“ハイレゾには密閉型が有利”は本当か
クリプトン渡邉氏がスピーカー開発キャリアを総括。「密閉型」「2ウェイ」にこだわる理由とは?
エンクロージャーは“最大の振動板”
だからこそ楽器のごとくコントロールする
ーー KX-5Pの発表会では、「スピーカーのエンクロージャーは一番大きな振動板だ」とお話しされていたのが印象的でした。
渡邉氏 スピーカーのエンクロージャーには、非常に強度の高い材質が用いられていて、重量も相当あります。「これだけの強度があって重いものが変形するはずがない」と考えてしまいがちですが、スピーカーユニットが振幅したときの内圧は、エンクロージャーを動かし変形させます。
そして、スピーカーユニットの放射面積と、エンクロージャーの放射面積を比べれば、エンクロージャーの方が大きいです。とはいえ、スピーカーユニットはピストンモーションで動作しますから、振動の大きさという意味では、当然スピーカーのほうが大きくなりますよね。
ーー それでも、エンクロージャーの振動は音に影響を与えるということなのですね。
渡邉氏 モーダル解析をご存じでしょうか。対象となるものに振動ピックアップを取り付けて、振動による変形をコンピューター解析するものです。これで周波数ごとの変化を見ていくと、エンクロージャーも振動していて、ぐにゃぐにゃと変形していることがわかります。
この分析結果を踏まえて、エンクロージャーに補強を行っていくのですが、ただ振動を押さえ込めばよいのかというと、そうではありません。私は、エンクロージャーが振動することを前提として設計する必要があると考えています。
このエンクロージャーの振動モードは、素材を換えれば変わります。楽器と同じです。例えばヴァイオリンは、ボディ表面にスプルースという木材を使います。ボディ本体はたいてい楓材を用いますね。ヴァイオリンの音は、この表面材のスプルースや、さらにその表面に塗るニスで大きく変わるというのは当たり前のこととみなさん認識されていると思います。スピーカーも同じことなのです。
さて、エンクロージャーの振動モードが音に影響するということを考えるとき、振動にも2つの種類があることに着目しなくてはなりません。振動には“縦波"の「P波」と、“横波"の「S波」があります。地震の揺れの説明でP波/S波というのを聞いたことがあるのではないでしょうか。そして、横波の振動はピックアップでは拾うことができないので、S波はモーダル解析では解析できません。
ーー モーダル解析が捉えられる振動は部分的なものだと。
渡邉氏 モーダル解析で取り上げられているのはP波だけなのです。ところが、ヴァイオリンの喩えのような表面素材に振動を与えて音を変化させるのは、表面を伝わっていく性質を持つ横波のS波なのです。ですから、同じスピーカーでもピアノフィニッシュモデルにしたら、表面材も塗装もかわるので、まったく別のスピーカーになってしまうのです。
ーー 筐体を剛性が非常に高い金属にして、振動を完全に押さえ込むという方法論を用いているスピーカーもありますね。
渡邉氏 確かに振動を完全に止めるというアプローチもあります。それでもなぜ、あえて振動する木材でエンクロージャーを作るのかといったら、それはエンクロージャーの響きも音の要素と捉えて、トータルに音作りを行うのがスピーカーシステムだと考えているからです。だからこそ、エンクロージャーの表面材や塗装を変えることは、スピーカー設計者にとって恐ろしいことです。塗装を換えただけでも、音作りは一から出直しになります。
ーー エンクロージャーの素材として、木材や金属以外の素材を検討されたことはありますか?
