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公開日 2024/03/13 06:40
オーディオらしい豊かなサウンドは驚くほど

MEMSの進化で完全ワイヤレスの音が高級イヤホン並みに? xMEMS「Cypress」のデモ機を聴いた

佐々木喜洋
昨今イヤホン用のドライバーとして注目されるMEMS技術に、新たな可能性が生まれている。それは、xMEMS社の完全ワイヤレスイヤホン用ドライバー「Cypress」(サイプレス)である。フルレンジユニットとしても活用できるCypressの技術を解説するとともに、デモ用ボードの音をレポートする。

xMEMS社から新たに完全ワイヤレスイヤホン用フルレンジユニット「Cypress」が発表された

完全ワイヤレスイヤホンに搭載が進むMEMSテクノロジー



昨年末からNoble AudioのFALCON MAXクリエイティブのAurvana Aceシリーズのように、MEMSドライバーを搭載した完全ワイヤレスイヤホンが話題となっている。

Noble Audioの「FALCON MAX」とクリエイティブの「Aurvana Ace」シリーズは、いずれも高域用にxMEMS社の「Cowell」ドライバーを採用している

しかし、それらはいずれも高域用のドライバーにのみMEMSドライバーとしてxMEMS社製「Cowell」ユニットが用いられたもので、完全ワイヤレスイヤホンにおいてフルレンジでのMEMSドライバーの採用例はない。

実のところ「Cowell」はフルレンジでの使用もできるように設計されたユニットだが、完全ワイヤレスイヤホンでは高音域用の“トゥイーター”としてのみ使用されている。それはMEMSドライバーが高速振動に有利で高音域に強いという理由もあるが、もう一方で低音域での感度が高くないという理由がある。このことはフルレンジで使用した場合、ANC搭載が必要で高い感度が要求される完全ワイヤレスイヤホンで不利となる。

xMEMS社では他に「Montara」シリーズのMEMSスピーカーがあり、海外ではすでに有線イヤホンでの採用例もあるが、やはり完全ワイヤレスイヤホン向けではない。

この課題を改善して、MEMSドライバーを次世代に導くxMEMS社の高感度対応のMEMSスピーカーユニットが「Cypress」(サイプレス)である。

xMEMS社の「Cypress」

「Cypress」は昨年のFALCON MAX発表会においても触れられていたが、今年初頭のCES2024にxMEMS社が「Cypress」の実際のデモを行っている。今回、このCESのデモと同じシステムを試聴する機会があった。

なお本稿ではイヤホンに組み込む音響装置としてはMEMSドライバー、基本的な技術名としてはMEMSスピーカーと呼称している。

フルレンジで高感度を実現できる「Cypress」の技術



まず始めに「Cypress」が高感度を実現する仕組みを解説する。そのポイントは超音波変調方式にある。

超音波変調方式は高速で動作可能なMEMSスピーカーの特性を生かしたもので、オーディオ信号をとても高い周波数(超音波領域)に移し替える技術だ。xMEMS社では、これは現在のオーディオ用スピーカーよりも元の録音に忠実だとしている。

このため超音波の領域で高速動作することにより大きな感度(音圧)を稼ぐことができるようになるが、このままでは可聴帯域の音声として音楽を聴くことができない。そのため「Cypress」ではいったん超音波で出た音を、別の振動板を設けてこれに別の信号を乗せて動作させることで可聴帯域に戻すという凝った仕組みが採用されている。ユーザーが聴く音はこの別の振動板を通過した後の音となる。つまり電気的に超音波領域に移した音を、音響的に可聴帯域に戻すということになる。

次に、もう少し具体的に機構を説明する。

「Cypress」は、超音波帯域に移し替えられたオーディオ信号を超音波のまま放出する部分と、それを可聴帯域に戻す部分の二つで構成される。MEMSスピーカー「Cypress」の内部にはそれぞれ別の振動板があり、外部にはそれぞれの振動板を動かすための別の二つの信号を発生させる回路が必要となる。

この外部の回路は「Alta」(アルタ)と呼ばれる。これは現在のMEMSスピーカーと昇圧のために必要となる「Aptos」(アプトス)との関係に似ている。また「Cypress」においては「Alta」を備えていれば「Aptos」は不要となる。

Cypress MEMSの動作の仕組み。AltaコントローラーASICから超音波領域に移し替えられた信号(キャリア信号)と可聴帯域に戻すための信号(復調信号)の2系統の信号が送られる。その後Cypress内のSM/SVの振動板により音として放出される

