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“ハイレゾには密閉型が有利”は本当か

クリプトン渡邉氏がスピーカー開発キャリアを総括。「密閉型」「2ウェイ」にこだわる理由とは?

公開日 2016/02/03 10:16 聞き手・構成:編集部 小澤貴信
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アルニコマグネットが音質において優れている理由

アルニコマグネットとフェライトマグネットの違い

ーー クリプトンのスピーカーは、アルニコマグネットを用いることに強いこだわりを持っています。渡邉さんの考えるアルニコマグネットの優位性とはどのようなものなのでしょうか。また、どのようなきっかけでアルニコマグネットを使い始めたのでしょうか。

渡邉氏 ここにアルニコ型マグネットを使ったウーファーと、フェライト型マグネットを使ったウーファーがあります。フェライトマグネットはいわば陶磁器(セラミックス)で、フェライトという物質を焼き固めて作ります。一方でアルニコマグネットはアルミ、ニッケル、コバルトなどを鋳造した金属です。

それぞれ磁気特性が異なるので、スピーカーの磁気回路に用いる際の形状も異なります。フェライトは表面積が広いドーナツ型にして用いるのが最も効率的な使い方ですが、アルニコは丸棒状にして使います。スピーカーユニットの磁気回路に使う場合、フェライトマグネットはドーナツ型の形状のため「外磁型」という形態をとります。アルニコマグネットは丸棒状なので「内磁型」になります。

左がフェライト、右がアルニコマグネットを使ったウーファー

アルニコマグネットは日本で発明されたもので、いくつかの種類があります。クリプトンがスピーカーで用いているのは「アルニコ5 DG」です。これはアルニコマグネットが最も使われた時期に登場した種類で、海外のスピーカー技術者の間でも特に評価されているものです。フェライトも進化していくのですが、1970年前後のスピーカーの全盛期においては、体積当たりの効率もアルニコの方が良かったのです。フェライトは大きくしないと、アルニコと同じだけの磁力が得られません。

ーー 体積あたりの効率が良いからアルニコを用いられるのですか?

渡邉氏 違います。順を追って説明していきましょう。

フェライトとアルニコは、磁束密度が同じであれば音は変わらないというのが定説でした。しかし、私がビクターにおいてエキサイター型スピーカー「SX-1000Labo」を開発したとき、ボイスコイルによって磁界が振られるという事実に行き当たったのです。エキサイター型スピーカーは直流電源による電磁石によって駆動するのですが、ボイスコイルに信号が入るたびに、電流計が大きく動くわけです。どういうことかというと、ボイスコイルが動く際に、動的に磁界を振ってしまっていたのです。

スタティックに考えれば、スピーカーの駆動はフレミングの左手の法則で説明できます。磁束があって、ボイスコイルに音声電流が流れると逆起電力が発生するということですね。しかし現実には、音声信号の電流が流れたときに、逆起電力によって磁界が変化してしまっているのです。

ーー 磁界の変化が音質にどのような影響を与えるのでしょうか。

渡邉氏 磁界が変化するということは、ゼロ点電位が定まらずに振られてしまうということです。ボイスコイルは、ゼロ点電位を基準に動き始めるのですが、磁界そのものが動いたら、どこがゼロ点なのか不明確になってしまいます。基準点が揺れ動いている状態でボイスコイルが駆動すると、定位が悪化して音像がボヤけてしまいます。

このことがわかって、ならばフェライトとアルニコではどっちがより磁界が変化するのだろうかと考えました。しかし、磁界が振られているという事象は、電磁石だからこそ計測できたもので、アルニコやフェライトのような永久磁石では計測のしようがありません。ただ、セラミックスであるフェライトと、金属であるアルニコでは性質がまったく異なるため、必ず差があるはずだと考えました。

アルニコが音が良いのは“逆起電流をショートする”から

渡邉氏 ポイントとなったのは、セラミックスは電気を通さず、金属は電気を通すということです。マグネットが金属ならば、ボイスコイルに電流が流れたときに逆起電力がショートされます。マグネットがセラミックだと、同様の状態において逆起電力はショートされません。そしてこの逆起電力によって、ボイスコイルの入った空隙磁界が変動してしまうのです。

ーー 逆起電力をショートできるということが、アルニコマグネットの方が音が良い理由ということですね。

渡邉氏 逆起電力をショートさせる効果をスピーカーユニットに利用した例は、他にもありました。ユニットのセンターポールに銅キャップを装着して逆起電力をショートさせる「ショートキャップ」です。しかしショートキャップは、悪い意味での“ブレーキ"になって音質に悪影響を与えることもわかりました。逆起電力を防ぐために磁界をショートさせるのですが、結果的には音が詰まってしまったのです。ただこのショートキャップによって、磁界が振られるということが事実として認識されるようになりました。

フェライトは完全に絶縁されているために、逆起電力はショートされません。だから磁界はその影響によって動いてしまい、ゼロ点電位も不明確になります。聴感でフェライトよりもアルニコの方が音が良かった理由はここにあったのです。

左がフェライト、右がアルニコを使用したトゥイーター

ーー 逆起電力をショートできるかどうかによる磁界の安定がカギになったのですね。

渡邉氏 この事実は、エキサイター型スピーカーを手がけていなければ、論理的に裏付けることは難しかったでしょう。こうした理由によって、アルニコの方がよりS/Nに優れ、音像がしっかりと定位するのです。

