制作当時の坂井さんとのエピソードも
耳慣れた曲の、新たな扉が開いた ー ZARDハイレゾ誕生の舞台裏をふたりのキーマンに聞く
ノイマンのマイクを自費購入していた坂井さん
声の変化にあわせて3つのメインマイクを使用
—— レコーディング当時のことを教えてください。ZARDの魅力のひとつでもある坂井さんの声はどんな風に録音されていたんでしょうか。
島田:まず大前提として「いかに気持ちよく歌ってもらえる環境を整えるか」に心を配っていましたね。歌っているところが見えないように、ブースにカーテンを引くとか…。それが最終的に声を良く聴こえさせることにつながるので。マイクは、大きく分けて初期・中期・後期と、坂井さんの声の出方の変化に合わせて使うものが変わっていました。
—— 具体的にどんなマイクを使っていたんでしょうか?
島田:初期はノイマンの「U87i」を。中期、1993〜98年頃はAKGの「THE TUBE」。そして後期の2000年代に入ってからはテレフンケンの「U47」を使ってました。
「U87i」はそのソリッドな音の傾向が、初々しい、まだコントロールの効かない“素材”感がある当時の坂井さんの声に合っていた。当時のスタジオではオーソドックスなマイクだったというのもありますね。
「THE TUBE」は、実はそんなに音の抜けがいいわけではなくて。ボーカルがオケに埋もれやすいんですけど、EQをかけたときに、痛い音にならずに抜けてくるのが良かったんです。
「U47」は音が“音楽的”というか。オケに対しての馴染み具合がいい。そんなに加工しなくても歌とオケが混ざるのに、歌は前に出てきてくれるんです。
—— 「U87 Ai」(U87iの後継機)は坂井さんご自身でも購入するほどお気に入りだったんですよね。
島田:坂井さんはカメラが趣味だったりもしましたし、割とマニアックな機材が好きだったのかも知れないですね。
寺尾:彼女はとにかく質問魔だったので。スタッフに質問して情報収集していたんだと思います。ポータブルDATとかも持ってましたね。
島田:でも使ってるの見たことなかったですよ(笑)
寺尾:でも家にあったんですよ(笑)。ZARDの展示会で公開したこともありましたね。
ボーカル音量などがわずかに異なるテイクを多数制作する
“企業秘密的”ルールが高クオリティな音楽/音質を実現
—— ハイレゾのリリースのときに出された寺尾さんのコメントで、制作当時のエピソードとして「トータルで8ヶ月もの時間を要したことも有りました」「ミックスもリリースしてからもより良い音を追求すべくやり直し、第二版から差し替えたものも有りました」とありましたが、具体的にはどんな曲のことでしょうか。
寺尾:それは『運命のルーレット廻して』ですね。アニメ『名探偵コナン』のタイアップ曲だったんですが、オンエアした後で随分経ってから違うテイクが世に出たという。長戸大幸プロデューサーは、アレンジや歌や楽器のバランスをギリギリまでこだわりたい方なので。
それと、テイク違いも沢山作っていましたね。実は、企業秘密的なんですが、ミックスもまず全体のミックスバランスを決めて、そこから5テイク録っておくのです。ミックスが終了した段階でボーカルの大きさも決まると思いますが、そこからボーカルの大きさを、標準から少し小さかったり大きかったりと5段階違うバージョン作る…というルールをある時から決めてやっていたんです。そのあと、長戸プロデューサーの指示や坂井さんの意見で、楽器バランスの違うものをミックスしていき、気がつくと大概相当なテイク数になっていましたね。
島田:その内容も、素材は一緒だけどバランスや定位や質感を変えたものを作っていく、という感じでしたね。大幅に変えたものもありましたけど、だいたいはほんのちょっとした違いでした。
寺尾:でもこれは非常に良いルールで。たとえばアルバムを作るとき、曲を並べたときに曲によって歌の大きさがまちまちだったりする。それをマスタリングやレベル調整でなんとかするのではなく、元の素材を使って調整できるんです。実はいまもビーイングのアーティストの曲はそうやって作っています。
島田:マスタリングのときに、AメロBメロは標準のものを使って、サビだけやや大きめのものを使う、ということもありましたね。
—— 想像するだけで手間も時間も非常にかかる作業ですが、そこまでしてクオリティや音楽性を追求しているのですね!
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