースピーカーとは音の判断基準となるものなので、楽器の音のディテールや歪みの有無までシビアなチェックが必要になる。そこで重要となるのが、スピーカーの備える「時間特性」なのだという。また周波数特性についても、癖がないことが求められる。
ミキシング時にはそれほど大音量は必要ないが、音のバランス、広がりや奥行きのチェックも行う必要がある。その点からも、モニタースピーカーが優れた時間特性を備えていることは必須条件と深田氏は語る。
こうした深田氏の言葉から、正確な波形再現を重要視し、時間特性を追求するECLIPSEのスピーカーを、深田氏が最も信頼すべきモニターとして録音現場で使い続けている理由を、改めて窺い知ることができた。
長時間に及んだセミナーでは、音楽におけるラウドネスについても言及。デジタル化によって大音量が収録できるようになったことで、特にデジタル放送の開始以降、聴感上の音量レベルを揃えようという運動が世界中で起こった。深田氏はラウドネスとはそもそもどんなものなのか、過剰な音圧によって音楽のどのような要素がスポイルされてしまうのか、音源の再生をまじえて丁寧に解説した。
■時間特性ことハイレゾの真の効能
最後に取り上げられたテーマは「ハイ・レゾリューション」だ。ここで印象に残ったのが、ハイレゾにおいて1番重要なポイントとして、深田氏が「時間特性の向上」を挙げていたことだ。
サンプリング周波数が上がることは、同時に、音楽波形がサンプルされるまでの時間が短くなるということだ。具体的な時間は、48kHzでは約20.83マイクロ秒、96kHzで約10.4マイクロ秒、192kHzで約5マイクロ秒となる。そして、人間の脳の神経インパルスが感知できるのは約4マイクロ秒と言われている。「ハイレゾの真の効能は、周波数特性の向上ではなく、時間特性の向上だと言えるでしょう」と深田氏は語っていた。
セミナー冒頭では、タイミングがリオ五輪中だったこともあり、同氏が手がけた長野オリンピックにおける音響・中継のエピソードを紹介。開会式において、各国との同時中継による「第九」の演奏を、数々のトラブルを乗り越えて成功させた様子を事細かに語ってくれた。ちなみに深田氏は「長野では開会式の準備を5年前から初めていました。東京五輪の開会式はまだ決まっていないようですが、今からではかなりギリギリなのではないでしょうか」とも語っていた。
■音響知識がECLIPSEへの理解を深める
セミナー休憩を挟んで約2時間半に及んだが、参加したパートナーショップのメンバーは終始、深田氏の話に集中して耳を傾けていた。また質疑応答では、素朴な疑問から録音現場における専門的な手法に至るまで多くの質問が挙ったが、深田氏もひとつひとつ丁寧に回答していた。
本連載で繰り返してきたが、ECLIPSEのスピーカーの設計思想の核心となるのは「正確な音」の再現。そのために音楽信号波形の正確な再現を、時間軸という観点から追求してきた。
だからこそECLIPSEの魅力を正しく伝えるためには「正確な音」とは何か、それを担う時間特性とは何か、踏み込んだ知識も必要となる。深田晃氏という録音・音響のスペシャリストが招聘して行ったセミナーから、「お客様に感動を提供できる場所をショップと一緒に作りあげていく」ECLIPSEが本気で取り組んでいる姿勢を感じることができた。
(特別企画 協力:富士通テン)