“ハイレゾには密閉型が有利”は本当か
クリプトン渡邉氏がスピーカー開発キャリアを総括。「密閉型」「2ウェイ」にこだわる理由とは?
渡邉氏はなぜ「密閉型はバスレフ型より低域再生に有利」と考えるか
■密閉型スピーカーは「低域の“音階”をより正確に再現できる」
ーー 渡邉さんがここまで魅了された密閉型スピーカーですが、現在でもバスレフ型スピーカーに比べて数は少ないです。密閉型スピーカーが「本当の意味での広帯域再生ができる」と仰る理由はどのようなところにあるのでしょうか。
渡邉氏 ここからは、スピーカーについていろいろと専門的な解説をすることになりますが、多くの方に密閉型スピーカーの優位性を知ってもらうためにも、なるべく分かりやすい言葉で説明していきたいと思います。
ーー よろしくお願いします。
渡邉氏 まずは以下に示す3つのグラフを見てください。これはKX-3を密閉型/バスレフ型でそれぞれ試作した際に計測したものとなります。【表1】はバスレフ型・試作機と密閉型・試作機の音圧レベル/周波数帯域を示す図、【表2】は密閉型・試作機の低域特性のグラフ、【表3】はバスレフ型・試作機の低域特性のグラフです。まったく同じサイズのエンクロージャーで密閉型スピーカーとバスレフ型スピーカーを試作したのですが、このデータからも、バスレフ型の「f0(低音再生限界)」は密閉型より低いことがわかると思います。バスレフ型のほうが、低域の音圧が稼げていることもわかるでしょう。
ーー 「f0」(低音再生限界)とは、そのスピーカーが再生できる最も低い音ということですね。確かにバスレフ型の方が、低域の音圧が大きいことがわかります。
渡邉氏 密閉型スピーカーのf0は、エンクロージャーの容積とスピーカーユニットのf0で決まります。それを示すのが【図4】のグラフです。エンクロージャーを大きくすればf0は下がり、エンクロージャーを小さくすればf0は上がります。エンクロージャーが大きい方が、より低い周波数を再生できるのです。ですから、KX-5Pでは、KX-3Pからエンクロージャーのサイズも一回り大きくしています。しかし筐体のサイズを大きくするのにも限度がありますし、オーディオ黄金期から現在に至るまで、大型スピーカーが主流になることがなかったのはご存じかと思います。
さて、次に密閉型とバスレフ型それぞれの特性をさらに詳しく見てみましょう。【表2】が示す密閉型スピーカーのf0はだいたい60Hzです。しかし、本音では60Hzよりも下げたいところです。
一方でバスレフ型は共鳴を利用して低音を増強する方式です。スピーカーユニットから前方へ放射される音と、ユニット背面に放射される音を、ダクトを通して位相反転した音を共鳴させることで、より低い低音を出すのです。
ですから【表3】のバスレフ型スピーカーの特性が示す通り、「インピーダンス特性」を示す線に2つの山ができます。この間の「谷」の部分がf0となります。このデータではだいたい40Hzです。ここまで低音を下げられるのは、技術者にとって魅力的です。さらにバスレフ型は、低域の音圧も稼ぐこともできます。ただ、f0より下では音圧が急激に下がるところには注目してください。
ーー 同じサイズのエンクロージャーならば、バスレフ型の方がより低く、音圧の大きい低音が出せるということですね。
渡邉氏 そうです。だから、小さいスピーカーが求められる状況において、小さな筐体でより音圧の大きな低音が出せるバスレフ型が主流となったのです。
しかし私は、バスレフ型を選びませんでした。密閉型であるAR-3aの音に強く影響を受けたことに加えて、理論的にバスレフ型の問題を指摘されている方がいたのも大きな理由となりました。
ーー 渡邉さんの考えるバスレフ型の問題点とはいったいどのようなものでしょうか。
渡邉氏 ビクターには音響研究所というセクションがあって、富田さんという研究所長がいらっしゃいました。スピーカーの神様と呼んでいい方なのですが、富田さんは当時からバスレフ型の欠点を指摘していました。「バスレフ型は共鳴によって低音を増強するが故に、f0より下の帯域は、鳴っているけれどもコントロールできないという状態になっている」という点です。
要は磁気回路によるユニットのコントロールが効かない領域で、音楽信号とは無関係に共鳴音だけが鳴ってしまうのです。スピーカーユニットが磁気制動の範囲を超えて勝手に動いてしまい、制動できないこの状態を「自由振動」、または「無制動領域」といいます。
ーー 原音に含まれない音が鳴ってしまっていると。
渡邉氏 その通りです。スピーカーユニットが勝手に動いてしまい、アンプパワーを大きくすれば“磁気外れ"を起こした状態になります。磁気外れが起きないようにボイスコイルの幅を取ればコントロールできるかというと、そうもいきません。共鳴によるエネルギーはかなり大きいものなのです。
一方の密閉型スピーカーは、エアーサスペンションがかかるので、磁気制動のコントロール範囲でしか低音は再生されません。よって二次歪みを比較すると、密閉型とバスレフ型では20dB程の違いがあります。バスレフ型の低音は密閉型の100倍、信号とは異なる勝手な動きをしていると言うことができるでしょう。
ーー それはすごい差です。
渡邉氏 バスレフ型スピーカーは制動領域なので音階が再現できますが、それ以下の帯域では音楽信号とは無関係に、常に共鳴音が鳴っている状態になります。ですから、低音が出ているようには感じます。
ーー 音楽信号にはない音だけれどもかなり低い音が常に出ているから、「なんとなく低域がしっかり出ている気がする」と仰るのですね。
渡邉氏 かなり低い周波数なので、多くの人たちは違和感を覚えないのです。しかし、楽器をきちんとやっている人たちが聴けば、低音の「量」は出ているけれども、「音階」が正確に再現されていないことがわかるでしょう。
それに、音楽信号とは無関係の共鳴音だということは、アンプの駆動とも無関係だということです。アンプは音楽信号を増幅するものですからね。だから、トーンコントロールなどを使ってアンプ側で補正することもできないのです。
ーー 密閉型ではどうなのでしょう。
渡邉氏 対して密閉型は、コントロールされた低音のみを再生します。低域の正確な再現という点で、密閉型は原理的に有利なのです。小さなエンクロージャーで低音の量を稼げることはバスレフ型の長所ですが、正確な再現性とは相容れません。だから私は一貫して密閉型スピーカーを貫いてきたのです。