完全ワイヤレスイヤホンのSoCから取り出されたデジタルオーディオ信号は「Alta」コントローラー(ASIC)に送られて、超音波領域に移し替えられた信号と、それを可聴帯域に戻すための信号の二系統の信号が作られる。それが「Cypress」に送られる。

「Cypress」内部には、超音波領域に移し替えられたオーディオ信号の超音波をそのまま出す振動板(Sm)と、可聴帯域に戻すための振動板(Sv)がある。それぞれが信号を受ける。振動板(Sm)は超音波領域に移し替えられたオーディオ信号の超音波を音響空間に放出、その音波は振動板(Sv)を通過することで可聴帯域になる。ユーザーはこの最終的に出てきた可聴帯域の音を聴くことになる。

このことによってCypressでは高い感度を発揮することが可能となり、フルレンジドライバーとしてANCを用いた完全ワイヤレスイヤホンにも搭載することができるようになる。

xMEMS社によると、Cypressは6.3×6.5×1.65mmのサイズのパッケージ(9mm対角線)で、現在の10-12mmのダイナミックドライバーと同等の低域性能をもつとしている。さらに、従来よりも40倍大きな低音応答を実現し、140dB以上の高い低周波音圧レベル(SPL)を達成する。Cypressを搭載すれば、完全ワイヤレスイヤホンでもANCを搭載しながらもフルレンジでMEMSドライバーの真価を発揮できるだろう。

Cypressのデモ用ボードを試聴。クリアでシャープな音質を体験



仕組みとしては以上だが、それでは実際にどのような音なのかを、CESのデモ展示品を使用して聴いてみた。写真はCESのデモ展示品であり、基板等は製品ではASIC化されて「Aptos」のようにイヤホン内に組み込めるほど小さくなるはずだ。

写真内の黒い箱はDACであり、USBで接続してアナログ化する部分だ。ここは完全ワイヤレスイヤホンのSoCに相当すると考えて良いだろう。

デモボードのため大型だが、実際には完全ワイヤレスイヤホンにも搭載できるチップサイズとして実装される

基板部分が「Alta」である。ここは先に書いたようにソースを超音波領域に移し替えた信号と可聴帯域に戻すためのコントロール信号の二つを作り出す。このためケーブルはL/R別に2系統ある。イヤホン内ではCypressはフルレンジのMEMSドライバーとして搭載されている。

基板部分が「Alta」。L/R2系統のラインでイヤホンに接続される

実際にiPhone 15 Pro Maxに接続して音を聴いてみたが、そのオーディオらしい豊かなサウンドは驚くほどだった。iPhoneにおいては音量レベルの7割から8割で十分に音量が取れる。

Cypressが搭載されたデモ用のイヤホン

低域は厚みがあって量感も十分にある。高域もMEMSドライバーらしくクリアでシャープ、ヴォーカルも肉質感があってリアルだ。低歪み特性ゆえか、とても音が整っている。デモ機とは思えないほど全帯域で高音質で、帯域特性も良い。このままで十分に高級イヤホン製品になると感じたほどだ。

イヤーチップを外したところ

以前フルレンジのMEMSスピーカーであるMontara Plusのデモ機を試した時より、低域がだいぶ豊かになった印象があり、全域でより高音質になったと感じた。実際に「Cypress」では、現行のMEMSスピーカーに比べて、感度だけではなくTHDなど諸性能も向上するということだ。

MEMSドライバーのオーディオ的なサウンドに期待



この「Cypress」が製品に搭載されてユーザーの元に届くにはまだ時間がかかる。xMEMS社のスケジュールではユニットの製品版の出荷が2025年になり、製品として完全ワイヤレスイヤホンに搭載されるのは早くて来年末くらいだろうということだ。

私が初めてMEMSスピーカーの音を実際に聴いたのは一昨年の秋頃で、やはりこうした試聴デモユニット「Montara Plus」だった。その時は予備知識もわずかで、ICが出す音だからシャープだが硬い音だろうと考えていた。しかし実機デモを聴いてみたところ、その豊かでオーディオ的なサウンドに驚いたのを覚えている。それでMEMSスピーカーの可能性を感じることができた。

今回の「Cypress」のサウンドはそれよりもさらに素晴らしいものだった。製品化がいまから楽しみだ。

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