この事実を裏付けるエピソードがあります。1980年頃、アルニコの価格が急騰したために、アルテックやJBLはこれまでアルニコを用いていたスピーカーユニットを、フェライトへ変更しました。しかし、磁束合わせだけしているということで、型番も変えずにそのまま販売を行ったのです。実際、出力も音圧も測定上は同じでした。ところが聞いた音はまるっきり別物で、音像はすっかりぼやけたものになっていました。

ーー 磁束が同じでも、マグネットの素材の違いでそれだけ音が変わってしまうのですね。

渡邉氏 ただし、ショートキャップのエピソードを踏まえると、単純に逆起電流を防いで磁界を動かさないようにすればいいという問題ではありません。強制的に逆起電力をショートしようとすると、ボイスコイルの動きにもブレーキをかけてしまい、詰まったような音になってしまいます。だから「緩慢にショートしてやる」と良いのですが、それがアルニコでは実現できるのです。

ーー 逆起電力を絶妙にショートさせるにはアルニコが良かったということですね。

渡邉氏 緩慢にショートさせることがいかに大事かは、防磁型スピーカーがひとつの例になるでしょう。外磁型は磁力が外に漏れるので、ブラウン管テレビに影響が出てしまします。オーディオビジュアルの時代になると、ブラウン管への影響を避けるために、ダブルマグネット、あるいはキャンセラーマグネットと呼ばれるものが登場しました。外に出た磁力を中へ戻す方式です。しかし、これがまた音が悪かったのです。磁気回路というのは、磁束を妨げたり、補正したりすると、結果的に磁束そのものに悪影響を与えることが多いようです。

アルニコマグネットを採用したKX-5Pのトゥイーター磁気回路部

キャップを開けると、内部にアルニコマグネットが納められている

ーー 何かをキャンセルしようとすると、トレードオフで何かに影響が出ると。

渡邉氏 そういうことなのでしょう。そしてアルニコマグネットが音質的に優位である理由はもうひとつあると考えられています。アルニコマグネットは内磁型で用いるので、磁気エネルギーは全てギャップの中に集中する仕組みになっています。

一方でフェライトマグネットは外磁型で用いるのですが、外磁型は常に100ガウスから200ガウスの磁力をスピーカーのエンクロージャー内に放射しています。地磁気は約5ガウスですから、これは膨大な磁力です。空芯コイルを用いる場合はまだその影響は少ないですが、大型コイルでインダクタンスを取ろうとする場合には、コイルのコア材に磁界が影響して歪みが発生してしまうのです。

この点は実際に経験にも裏付けられました。スピーカーの実験をするとき、ネットワークはエンクロージャーの外に出しておくのですが、最終的にエンクロージャー内にネットワークを納めると音が変わってしまいます。特に外磁型のフェライトマグネットを使っているときに音が変わりやすく、アルニコでは変化がほとんど出ませんでした。この点からもアルニコは有利なのです。

フェライトは容易にサイズを大きくできるので、磁界が多少外側に回ってしまっても、ボイスコイルの駆動に必要なだけの磁束をギャップに発生させることができます。しかし、外に漏れる磁束が悪影響を与えてしまうのです。この外に漏れる磁束を内側に閉じ込める方法もあるのですが、音が悪くなります。無理に磁界を妨げてしまうことも、やはり音にはよくないのです。

「KX-1」でフェライトマグネットを用いるために行った工夫

ーー ここまでアルニコマグネットの優位性を伺ってきましたが、「KX-1」ではコストを抑えつつハイレゾ対応スピーカーを実現するために、あえてフェライトマグネットを用いています。

フェライトマグネットを採用したKX-1

渡邉氏 その通りです。しかし、ただフェライトマグネットを使ったわけではありません。

マグネットの特性は減磁曲線というグラフで表され、そのエネルギー積は磁石の形状と磁気回路によって変化します。この減磁曲線においてマグネットの特性を示す指標に「パーミアンス係数」というものがあります。

通常はエネルギーが最大積になるように設定するのですが、KX-1ではあえてエネルギー積を最優先しないで、パーミアンス係数をアルニコに似た特性になるように設定しました。効率は悪くなりますが、フェライトならばあまりコストの心配をせずにサイズを大きくすることで補えるのです。このようにしてフェライトながら「アルニコライクな音」を可能としたのです。

【図5】アルニコとフェライトの減磁特性比較

ーー ところで代表的なマグネットとしてネオジウムもありますが、これはいかがでしょうか。

渡邉氏 ネオジウムも素晴らしい特性を持っているのですが、減磁特性はアルニコとかなり異なります。パーミアンス係数が示すネオジウムの特性はフェライトに近いのですが、ネオジウムは金属だという点で、フェライトとも異なっています。ただし、ネオジウムマグネットをウーファーユニットの磁気回路に用いるのはあまり現実的ではありません。理由はいくつかあります。最大の理由は、ネオジウムは温度特性が悪く、温度が上がると磁力が落ちてしまうという欠点を持っているからです。

ウーファーのボイスコイルは、ピークパワーにおいて300度近い温度になるので、温度特性の悪いネオジウムを用いると、その影響を受けてしまいます。かつて、ネオジウムをウーファーユニットに使うために冷却フィンを備えたスピーカーもありましたね。トゥイーターやイヤホンのドライバーならば、それほど熱は発生しないので、ネオジウムマグネットを使うことができます。

ーー アルニコマグネットにこだわっていらっしゃる理由がわかりました。

渡邉氏 アルニコはその最盛期に比べて価格は20倍近く上がってしまいましたから、使いにくいことは事実です。それでも音にこだわるのならば、アルニコを用いるべきだと思います。

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