渡邉氏 プラスチックのような人工材も考えられますが、ピュアオーディオにおいてプラスチックなどの人工材を用いたスピーカーは多くありません。人間はDNAレベルにおいて、自然のものから出てくる音に親和性があると考えています。川のせせらぎや笹の葉のざわめき、絹擦れの音などですね。そういう自然の音はいいなと感じるのですが。プラスチックのような人工材が鳴る音を聴いても、良い音だと感じることはないですよね。だから楽器にはいまだに木材が使われるのだと思います。
スピーカーとオーディオアクセサリーの開発を
一手に行うことによるシナジー
渡邉氏 密閉型スピーカーの設計思想についていろいろとお話ししましたが、全てを伝えるというのはなかなか難しいですね(笑)
ーー 次に伺いたいのはクリプトンにおけるアクセサリーとスピーカーの関係です。クリプトンはまずオーディオアクセサリーの開発から出発して、その後にスピーカーに参入しました。渡邉さんはスピーカーとアクセサリーの両方の開発を行っていますが、それぞれからのフィードバックがあると思います。
渡邉氏 まず初めに、オーディオアクセサリーはたった3つの要素で構成されている、ということを説明しましょう。それは「電流経路の素材」「振動対策」「電源」の3つです。スピーカー開発においては「電流経路の素材」と「振動対策」という点が共通していますので、この領域でアクセサリーとスピーカーそれぞれのノウハウを共有して活かすことができます。
ーー 「電流経路の素材」という点について、スピーカーとアクセサリーでどのようなシナジーがあるのでしょうか。
渡邉氏 電流経路の素材でいかに音が変わるかは、ラインケーブルやスピーカーケーブルを交換することで音が変わるということでみなさんよくご存じだと思います。クリプトンはスピーカーケーブルを手がけています。
ーー はい。
渡邉氏 スピーカーにおける電流経路は、端子からジャンパー線、クロスオーバー回路、そしてスピーカーユニットを繋ぐ配線材です。素材選びは当然重要ですが、経路上に異種素材が入ると音質が変化してしまうため、経路の素材を統一することも大切です。
KX-5までは内部配線材にinakustik社製のOFCスピーカーケーブルを用いていましたが、KX-5Pでは、PCOCC-Aを用いたケーブルの開発を経て、今はこの自社製ケーブルを内部配線材およびジャンパー線に用いています。理想的にはスピーカーケーブルも同じものを使って欲しいのですが、ここはユーザーに委ねられるところです。クリプトンはなるべく同じものを使って欲しいというメッセージを発するために、発売初期のスピーカー購入者にスピーカーケーブルをプレゼントするキャンペーンも行っていました。
ーー 「振動対策」についてはいかがでしょうか。
渡邉氏 振動対策は、まさに先ほどお話ししたエンクロージャーの振動コントロールと関連します。スピーカー作りにおいて蓄積された振動解析のノウハウがアクセサリーにも活かされているのです。
代表的なものを挙げるなら、<ネオフェード>カーボンマトリックス三層材です。これはオーディオ専用素材としてクリプトンと三菱ガス化学研究所が共同開発した素材なのですが、振動を熱エネルギーに変換することで、いかに早く振動を自然減衰させるかを追求した素材です。この素材を開発するうえで、スピーカーのエンクロージャーの振動解析や振動対策のノウハウが大きく活かされました。
ーー スピーカー開発のノウハウがアクセサリーに活かされるという方向での相乗効果もあるのですね。
だからこそ楽器のごとくコントロールする
ーー KX-5Pの発表会では、「スピーカーのエンクロージャーは一番大きな振動板だ」とお話しされていたのが印象的でした。
渡邉氏 スピーカーのエンクロージャーには、非常に強度の高い材質が用いられていて、重量も相当あります。「これだけの強度があって重いものが変形するはずがない」と考えてしまいがちですが、スピーカーユニットが振幅したときの内圧は、エンクロージャーを動かし変形させます。
そして、スピーカーユニットの放射面積と、エンクロージャーの放射面積を比べれば、エンクロージャーの方が大きいです。とはいえ、スピーカーユニットはピストンモーションで動作しますから、振動の大きさという意味では、当然スピーカーのほうが大きくなりますよね。
ーー それでも、エンクロージャーの振動は音に影響を与えるということなのですね。
渡邉氏 モーダル解析をご存じでしょうか。対象となるものに振動ピックアップを取り付けて、振動による変形をコンピューター解析するものです。これで周波数ごとの変化を見ていくと、エンクロージャーも振動していて、ぐにゃぐにゃと変形していることがわかります。
この分析結果を踏まえて、エンクロージャーに補強を行っていくのですが、ただ振動を押さえ込めばよいのかというと、そうではありません。私は、エンクロージャーが振動することを前提として設計する必要があると考えています。
このエンクロージャーの振動モードは、素材を換えれば変わります。楽器と同じです。例えばヴァイオリンは、ボディ表面にスプルースという木材を使います。ボディ本体はたいてい楓材を用いますね。ヴァイオリンの音は、この表面材のスプルースや、さらにその表面に塗るニスで大きく変わるというのは当たり前のこととみなさん認識されていると思います。スピーカーも同じことなのです。
さて、エンクロージャーの振動モードが音に影響するということを考えるとき、振動にも2つの種類があることに着目しなくてはなりません。振動には“縦波"の「P波」と、“横波"の「S波」があります。地震の揺れの説明でP波/S波というのを聞いたことがあるのではないでしょうか。そして、横波の振動はピックアップでは拾うことができないので、S波はモーダル解析では解析できません。
ーー モーダル解析が捉えられる振動は部分的なものだと。
渡邉氏 モーダル解析で取り上げられているのはP波だけなのです。ところが、ヴァイオリンの喩えのような表面素材に振動を与えて音を変化させるのは、表面を伝わっていく性質を持つ横波のS波なのです。ですから、同じスピーカーでもピアノフィニッシュモデルにしたら、表面材も塗装もかわるので、まったく別のスピーカーになってしまうのです。
ーー 筐体を剛性が非常に高い金属にして、振動を完全に押さえ込むという方法論を用いているスピーカーもありますね。
渡邉氏 確かに振動を完全に止めるというアプローチもあります。それでもなぜ、あえて振動する木材でエンクロージャーを作るのかといったら、それはエンクロージャーの響きも音の要素と捉えて、トータルに音作りを行うのがスピーカーシステムだと考えているからです。だからこそ、エンクロージャーの表面材や塗装を変えることは、スピーカー設計者にとって恐ろしいことです。塗装を換えただけでも、音作りは一から出直しになります。
ーー エンクロージャーの素材として、木材や金属以外の素材を検討されたことはありますか?
