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オーディオを最前線で見続けてきた二人の「重鎮」

<対談>三浦 篤(エアータイト)×藤岡 誠(オーディオ評論家)―世界に認められたジャパニーズブランドのこれから

公開日 2017/12/28 17:23 構成:季刊アナログ編集部
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■アメリカ各地の鳴らしにくいスピーカーをガンガンに鳴らして回った

藤岡 エアータイトは珍しい真空管は扱いませんよね。昔、三浦さんから「決してスペシャルなものではなく、市場ではポピュラーな真空管を使ってうちはアンプを作っていくんだ」って話を聞いてね。いわゆるSQ管だとか、どんな真空管を使うかで競い合っていた時代がある。そんな時でも三浦さんはポリシーを曲げなかったから感心してね。

創業以来変わらないポリシーを貫き続けることに感心すると話す藤岡氏

三浦 それはいまでも変わっていないですね。エアータイトが始まった1980年代というのは、特に米国でみんながハイパワーなアンプが欲しいと言っていた時代で、マッキントッシュやマランツを超える出力を持ったパワーアンプを作りたいと思うようになりました。デザインも仕上げも高級なもので、見ただけで「現代の高級機」というイメージが出て来るものを作りたいと。それでできたのが、6CA7/EL34トリプルプッシュプルのパワーアンプ、ATM-3(UL接続110W)。これを作るのに5年かかりました。

藤岡 あの時はびっくりしましたよ。それまで日本にはそういうアンプはなかったから。ただ、そんなすごいアンプが出たのに、三浦さんは僕に教えてくれなかったんですよ。商売が下手なのかな(笑)

三浦 そうかもしれない(笑)。このATM-3をデンバーのディーラーが使ったところ、それまで何をしても鳴らなかった鳴らしにくいスピーカーが初めてガンガンに鳴った。これがエアータイトがアメリカで評価されることになったきっかけです。それから10年以上経って、ようやくアブソリュートサウンド誌の表紙にもなったんです。アメリカで認められたのは、各地の鳴りにくいスピーカーを鳴らして回ったたからですね。

エアータイトにとって最初のパワーアンプとなるATM-1

■日本のアンプの概念を一気に変えたサウンド

藤岡 僕なんかは当時からアメリカに行って、マランツ聴いてマッキン聴いてってやっていたから、アメリカの音というのを知っていた。だから当時は日本のアンプ聴いても“まだまだか細いな”とか思ってたけど、エアータイトが出てきてからそれが一気に変わりました。

エアータイトの製品は、自社にて丁寧にハンドワイヤリングで組み上げられている

三浦 そうですか。でも、そんなに評判になったからか、当時はCDプレーヤーを作れって話もありましたね。1995年くらいのことです。「エアータイトの名前でCDプレーヤーを作れば、もっともっと売れるぞ」って。でも僕は「そういう商売はやらない」と断りました。うちはずっとアナログ一本なのです。

80年代以降は、アメリカのCES(Consumer Electronics Show)に出ていくと音源はCDに移っていたのは事実です。だけど、伝統的なメーカーはその頃から「音はアナログのほうが良い」ってみんな言っていました。

藤岡 頑固なんですよね。もっとずる賢く立ち回れもしただろうに(笑)。

三浦 でも、だから今があるのだと思います。アブソリュートサウンドがまとめた『Illustrated History of High-End Audio』という本にもエアータイトが掲載されたんですよ。これに載ったおかげでね、香港に呼ばれて「東洋の誇り、栄誉だ」と皆様が言ってくださった。良いものを作れば世界で認められるということが証明できたのです。

現在ではアメリカや中国など、世界中のオーディオファンにとって憧れのブランドとなった

この「良いものを作る」というのは、そう簡単じゃなくて例えばこの新しい211プッシュプルのモノラルパワーアンプのATM-3211(100W)も作るのに足掛け5年かかりました。このアンプも世界各国で評価をいただいていています。

最新パワーアンプATM-3211では新しいデザインを採用し、また新しい歴史を刻み始めている

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