<山本敦のAV進化論 第56回>
新世代サラウンド規格「DTS:X」登場 − 特徴とスケジュールをキーパーソンに聞く
■大きな特徴はオブジェクトベースのオーディオに対応したこと
DTS:Xが従来のDTSのサラウンドフォーマットと大きく異なる点は、オブジェクトオーディオを含めることができる技術であるということ。オブジェクトオーディオそのものは一般的な概念であり、DTSやライバルであるドルビーラボラトリーズが開発した占有の技術ではない。それ自体は10年以上も前から存在するコンセプトであり、これまで主流であったチャンネルベースのサラウンドオーディオに対して、オブジェクトを適用することで、より本格的なサラウンド空間がつくれるとして再発見されたものであるとDTSの黒川氏は説明する。
さらにDTS:Xの音づくりには「Immersive Audio」という重要なコンセプトがある。「Immersive(包み込まれるような、没入型の)」という言葉の意味からも伝わるように、従来の3Dサラウンドオーディオによる体験を、よりリアルで本格的なものに高めようとするDTSの強い意志が伝わってくる。
従来のサラウンドオーディオの基幹技術である「DTS-HD Master Audio」や「DTS Neo:X」との関係性については、チャンネルベースで収録されたコンテンツを上方に広げて3Dサラウンド空間をつくり出していたのが「DTS Neo:X」だったのに対して、その3D空間の表現をより本格的で臨場感あふれる音として再現するために新しく開発された技術がDTS:Xである。従来の「DTS-HD」との互換性についても確保されている。
■オブジェクトベースの音源はどのようにつくられるのか
理想的な映画館、あるいはホームシアターであれば、ユーザーの全周囲から天井にまでスピーカーが配置され、タイムスタンプに従ってサラウンド音声が縦横無尽にユーザーの周囲を駆け巡るという体験が味わえるが、特に住環境の場合、ホームシアター専用室でも持たない限りは理想的な再生環境に近づけることは容易ではない。大抵の場合は、一定の条件が決められた環境の中でスピーカーをレイアウトせざるを得ない。DTS:Xでは、あらゆる環境下で柔軟に「理想的な3D音響空間」を作り出せるところが大きな特徴になる。
その基幹を担う技術が、音響制作現場に向けて提供されるオープンプラットフォームの「MDA(マルチディメンションオーディオ)」だ。MDAはオブジェクトベースのミックスを制作するためのツールであり、DTSが開発を行ったものだが、ライセンスフリーで制作現場に向けて提供される。その意図は「このツールを使って、数多くのオブジェクトベースのミックスをつくってもらうため」だと黒川氏は語る。
MDAによりPCMフォーマットで制作されたマスター音源に、音のXYZの座標軸による位置情報やタイミングなど“動き”の情報をメタデータとして添付したものがオブジェクトオーディオのソースになる。このソースをデジタルシネマでの上映方式となる「DCP(PCMフォーマット)」にラッピングすれば劇場向けのDTS:Xのデータとなり、サーバーから配信ネットワークで各映画館の再生機に非圧縮で届けられる。
このオブジェクトオーディオのメタデータを追加したサラウンド音源をホームシアター機器で再現するためには、ミックスをDTS:Xのエンコーダーに通して、オーサリングをかけたブルーレイディスクを対応機器で再生するという流れになる。
DTS:Xの音声ストリームはDTS:X対応の最新AVアンプでデコードすれば、クリエイターが意図したかたちで最高のエンターテインメント体験を味わうことができる。一方で、そのコンテンツは全てのDTS対応機器で再生できるという下位互換性も保たれている。
なお、DTS:Xのフィーチャーの一部には、従来のDTSフォーマットで収録されているコンテンツのサウンドを3D空間の配置にリマッピングする新しいアップミックス機能「Neural:X」も含まれている。DTS Neo:Xの時代にもアップミックス機能として「Neural Surround」が存在していたが、こちらは最大7.1chまでのアップミックスに止まっていた。最新の「Neural:X」ではこれを拡張して最大11.1chまでサポートする。さらにNeural:Xの場合、DTS Neo:Xよりもさらに没入感の高い11.1chの3D空間が再現できることも大きな特徴になる。説明を加えておくと、DTS:Xの場合はアップミックス機能を使わない“完全な”ディスクリートの11.1chコンテンツが収録できる。
次ページ劇場では今夏、ブルーレイは今秋からDTS:Xが楽しめる