渡邉氏 プラスチックのような人工材も考えられますが、ピュアオーディオにおいてプラスチックなどの人工材を用いたスピーカーは多くありません。人間はDNAレベルにおいて、自然のものから出てくる音に親和性があると考えています。川のせせらぎや笹の葉のざわめき、絹擦れの音などですね。そういう自然の音はいいなと感じるのですが。プラスチックのような人工材が鳴る音を聴いても、良い音だと感じることはないですよね。だから楽器にはいまだに木材が使われるのだと思います。
スピーカーとオーディオアクセサリーの開発を
一手に行うことによるシナジー
渡邉氏 密閉型スピーカーの設計思想についていろいろとお話ししましたが、全てを伝えるというのはなかなか難しいですね(笑)
ーー 次に伺いたいのはクリプトンにおけるアクセサリーとスピーカーの関係です。クリプトンはまずオーディオアクセサリーの開発から出発して、その後にスピーカーに参入しました。渡邉さんはスピーカーとアクセサリーの両方の開発を行っていますが、それぞれからのフィードバックがあると思います。
渡邉氏 まず初めに、オーディオアクセサリーはたった3つの要素で構成されている、ということを説明しましょう。それは「電流経路の素材」「振動対策」「電源」の3つです。スピーカー開発においては「電流経路の素材」と「振動対策」という点が共通していますので、この領域でアクセサリーとスピーカーそれぞれのノウハウを共有して活かすことができます。
ーー 「電流経路の素材」という点について、スピーカーとアクセサリーでどのようなシナジーがあるのでしょうか。
渡邉氏 電流経路の素材でいかに音が変わるかは、ラインケーブルやスピーカーケーブルを交換することで音が変わるということでみなさんよくご存じだと思います。クリプトンはスピーカーケーブルを手がけています。
ーー はい。
渡邉氏 スピーカーにおける電流経路は、端子からジャンパー線、クロスオーバー回路、そしてスピーカーユニットを繋ぐ配線材です。素材選びは当然重要ですが、経路上に異種素材が入ると音質が変化してしまうため、経路の素材を統一することも大切です。
KX-5までは内部配線材にinakustik社製のOFCスピーカーケーブルを用いていましたが、KX-5Pでは、PCOCC-Aを用いたケーブルの開発を経て、今はこの自社製ケーブルを内部配線材およびジャンパー線に用いています。理想的にはスピーカーケーブルも同じものを使って欲しいのですが、ここはユーザーに委ねられるところです。クリプトンはなるべく同じものを使って欲しいというメッセージを発するために、発売初期のスピーカー購入者にスピーカーケーブルをプレゼントするキャンペーンも行っていました。
ーー 「振動対策」についてはいかがでしょうか。
渡邉氏 振動対策は、まさに先ほどお話ししたエンクロージャーの振動コントロールと関連します。スピーカー作りにおいて蓄積された振動解析のノウハウがアクセサリーにも活かされているのです。
代表的なものを挙げるなら、<ネオフェード>カーボンマトリックス三層材です。これはオーディオ専用素材としてクリプトンと三菱ガス化学研究所が共同開発した素材なのですが、振動を熱エネルギーに変換することで、いかに早く振動を自然減衰させるかを追求した素材です。この素材を開発するうえで、スピーカーのエンクロージャーの振動解析や振動対策のノウハウが大きく活かされました。
ーー スピーカー開発のノウハウがアクセサリーに活かされるという方向での相乗効果もあるのですね。
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